第十六話 勘当貴族、武器を得る
ファンタジーなロマン武器が登場。
私も、武器の目利きは多少の心得があっても商売に関しては門外漢だ。慰めの言葉は見つからない。たが、女性が悲しい顔をさせたままでは紳士の沽券に関わる。
そこで私は、彼女に『仕事』を頼むことにした。
「エイム嬢。貴殿は銃の整備もできるのか?」
「え? あ、はい。本職ですし」
私の唐突な話題の切り出しに、エイム嬢がきょとんとした顔になる。
「だったら、銃の整備をお願いできるだろうか。常日頃から手入れはしているが、専門家の手で一度念入りに調整して貰いたいと思っていたのだ。無論、金は払う」
私は腰のポーチから愛銃を取り出した。
気落ちしているときは、何かに別のことに専念していた方が気が紛れる。慣れ親しんだ作業なら特に良い。私も、悩みがあるときはよく薬草の採取依頼をこなしているしな。
それに、今言ったことは紛れもない事実。そろそろ銃職人に預けて本格的な整備をお願いしようと考えていたのだ。
暴発の危険性もあるので、弾倉に入っている弾を全て抜き出してからエイム嬢に渡した。
彼女は受け取った銃を、様々な角度から真剣な眼差しで観察する。可憐な外見のエイム嬢だが、その姿はまさしく職人そのものだった。
「──パッと見た限りではちゃんとお手入れしているみたいですね」
「あまり多用はしていないが、それでも命を預ける商売道具でもあるからな」
「あ、すいません。ルキスさんは冒険者でしたね。貴族様は日々の手入れを怠る人が多いから……。銃を売る職人も、そこに関してはあまり詳しく説明しないし」
エイム嬢の顔にまたムッとなる。どうやら、他の銃職人にあまり良い感情は持ち合わせていないようだ。
「細部に関しては分解して見ないと分かりませんが、問題は無さそうですね」
「調整にはどれくらい時間が掛かる?」
「そんなには掛かりませんよ」
作業台に向かい、エイム嬢はすぐさま銃を分解し始めた。
「あー、さすがに細かい所には色々と汚れが残ってますねぇ。でも、冒険者さんが日々手入れしていると考えれば十分すぎるくらい丁寧に扱っているのが分かります。こういうのは整備していても楽しいですねぇ」
どうやら、エイム嬢に任せて正解だったようだ。気持ちが上向きになったのか、楽しそうに銃の整備を続ける。
その光景を眺めながら、私は少し思案を巡らせていた。
ここで腕の良い銃職人と個人的な繋がりを作っておくのは、今後の冒険者活動として悪くない選択だろう。
それに、綺麗な女性と知り合いになれるという下心もほんの僅かに、ちょびっとだけ存在していた。
打算的な事を考えながら工房の中を見渡していると、銃の他にも通常の武器も発見できた。どうやらここは、銃だけでは無く通常の鍛冶も行う場所なのだろう。
エイム嬢は引き続き作業に集中している。彼女の邪魔にならないよう、なるべく音を立てないようにそれらに近づいた。やはり、エトナの斧槍を打っただけあり、これらもかなり質の良い武器であった。
更に視線を動かすと、木箱の中に納められた大量の剣があった。こちらは卸売り用の数打ち物だろう。他の武器よりも質は落ちるだろうが、それでも量産品としては十分すぎる位だ。
卸売りしかしていないと言っていたが、こうして縁もできたのだ。個人的な伝手ということでエイム嬢が打った武器を購入するのもいいだろう。意図せずにエトナの提案に乗る形になったが、些細な問題だ。
そうこうと考えていると、ふと気になる物を見つけた。
工房の一番奥の壁に、他の武器とは扱いが違う武器が立てかけられていた。
「これは……なんだ?」
その武器を表現できる言葉を知らずに、私は首を傾げた。
一番近いのは『長銃』。その名の通り、銃身が長いのが特徴の銃だ。長銃で回転弾倉式はエイム嬢の作品だからかだろうか。
だが、この銃の銃身下部には片刃の剣が装着されている。そして銃把も通常の長銃に比べて角度が浅く、それでいて長めに設計されていた。
「ルキスさん、整備点検終わりましたよぉ……おや?」
作業が終わったエイム嬢が私の銃を手にこちらに近づいてくる。私は壁の銃(?)を指さし彼女に質問した。
「エイム嬢、これは銃なのか? 剣なのか?」
「どちらもですよ。便宜上は銃剣と私は呼んでいます。以前に思いついた発想をそのまま形にした試作品ですけどねぇ」
彼女は良いながら『よいしょっ』と壁の武器──銃剣を下ろした。
「ほら、銃って結局は遠距離武器で近接戦闘では扱いにくいじゃないですか」
「ああ、それは間違いないな」
銃は間違いなく強力な武器だが、全ての距離に対応した武器では無い。
近接戦闘においては銃の照準を敵に合わせ引き金を絞るよりも、直接剣で切りつけてしまった方が圧倒的に早い。これは銃に限った話では無く、遠距離武器全般に共通した弱点でもある。十全な威力を発揮するのに、遠距離武器はどうしても少しの間が必要になってきてしまう。
「だったら、もう剣と銃を合体させてしまえば良いんじゃ無いかと思い立って、ほぼ勢いで作ってしまった作品がこれです」
「勢いなのか……」
「発想そのものは悪くなかったんですが、制作費用がもの凄く掛かるんです。極端に言ってしまうと、銃で直接相手を殴りつけているような武器ですからねぇ。ただ剣と銃をくっつけて完成、というわけにはいかなかったんです」
