第十三話 勘当貴族、怪鳥の悲鳴を聞く
「でりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃっっ!!」
放たれるのは斧槍の乱れ突き。まさしく刺突の豪雨だ。あれほど絶え間なく突きを放たれれば迂闊に手出しはできない。
だが、クロエ嬢は乱れ突きを前に、あえて足を踏み出した。
会場の中に、甲高い金属の擦過音が木霊した。
斧槍の連打の中に身を置くクロエ嬢。だが、彼女に届く穂先は一つもなかった。
クロエ嬢はエトナが繰り出す突きの全てを弾くのではなく、斧槍の側面に刀を滑らせることで軌道を反らしているのだ。
一撃や二撃なら私だって同じ芸当は可能だろう。だが、いつ終わるともしれない突きの連射を受け流し続けるのは不可能だ。
「ちっ、だったらこれでどうよ!」
突きの連射が通用しないと見ると、エトナは斬撃と刺突の連続攻撃で攻める。だがクロエ嬢は突きの連射と同じく、絶妙な力加減で斧槍の攻撃を捌いていく。
直接刀で受け止めないのは、刃を痛めて切れ味を落とさないため。だから受け流しに徹しているのだろう。だとしても、私はクロエ嬢の技量に目を見張った。
──確実に、私と戦ったときよりも強くなっていた。
エトナも刃を交えて、ようやくクロエ嬢の実力を把握し始めていた。強気一色であった表情に焦りが混じり出す。開幕からこれまで果敢に攻め続けているのに、ただの一度も攻撃が通っていないのだ。あれだけ攻め続けているのに動きが鈍らないのは大したものだが、些か相手が悪すぎたようだ。
エトナは攻撃の手を止め、クロエ嬢からいったん距離をとった。
「ちょっと……どういうことよ。何で攻撃が届かないのよ。どんだけ攻めたと思ってんのよ」
「……貴様の腕が未熟であっただけであろう」
「うっさいわね! たかがDランクの冒険者の癖に!」
私がDランク冒険者なのはエトナも知っている。そして、そんな私とクロエ嬢が気さくに会話していたことから、クロエ嬢のランクを勘違いしていたのだろう。
……いい加減に教えてやったほうが良いな。
「エトナ、一つ言っておくぞ」
「何よ! 外野はすっこんで──」
「クロエ嬢は、Bランク冒険者だぞ」
「──なさ…………へ?」
決闘の最中であるというのに、私の言葉を聞いたエトナは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
Bランクといえば、ギルドの内部では一流で通る集まりだ。大半の冒険者にとっては大きな目標となっている。クロエ嬢はその中に在籍する、一流の冒険者なのだ。
「えっと……………………冗談?」
「なわけ無かろう」
縋るようなエトナの言葉を、私はバッサリと切り捨てた。
前方から聞こえる地を踏む音に、エトナは肩を震わせて視線を正面に戻した。
「決闘の最中に余所見とは、随分と余裕だな」
「は……はは……ははははははははっっ」
エトナは顔をヒキツらせ盛大に冷や汗を流し、ついでに口からは壊れたような笑いが漏れていた。
「じょ、じょじょじょじょじょ上等じゃない!! 相手がDランクだろうがBランクだろうが勝ちゃぁいいのよ勝ちゃぁ! そうすりゃぁ全部おーるおーけ! おーるおあなっすぃんぐよ!」
謎の叫び声を発しながら、エトナが大上段から斧槍を叩き込む。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
切羽詰まりながらもその振り下ろしは力強さを秘めていた。
クロエ嬢は──。
「──『雷刃』」
クロエ嬢の呟きが私の耳に届いた。
上段から叩きつけられる斧槍を、半身になり紙一重で見切るクロエ嬢。
そして、すれ違いざまに放たれた刀の一閃で、エトナの斧槍は半ばから切り飛ばされた。
通常の斧槍は、柄の部分はほとんどの場合が木製。だが、エトナの斧槍はドワーフの膂力を存分に発揮するために、刃先から柄まで全てが金属製で作られている。
クロエ嬢は、その鉄製の柄を切断したのだ。
私の目は辛うじて、クロエ嬢の振るった刀に『雷』が纏っていたのを捉えていた。おそらくは何らかの魔術式を使用したのだろう。だとしても恐るべきは、刀の切れ味とクロエ嬢の技量。少なくとも、今の私ではとても太刀打ちできるような相手ではない。
「…………え、ちょ、まっ、嘘でしょぉ!?」
穂先が消滅した得物を目に、エトナが悲鳴を上げた。気持ちは分からないでもないが、今はまだ決闘の最中だ。
元の長さの半分となってしまった斧槍(もはやただの棒)を手におろおろとするエトナ。そんな彼女の背後に近づく姿があった。
──ポン。
肩を叩かれたエトナが、金縛りにあったように硬直した。ギリギリと、油切れを起こした人形のように、ゆっくりと背後を振り返るとそこにはクロエ嬢。エトナの顔が絶望一色に染まり上がった。
「何か言い残すことは?」
「……………………申し訳……ありませんでした」
ここに至り、エトナはようやく己が格上を侮辱した上に喧嘩を売ったのだと自覚したらしい。滅多に聞けないだろうエトナの謝罪がなされた。
「うむ、よろしい」
クロエ嬢は笑みを浮かべる。
──ただし、目は完全に据わっていた。
そして。
「では──存分に反省しろぉぉ!!」
──バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッッッ!!
「ピギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
クロエ嬢の全身から『雷』が放出し、それに巻き込まれたエトナは、仮にも美少女を自称する者の悲鳴とは思えない怪鳥の断末魔のような絶叫を口から迸らせた。
雷が収まるのと同時に火花が散るような音が聞こえなくなる。
クロエ嬢が肩から手を離すと、エトナは力なくその場に倒れた。目は完全に白目を剥き、躯はびくびくと痙攣している。生きてはいるようだが、完全に意識が絶たれていた。
「……シナディ嬢」
勝敗は決したな。私の言葉にシナディ嬢が頷く。
この決闘の立会人は高らかに宣言した。
「勝者、クロエ様!」
己の勝利を誇る素振りは見せず、クロエ嬢は最後に刀を軽く振るうと、ゆっくりと鞘の中に納めた。
キンッ、という鯉口の音だけが、彼女の勝利を祝福していたように聞こえた。