第十七話 勘当貴族、初心に帰る
ものすんごく久々に更新。
エイム嬢の工房を訪れてから三日後。私は意気揚々とギルドを訪れていた。無論、新たな依頼を受けるためだ。
依頼を決めた私は、受注処理の為に受付に向かった。対応してくれたのはシナディ嬢だ。
「おはようございます、ルキス様。……あら、変わった武器をお持ちになりましたね」
私の腰にある大ぶりの鞘を目にすると、シナディ嬢が少し驚いたようにいった。
「ああ、……実は、貴殿の紹介とは別の武器屋で購入したモノだ。貴殿の心遣いを無為にしたようで済まないが」
「あ、いえ。冒険者様自身が己にあった武器を選ばれたのならそれが一番です。……ただ、あまり見慣れない武器だったので」
「だろうな。制作者の言葉が本当なら一品モノらしい」
私は腰の鞘に収めた『銃剣』の柄を叩いた。これでようやく、左右の腰に剣がぶら下がる私本来の姿に戻ることができた。やはり剣が二本あると非常に落ち着く。
三日間依頼を受けずにいたのは、その間にエイム嬢に色々と武器の調整を頼んでいたのだ。
銃剣は制作してから時間が掛かっており、多少の整備が必要であり、ついでに柄も私の手に合わせてもらった。
後は専用の鞘の作成に、元から使っていた剣の方にも手を加えてある。銃剣の方が重いため、そちらに合わせて通常の剣にも重しを追加したのだ。これで双方のバランスが取れるようになった。
他にも、銃剣購入のサービスという形で結構な量の弾丸も融通して貰った。これでしばらくの間は弾の心配は無いだろう。
「今日はこいつの試しも兼ねて、軽めの依頼を受けようと思う」
「なるほど。その方が良さそうですね」
素振りで使い心地は確かめているが、実際に使ってみなければ見えてこない点もあるだろう。
「ところで、エトナの奴はどうなった?」
「エトナ様なら昨晩に意識が戻りましたよ。既にご実家の方に戻っていられると思います」
「そうか……」
昨日も私はエイム嬢の工房を訪れていたが、日が落ちる前に帰ったからな。入れ違いになったのだろう。面倒な奴と顔を合わせずに済んでホッとする。
ただ奴のことだ。今回のことをすぐに忘れて似たような事を繰り返すだろう。あの腕前さえあればもっと上のランクを目指せるだろうに、それだけはいつも惜しく感じる。口にしたら確実に調子に乗るので絶対に言ってやらないが。
「ね……ねぇ、本当にこの依頼受けちゃうの?」
「あったり前だろ! 俺たちちゃんとDランクになったんだぜ! ようやく冒険者らしい事ができるじゃねぇか!」
「そうよ! あんな『雑草集め』や『兎狩り』なんてしなくてもお金が稼げるようになったのよ!」
少し離れた受付から、意気揚々とした雰囲気の三人組が現れた。一人は活発そうな少年。一人は強気な少女。そして最後の一人はそんな二人を前におろおろとする気弱そうな男子。
おそらくまだ駆け出しだろう。人のことを言えるほど私もベテランではないが、彼らからは少し危なっかし印象を受ける。
私の心配を余所に、三人組は(一人を除いて)意気揚々とギルドを出て行った。
「ルキス様?」
「あ、いや。何でも無い」
シナディ嬢の声に私は視線を元に戻す。
「こちらの処理は終わりました。行ってらっしゃいませ」
「うむ、気遣い感謝する」
シナディ嬢の言葉を受けた私は冒険者ギルドを後にした。
──頭の片隅に、先程の三人組を残して。
新調した武器を実戦で試したい気持ちは強い。だが、こういう浮ついた気持ちが油断を呼び、致命的な失敗まねく切っ掛けとなる。
「こんなときこそ、初心に返って『薬草採取』だ」
いつもの様に帝都近郊の森を訪れた私は、淡々と土を掘り起こし薬草を採取していく。腰の鞘に携えた銃剣を振るいたい気持ちを抑え、それが逆に精神の安定に繋がっていく。
本来薬草採取は冒険者になりたてのEランクが行う雑用。だが、高ぶった心を落ち着かせるのにこの依頼をこなすのが、私の中で決まり事になっていた。
冒険者の中には薬草採取を『雑草狩り』と揶揄する者もいる。だが、たかが薬草採取と馬鹿にする事なかれ。
されど薬草採取なのだ。
