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勘当貴族 ルキス君の冒険日誌  作者: ナカノムラアヤスケ
第二の部 勘当貴族 ルキス君の邁進
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第十一話 勘当貴族、妙な方言が出る

「店員。可及的速やかに支払いを。それと、そこの幼女の注文は受けない方がいいぞ。そいつは人の名義で勝手に飲食するような輩だからな」

「余計なこと言わないでよ! ってか、誰が幼女か!?」

「別に貴様を名指ししたわけではないが、自覚があるようで何よりだ」


 またもいつの間にか姿を現したエトナは、喫茶店内の席に座っていた。


「つか、武器屋から出るなら一言くらいあっても良かったんじゃない? あんたの知り合いだから商品を値切って貰おうって店主に言ったら、既にあんたいないじゃん! 私ただの恥ずかしい人じゃん!?」

「いつ貴様の許しが必要になったのだ。そして、貴様は既に恥ずかしい存在だ。よくもまぁそんなくだらないことを考えつくものだな」


 私はエトナを一睨みしてから視線をはずし、クロエ嬢に向き直った。


「クロエ嬢、見苦しい場面を見せてすまなかったな」

「えっと……彼女はどなたでござるか?」

「顔だけは知っているがそれだけの赤の他人だ」

「ええっと……りょ、了解でござる」


 取りあえず、と言った具合だったがクロエ嬢は首を縦に振った。クロエ嬢かのじょに、あの幼女と私が仲間だと思われてはたまらないからな。


「先ほど言ったとおり、ここの代金は私が払おう。話を付き合ってくれたことと、謝罪を受け入れてくれたことに比べれば安すぎる払いだがな」

「こちらこそ、貴殿と話せて良かったでござるよ。また日を改めて話をしたいでござるな」

「同感だ」


 私はクロエ嬢と一緒に店を出ようとしたが、それを止める声があった。


「ちょっとぉ! 何で私には奢らないくせにその女には奢るわけ!」

「自分のこれまでのおこないを、胸に手を当てて反芻しろ。自ずと答えが出てくる」


 冷静な私の言葉に、エトナは何故か真顔になり己の胸に手を当てる。ペタペタと薄い胸板に触れてから、真顔のままクロエ嬢の胸元を見た。


 冒険者として引き締まった躯をしながら、クロエ嬢の胸は男なら誰もが一度は振り向いてしまうほどに豊かであった。以前にクロエ嬢を配下に加えようと思ったのは、黒狼族の肩書きだけではなく彼女の容姿が目的の一部だったのは否定できない。恥ずかしい話だがな。


 それはともかく、見てくれだけは可愛いエトナが能面になっているのは些か恐怖を覚えた。それはクロエ嬢も同じだったのか、エトナの感情の色が無い視線にさらされてビクリと方を振るわせた。


 たゆんと、脳裏に擬音が聞こえてしまうような『揺れ』が起こる。


 それを目にした途端、エトナがキレた。


「乳の差か! おっぱいが大きいからか!! 巨乳尊きょにゅうそん貧乳卑ひんにゅうひなのか! 


 …………誰が洗濯板の代用にも使えるほどの貧しい乳だごらぁ!?」


 意味不明な叫び声の後に、盛大に自爆気味な台詞を吐き出すエトナ。


「……あの、ルキス殿?」

「気にするなクロエ嬢。馬鹿の戯言か、あるいは負け犬の遠吠えか。どちらにせよ、無視するに限る」

「は……はぁ……いいのでござろうか?」


 私たちはエトナの暴言を無視して出口に向かう。あいつに付き合っていると時間だけではなく精神力も消費する。


「大きくなりたくて大きくなったわけではないのでござるよ。戦いの時には邪魔であるし、着られる服は限られるし、さらに上には上がいるでござる。…………でも、あのお方はこんな胸でも好いてくれているし、悪いことばかりではないでござるが」


 最後の呟きとともに、クロエ嬢は頬を赤らめた。


 恋する乙女の顔であるのは、恋愛沙汰に疎い私でも分かった。


 ……『あのお方』とやらは、間違いなく『白夜叉やつ』のことであろう。クロエ嬢に未練はないが、クロエ嬢ほどの美女に想いを寄せられているという時点で殺意が沸いてくる。


「待ちなさいよ、まだ話は終わってないわよ!」

「無視しろ無視。どうせ明日になればすっかり忘れている」


 叫ぶエトナを放置したまま出口の戸に手を掛けたところで、エトナかのじょはさらに暴言を重ねた。


「だから待ちなさいって言ってんのよ、この『無駄乳の犬女いぬおんな』がぁ!」


 背中に暴言を叩きつけられたクロエ嬢が、ぴたりと足を止めた。


 私は頭痛がしてきた頭に手を当てた。無視を決め込むには些か無礼がすぎる言葉だ。しかも初対面の女性に対してだ。これはさすがに咎めるべきであろう。


 しかし、私よりも先にエトナの方へ顔を向けたクロエ嬢が口を開いた。



「貴様。今、私の事をなんと呼んだ?」



 あ、これはあかんやつだ。


 思わず謎の方言が出てしまった私を許して欲しい。


 クロエ嬢の一人称が変わっているとか、語尾が普通であるとか、そんな些細な話ではない。それまでのクロエ嬢は人懐っこい──というと失礼かもしれないが、とにかく親しみやすい雰囲気の女性であった。


 ところが今は、獰猛な獣が唸り声をあげているようにしか思えないほど、濃い殺気が吹き出していた。エトナの発言がクロエ嬢の逆鱗に触れたのは間違いなかった。


 矛先が向いていないとはいえ、そばにいるだけで冷や汗をかくほどだ。


「うひぃっ!? な、ななななによっ!!」


 直接殺気を当てられているエトナは私の比ではないだろう。冷や汗を滝のように流し、声も震え上がっていた。


「狼族と犬族が間違えられるのはよくある話だ。実際に、私もこれまで何度も間違われてきている。そのことに関してはいい加減に慣れたものだ」


 単純に犬系の獣人と間違われたのなら、クロエ嬢もここまでの怒りを露わにしなかっただろう。だが、あからさまな罵倒に加えて、身体的特徴まで追加されたらどんな温厚な人間だって一発で切れるだろう。


「私は黒狼の一族──狼の獣人だ。貴様のような輩から犬呼ばわりされるいわれはない」

「ふ、ふんっ! う、上から目線で偉そうな犬女ね! おっぱいが大きいからって冒険者として偉い訳じゃないんだから!」


 震え上がっているくせに、口だけは気丈だ。無駄に高いプライドは簡単にはへし折れないらしい。言っていることは間違っていないかもしれないが、少なくともクロエ嬢はエトナきさまよりも実力も地位ランクも上だ。


 私がその点を指摘する前に、クロエ嬢の声が発せられた。


「……どうやら、訂正する気は無いようだな」

「なによ、文句あるの? あんたも冒険者だったら力ずくで従わせてみなさいよ!」


 荒事が生業の冒険者ではあるが、エトナの論は無理がある。冒険者とて、ある程度の秩序と法の下に活動している。武力だけに秀でているだけでは冒険者とは言えないな。


 ──まさしくエトナだな。


「…………いいだろう。ここは貴様の言い分に乗ってやろう」

「お? 上等じゃないの! いいわ、喧嘩なら喜んでかってあげるわ!」


 クロエ嬢の温度を感じさせない声色。エトナも調子が戻ってきたのか声から震えが抜け、強気な調子で言い返した。


 鋭くにらみ合う女が二人。


 わずかな沈黙の後、彼女たちは同時に叫んだ。



「「決闘だ(よ)!」」


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