第十五話 勘当貴族、職人と知り合う
超久しぶりに投稿です。
そういえば、エトナが『知り合いの武器屋を紹介してもいい』とか言っていた記憶があるな。奴のことだし何か裏があるのだと勘ぐっていたが、もしかしたら姉の店を指していたのかもしれない。
それについて尋ねてみると。
「ええ。あの子の武器を作ったのは私です。……壊れちゃったみたいですけどね」
「アレは相手が悪すぎたのとエトナが馬鹿すぎたせいだ。あの斧槍の品質そのものはかなり上物だ」
「そう言ってもらえると、武器職人の冥利に尽きますねぇ」
あれだけの武具を打てるというのに、どうして彼女は卸売り専門なのだろうか。店舗があるのだし、直に販売したほうが利益は確実に出るだろうに。
「実を言えば、あの斧槍は趣味の範囲で作ったもので、店売りするようなものじゃなかったんですよ。本職は別なんですよねぇ」
私の内心が表情に出ていたのか、とエイム嬢が「たはは」と笑った。『本職は別』という点が気になったが、追求せずに聞き続ける。
「お恥ずかしいながら、武器は作れても武器を売ることに関しては致命的に商才が欠落してまして。そもそも、これまで武器を作ることばかり学んで売ることに関しては全く無頓着だったんですよ」
この店はエイム嬢の両親が始めた店で、父親が鍛冶を担当し母親がそれを販売する役をそれぞれ分担していたようだ。
「ご両親は……」
「あ、いえいえ。別に死んでしまったとかは無いですから」
エイム嬢はパタパタと手を振りながら否定した。
「若い頃から夢だった新婚旅行に出て行ったきり、数年返ってきていないだけです」
「数年っ!?」
もはや『旅行』の一言で済ませて良い単位では無いぞ。
「……本当に生きているのか?」
「定期的に手紙が来るので、少なくとも一ヶ月前までは生きてるはずです」
武器屋を始める前は、両親共に冒険者として活躍しており、よほどの無茶をしない限りは無事だろうというのが、エイム嬢の認識だった。
「……というか、年頃の娘が二人いる夫婦が、新婚旅行というのも妙な話だな」
「私もそれは指摘したんですがねぇ。父も母も『夫婦の初めての旅行は、いつ行っても新婚旅行だ!』と断言してましたから」
冒険者の依頼として遠出はしても、純粋な観光目的で他国に出向いた経験は無いのだと。結婚をし、冒険者を引退し店を持ってからは、新婚旅行に行くのが両親の夢だったらしい。貯金も貯まり、娘二人も手の掛からない年になり、ようやくその夢を果たしたのだ。
ちなみに、お店の管理はエイム嬢に任され、潰さなければ好きに使って良いと言われたとか。一方でエトナの方にはそれなりの額のお小遣いが渡されただけだ。エトナは憤慨したようだが非常に懸命な判断だ。あいつに店など任せれば、例え本人にその気が無くとも店が消滅する危険性が高い。
「あの子は武器商ではなくて、冒険者になりたがっていましたしね。幼い頃は両親の冒険話を聞いていつも目を輝かせていましたから」
──今は、その目は『金』の輝きに眩んでいそうだがな。
「ところでエイム嬢。話は少し変わるが聞いても良いだろうか」
「何でしょうか?」
「貴殿はもしかして銃の製造を行っているのか?」
「──っ!?」
エイム嬢が大きく目を見開いた。私の予想は当たりだったようだ。
「お、仰るとおりです。けど、よく分かりましたね。女性の銃鍛治士なんて滅多に──というか、私以外にいるかも分からないのに」
「実は、銃の扱いには心得があってな。店に入ったとき僅かに、そして奥から貴殿が出てきたときに硝煙の匂いがした」
銃は『火薬』と呼ばれる特殊な粉末を爆発させ、その衝撃力を利用して弾丸を放つ武器だ。そして、『火薬』は燃焼すると独特の匂いを持つ煙──つまり『硝煙』が出る。エイムからはその匂いがしたのだ。
エイム嬢はエイムが使う斧槍の制作に関して『本職は別』と言った。つまり、彼女の本職は『銃職人』なのだ。
「……もしかして、ルキスさんは貴族様ですか?」
「頭に『元』が付くがな。以前に不手際をやらかして勘当された身だ。今ではしがない平民の冒険者にすぎん」
「そうなんですか。あまり聞いちゃいけない話だったみたいですね……」
「気にするな。今では自分が愚かだったのだと反省している」
申し訳なく頭を下げそうになるエイム嬢に、私は手振りで制止した。
「それよりも、良ければ貴殿の扱っている銃を見せてもらえないだろうか。銃使いとして、純粋に興味がある」
「え、ええ。……私の作品で良ければ」
ぴょんっと、エイム嬢が椅子から飛び降りた。
──タプンっ。
全体的に小柄な体躯の極一部が、強烈な存在感をアピールしながらたわわに震えた。
(同じ血筋を引いているのに、この姉妹の差は何なのだろう)
鋼の自制心で紳士な態度を維持し、エイム嬢の後に続き家の奥へと進む。