言われてみればそうだ。銃身の下部に刃が付いている構造上、相手を切りつければ銃身に負担が掛かる。生半可な強度では一発で銃身が曲がり発砲が不可能になる。下手をすれば暴発して使用者が被害を受ける。
「加えて、構造上通常の銃に比べて重さの偏りが変わってしまい、それに適応できないと照準をつけることさえ困難です」
普通の銃に剣は付いていないからな。おそらく、それを解消するために、銃把──柄の部分が長めに設定されているのだろう。
「重量と耐久の両立にかなり苦心しましたよ。どうにか実戦運用が可能な粋にまで完成度は達しましたが、色々と手間暇が掛かりすぎて金貨二十枚という高額になってしまいました。おかげで完全に一品物になってしまい、量産にはまるで向いてません」
金貨二十枚といえば、冒険者が手にできる武器でも相当に上物を購入できる。それこそ、ミスリル合金製の剣や、クロエ嬢が手にした『刀』などだ。
「少しそれを持ってみても?」
「良いですよ。あ、でも通常の剣と比べて少し重いかもしれないので気をつけてください」
エイム嬢の手から銃剣を受け取り、柄を握り込む。同じ大きさの片手剣に比べればいささか重量がある。ただ、ある程度は無視できる範囲だ。
「エイム嬢、少し離れていてくれ」
彼女が安全な位置まで離れるのを確認してから、私は軽く銃剣を振り回してみた。
思っていたよりも違和感は感覚は無い。何度か振り回してから、動きを中断して銃身を地面と水平に保ち、虚空に向けて照準を向ける動作をする。その姿勢をしばらく保ち、やがて息を吐いて銃を下ろした。
「はぁ……見事なものですね」
感心するエイムに、私は肩を竦めた。
「少し重たい長銃を片手で振り回しているのとほぼ殆ど同じだ。柔な鍛え方はしてないのでな」
照準を合わせる際に重さで僅かに銃口が振り回されたが、これは訓練次第でいくらでも解消できるだろう。剣としての取り回しも、少し重い片刃の片手剣と考えれば問題ない。
「しかし、これはまたなんとも」
軽く振り回しただけなのに、私は己の胸が高鳴っているのを自覚した。疲れたのでは無く、これは心の高揚だ。
──想像以上に、この銃剣という武器は私に『しっくり』ときた。
ある意味で、一目惚れに近い。長年求めていた存在に出会えたかのような気分であった。
もの凄く心惹かれるのだが、問題が一つだけあった。
当然、予算の問題である。
手持ちの金貨は十枚。無理をすれば後、金貨を一枚か二枚増やせるかもしれないがそれでも足りない。
──交渉してみるか。
「エイム嬢。貴殿の店は分割払いが可能であろうか?」
「へ?」
「もし可能ならば、私にこの銃剣を売ってもらえないだろうか」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」
私の申し出が予想外すぎたのか、エイム嬢が仰天した声を発した。
「る、ルキスさん本気でこの子を買う気ですか! 金貨二十枚ですよ!?」
「分割払いが可能なら、の話だ。今、自由に扱える金が金貨十枚しかないのでな」
無論、分割払いが可能ならその旨を記した正式な契約書を彼女との間に残すつもりだ。踏み倒す気は毛頭無いが、こういった約束事にはケジメが必要だ。
「もし銃剣を売ってくれたら、私がドラクニルにいる間、武器の整備や弾の購入は貴殿のところで行うようにしよう」
あとはそうだな、弾薬費の問題さえ解消すれば、私も今後は積極的に銃を使えるようになり、銃の有用性を他の者に知らしめる機会も増える。
「銃の事を誰かに聞かれれば、この店のことを宣伝しておこう。そうすれば、エイム嬢も卸売りなどという二束三文の商売をせずに、堂々と銃職人の看板を表に出すことができる」
「ほぇ? そんなに良くしてもらって良いんですか?」
「腕の良い、しかも冒険者向けの銃職人と個人的な繋がりを持てれば、私としても好都合だ」
──決して、エイム嬢の魅惑的で豊満な胸に惑わされたわけでは無いのは断言しておく。魅惑的で豊満だが!
エイム嬢は深く考え込むように俯き、やがて意を決したように顔を上げた。
「こんな機会で無いとその子を売る事も無いでしょう。分かりました、その銃剣は貴方に売ります!」
「分割払いで?」
「分割払い、オッケーです!」
よぉおっし!
口に出すのは憚れたので、喝采は内心に留めたが銃剣を持っていない方の手が自然と拳を固めていた。
この瞬間、私は銃剣という新たな武器を手に入れたのだった。
カンナが作者の欲望を表現しているのなら、ルキス君は浪漫を体現していく感じなのかもしれません。
ルキス君が銃剣の重さをさらりと流していますが、リアルでこんなものを作ったらものすごく扱いにくいでしょうね。まぁ、魔法の世界特有の金属とか技術もあるでしょうし、そもそもおっぱい大きな銀髪美女が身の丈に匹敵する巨剣を振り回すような世界なので、その辺りは気にしたら負けです。
おっぱい大きな銀髪美女が出てくる物語が読みたければ『カンナのカンナ 異端召喚者はシナリオブレイカー』をどうぞ。
http://ncode.syosetu.com/n3877cq/