薬草の見つけ方から品質の目利き。根を極力傷つけずに土から掘り返す作業。
魔獣の狩猟においてもコレは同じ事を言える。
魔獣を探し出し、その個体の強さを判断。なるべく素材を痛めないように仕留める作業。
形は違えど、踏むべき段階は一緒。故に薬草採取を行うこと、冒険者として活動する上での必要な手順を再確認する事に繋がる。少なくとも私はそう考えていた。
「よし、この程度で良いだろう」
特に何ら問題も起こらずにギルドに提出するのに必要な分を採取し終える。日はまだ高いがこの辺りが引き際か。
「……随分と早くなったものだ」
まだそれ程前の話ではないが、Eランクの頃はこの程度の薬草を得るのにもかなり時間が掛かっていた。朝から初めて空が夕焼けに染まる直前まで時間が掛かっていた。
依頼の達成評価も最初の頃は最底辺よりもマシ、といった具合だが最近では最良しか得ていない。おそらく、薬草採取に限れば私はドラグニルのギルドで随一の腕前だろう。思い返すと少し感慨深いな。
そういえば、以前にエトナがノーズボアを引き連れて森の奥から現れたことがあったな。
あの時は本当に焦った。何せ手持ちがシナディ嬢から借りたナイフと拳銃が一つずつだったのだ。あれからそれ程時間は経っていないはずだが、今では一丁前の装備が手に入ったものだ。
そう考えていると、不意に付近の茂みが僅かに揺れた。
まったりとしていた思考が瞬時に切り替わる。
あくまでゆったりと、だがいつでも動き出せる様に意識を研ぎ澄ませながら立ち上がる。茂みの揺れは最初の一回だけで後は静寂。風で揺れただけ、とも考えられるが、私は注意深く茂みを見据える。
茂みの奥から『ツノウサギ』が姿を現した。
兎の額に角が生えたような、名前そのままの外観をした魔獣。Eランクでも受注できるような弱い個体だが『初心者殺し』の異名を持っており、油断していると大怪我を負う。
無論、私に油断など無い。コレまで薬草採取の依頼を受けきて、幾度となくこの『ツノウサギ』と遭遇している。初見の頃は大いに慌てたが、今では対処法もしっかり熟知していた。
柔らかそうな体毛につぶらな瞳を有したツノウサギだが、その可愛らしさに騙されてはいけない。その証拠に、ツノウサギはこちらと視線があうと前触れ無く牙を剥きながら猛然と跳びかかってきたのだ。
ツノウサギの特徴は、その愛くるしい外見によって油断を誘い込み、その内面に秘めた獰猛さで獲物に襲いかかる点だ。躯の大きさは通常の兎と同等か少し大きい程度だが、己の何倍以上もある動物に向けて角を突き立てようとする。
その跳躍力はEランクの魔獣にしては目を見張るものがあるが──ツノウサギは不意打ちをするタイプの魔獣ではない。獲物と視線が噛み合った瞬間に本性を現し攻撃行動に移る。それさえ分かっていれば避けるのは容易い。
「せいっ!」
すれ違い様に銃剣を鞘から抜き放ち、ツノウサギに首筋を銃身の下部に取り付けてある刃で撫でた。ツノウサギは地面に着地すると最初はこちらを振り向こうと動き出すが、力を失い痙攣しながら地面に伏した。
私はツノウサギが事切れたのを確認すると、肢体を手近な木の枝にぶら下げて血抜きを施す。この作業を手早くするか否かで肉の鮮度が大幅に変わる。それはそのままギルドでの買い取り価格に直結するのだ。
私もEランクになりたての頃はこれをせずに大幅にそんをしていた。借金地獄の際にもこの手間を省き大損をしていた。本来の買い取り価格を調べたときには大きく嘆いたものだ。
「うむ、やはり良いな」
鞘に収めた銃剣の柄をポンと叩く。
エイム嬢の本職は『銃鍛冶士』だが、武具職人としての腕もかなりのものだ。銃剣切れ味は、私が以前に使っていた剣と遜色がなかった。
これでようやく、私本来の戦い方である二刀流が扱える。そう考えると少し心が躍った。
ついでなので銃剣の『銃』の部分も試しておきたいのだが──急ぐことも無いだろう。今日受けた依頼は薬草の採取だけだ。
ツノウサギと遭遇したのはたまたまであり、〝あわよくば〟という考えが頭の片隅にあったのは確かだがそれ以上では無い。銃剣の切れ味を実戦で確かめられただけでもよしとしよう。