下へと続く階段を降りていくと、硝煙の匂いが漂う空間へと辿り着いた。地下であったが、光を発する魔術具が設置されており中の様子は窺えた。
「かなり本格的だな」
剣や槍を打つ鍛治士が興味本位に手を出したようなレベルでは無い。銃を製造する工房を訪れ中を見学させて貰った経験があるが、その時に見たものと何ら遜色が無い。ここには銃を製造するための設備がしっかり整っていた。
壁には、完成品と思わしき銃がいくつも立てかけられていた。どれにも側面に『エイム』と文字が彫り込まれている。明確な決まり事では無いが、銃の側面にはその制作者の名前──『銘』が彫り込まれる。つまり、ここにある銃の全てはエイム嬢の手によって作られたことを指す。
「手にとっても良いか?」
「は、はい。どうぞ」
許しを得て、私は銃を手に取った。
銃は基本的に貴族が使用する武器だ。『銃』はそれそのものが非常に高価な上に、必要不可欠な弾丸も値が張る。使用するにはそれなりの資金力が必要になってくる。エイム嬢が私のことを『貴族ですか?』と聞いてきたのもその為だ。
貴族向けに制作される武器は、その系統によらず凝った装飾がなされている事がほとんどだ。貴族としての権力、あるいは資金力をアピールするためだ。それは銃であっても同じだ。
「だが、これらは貴族向けにはとても思えないな」
余計な装飾を一切省き、ただ銃としての性能だけを取り出したような作品だ。よく周りを見れば、手元にある銃に限らずどれもが無駄な装飾を省いたものが殆どだ。
「……この子たちは、冒険者が扱うための銃です」
いつの間にか隣にいたエイム嬢が言った。
「冒険者向け?。だが、銃の製造には金が掛かる。冒険者が購入できる額で販売すれば、確実に足がでるぞ」
「それは、貴族に売ろうとする職人が装飾を凝らして無駄な費用が重なった結果です」
小さくだがエイム嬢の言葉に苛立ちが混ざる。
「戦闘に関わりの無い部位を全て省き、耐久性能と運用性だけを追求すれば、ちょっと稼いだ冒険者でも購入可能な額に納まりますよ」
壁に立てかけてある銃の一つをエイム嬢が手に取った。
「これ一つなら、手間賃と材料費を会わせても金貨十枚程度ですね」
稼いでいる冒険者なら購入できない額では無い。武器選択の一つとして上がる値段だな。
だが、一つだけ問題点がある。
「ここにある銃は、それを含めて全てが後装式で使用する弾丸も実包。一発撃つ度に銅貨六枚が消費される武器など、誰も好き好んで使いたがるわけが無い」
銃には極端に分類すると二つに分かれる。
前装式と後装式だ。
前装式は銃口から火薬と弾をそれぞれ別々に注ぎ込んで装填する形式。後装式は銃口の後ろ側から火薬と弾を装填する形式だ。
前者は銃の構造が単純で済み制作も楽だが、慣れない者が使うと装填に時間が掛かる上に、弾の連射ができない。
逆に後者は装填が楽になり連射速度も上がるが、構造が複雑になり弾も専用の実包が必要になってくる。 複雑な構造をしている後装式の銃の製造費用を金貨十枚程度に抑えたのは素直に驚いたが、それでも弾丸の費用がかさみすぎる。
しかし、エイム嬢はこれも不機嫌になりながら否定した。
「それは銃職人によるぼったくりです」
「ぼったくり?」
「実包なんて、地属性の魔術式を応用すれば片手間で作れますよ。材料込みでも鉄貨一枚です」
「はぁっ!? いくら何でも安くなりすぎるだろう!」
この前、銃を扱っている店で実包を補充したときは、一発につき銅貨六枚。単純計算でも六十倍の差だ。
「だからぼったくりなんですよ。貴族にとって銅貨六枚も鉄貨一枚も大差ないですからね。銃職人にとっては良い小遣い稼ぎになってます」
エイム嬢の言葉が全て正しいのなら、彼女の作った銃はまさしく冒険者のために製作された銃だ。
「ただ、やっぱり銃は貴族様の武器というイメージが強かったようで。ここに並んでいる銃を店で売ろうとしたんですけど……一丁も売れなくて」
エイム嬢も、最初から卸売りを専門にしていたのでは無かった。自分で制作した銃を、両親から預かった店で売ろうと奮闘したのだという。だが銃は滅多に売れなかった。希に売れたとしても、物珍しさで試しに、といった具合だったらしい。
「さすがに私も霞を食べて生きているわけでは無いので、とりあえずは趣味で作っていた銃以外の武具を販売しようとしたんですが、やはりこれらもとんと売れなくて。仕方が無く、知り合いの武器商に卸売りする形でどうにか日銭を稼いでいる次第です」
己の不甲斐なさを自嘲するように彼女は力の無い笑みを漏らした。商才が無かったというのもこの辺りの事を指しているのだろう。顔は笑みを浮かべていながらも、その目は悲しみがにじみ出ていた。
今週中にもう一話を更新予定です。