第十二話 勘当貴族、実は剣の目利きができる
──喫茶店での『決闘』発言から二時間後。
私はギルドのとある場所にて、シナディ嬢と言葉を交わす。
「ご迷惑をお掛けする、シナディ嬢」
「いえ、心中お察しします」
さすがに喫茶店の中で派手に切り結ぶのは不味いと考える程度の理性は辛うじて残っていたらしい。そもそも町中での決闘など騎士団が飛んでくるには十分すぎる案件だ。
では町の外で決闘だ──と揃って店の外に出ようとする二人に私が待ったを掛けたのだ。
二人の怒りは頂点に達しており、ここで下手に止めれば私に飛び火する恐れがあった。ゆえに止めるつもりはなく、代わりに一つの案を提供したのだ。
──ギルドの会場を借りられないか、と。
「まさか、これほどすんなりと立会人を引き受けてくれるとは思っていなかった。本当に感謝する」
「私が受け持っていた本日の業務に区切りが付いていたのが幸いでした。それに、冒険者どうしの諍いを仲裁するのも業務の一環ですから」
私は以前に白夜叉、クロエ嬢との決闘を繰り広げた。それを思い出した私は、ギルドの会場を決闘の場として利用できないか考えたのだ。
二人を連れてギルドへ向かった私は、すぐさまシナディ嬢に話を通した。事情を聞いた彼女は快く承諾し会場の貸し出しを許可し、その上立会人まで引き受けてくれた。
以前に私が決闘騒ぎを起こした際に、負傷した私を治療してくれたのはシナディ嬢だった。彼女ならば、決闘中の負傷も傷跡一つ残さずに治療することが可能だ。
二人は離れた位置で各自準備をしている。エトナは斧槍の調子を確かめるように振るい、クロエ嬢は『正座』という変わった座法で集中力を高めていた。ヒノイズル特有の作法らしいが、膝を折り臑が床に接するあの座り方は、あるいは精神統一よりも拷問に近く見える。そんな私の感想をよそに、クロエ嬢は静かに瞑想していた。
「……ですが、よろしいのですか?」
そんな二人を交互に見てから、シナディ嬢が小さな不安を口にした。彼女の言わんとするところは私も分かっていたが、私はあえて否定した。
「エトナの奴には良い機会だ。ここで一発、キツいお灸を据えてやるべきであろう」
「分かりました。でしたら、私もこれ以上は言いません」
それから程なくして、シナディ嬢がクロエ嬢とエトナに声を掛け、会場の中央に呼び寄せた。
「これより、クロエ様、エトナ様による決闘を執り行いたいと思います。双方はこれ以降に蟠りを残さぬよう、全力で取り組んでいただければ幸いです」
シナディ嬢の前置きを聞き、二人はお互いに睨み合う。
「言われるまでもない」
「全力デ乳ヲツブス」
タイプは違えど、揃って整った顔立ちの女性たちが、仮に恋人がいたらちょっとお見せできないような凄まじいメンチを斬り合っていた。エトナに至っては、理性を放り出していそうな片言になっている。
……女同士の戦いはこうも醜く恐ろしいモノなのだろうか。あるいはこの二人が特別なのか。私は女性の見方が変わってしまいそうな恐怖を少しだけ覚えた。
「では、始め!」
決闘の開始が宣言されると、最初に動き出したのはエトナだった。
「その無駄にでかい乳を削ぎ落としてくれるわぁぁぁ!!」
小柄ではありながら、ドワーフの膂力は全種族で屈指を誇る。残念な叫びはともかく、鋭い踏み込みから繰り出される斧槍の横薙ぎは単なる力任せの一撃ではなかった。
クロエ嬢はあわてた様子もなく、開幕直後の攻撃を飛び退きで回避。その目には多少の驚きが含まれていた。エトナの斧槍捌きは、本人の人間性さえ目を瞑ればかなりのモノだ。アレでもう少し人としての常識を身につけて貰えたらと思わずにはいられない。
「そりゃそりゃそりゃっっ!!」
最初の一撃を回避されたエトナだったが、彼女は続けて斧槍を振るい続ける。それこそ叩きつけや薙ぎ払い、刺突と斧槍が持つ『斧』と『槍』としての特性を最大限に活用した多彩な攻撃手段だ。アレほどの攻撃を繰り出されれば、本来の得物を持たない私であったらとても対処しきれないだろう。双剣を持った場合の私であっても苦戦を強いられるに違いない。
「ほらほらほら! 逃げてるだけじゃ勝てないわよ!」
回避に徹するクロエ嬢に対して、エトナは挑発混じりに言葉をぶつける。エトナから見れば、クロエ嬢はエトナの攻撃に対し避けるだけで精一杯に見えているのだろう。そして、挑発を口にしながらも斧槍の捌きには隙が見られない。
一方で私には、クロエ嬢が酷く落ち着いているように見えた。エトナの突きの連打は確か凄まじいモノがあったが、それを紙一重で回避し続けるクロエ嬢の反射能力も並みではなかった。確実に、私と戦った時よりも実力を伸ばしている。
開幕からある意味で一方的な展開。ただし、クロエ嬢はまだ武器に手を着けていない。そのことに、エトナは気が付いて──無いだろうな。
「でりゃぁぁぁぁぁぁっっ!」
エトナが踏み込みとともに斧槍の突きを放った。勢いの乗った鋭い刺突だ。クロエ嬢は──動かない。避けるそぶりすら見せない。けれども、突きが届く直前に、私はクロエ嬢の手が剣の柄に伸びたのを確認した。
──そして、エトナが大きく吹き飛ばされる。
手からは斧槍が離れ、彼女の背後に斧槍が音を立てて突き刺さった。
まるで、見えない『何か』に弾き飛ばされたかのような動きだった。だが、少し遅れてから、私やクロエ嬢が腰の鞘から剣──『刀』が抜いていたことに気が付く。
クロエ嬢は抜刀の勢いそのままに下段から刀を振るい、エトナの突きを斧槍ごと弾き飛ばしたのだ。
驚くべきはその剣速。抜刀の起こりと終わりは視認できたのに対して、その最中を私は見失っていた。クロエ嬢が刀の柄を握る瞬間は目撃したのに、いつ振るったのかをまるで認識できていなかったのだ。
私の驚きはそれだけに止まらない。
初めて見る、緩やかな弧を描く細身な刃。一見するとほんの少しでも力を込めれば折れてしまいそうな印象を受ける。だが私は、その刀身を見た瞬間にゾクリと背筋が震えた。
多少なりとも剣の目利きができるからこそ、直感的に分かった。
──あの『刀』は間違いなく一級品だ。
弾き飛ばされて床に転がったエトナは上体を起こし、空になった手を呆然と眺めていた。それからようやく己の身に何が起こったのかを知り視点を正面に戻してクロエ嬢を睨みつけた。
クロエ嬢は表情を変えず、刀の切っ先でエトナの背後──斧槍を指し示した。
「拾え。まだ勝負は付いておらん」
「──ッ、随分と余裕じゃない……。今のはちょっと油断しただけなんだから。調子に乗ってんじゃないわよ!」
ちょっと油断した時点で十分に致命的だが、そのことに気づくエトナでもなく、飛び起きると急いで斧槍を引き抜き、再びクロエ嬢に向かって突撃した。