第九話 勘当貴族、幼女を言いくるめ、狼と再会する
「……で、あんたどこに行くのよ」
「まだ付いてくるか……。暇なのか?」
「うっさいわね」
いつの間にか立ち直ったエトナが再び私の後を付いてきた。
「ふん、あの程度の借金なんて問題ないわよ。今度の依頼でガッツリ稼いで、利子を付けて叩き返してやるわよ」
誰かに対してか勝ち誇ったように言うエトナ。
頼んでもいないのに荷物の受け渡し場所やら依頼人に関する情報は既にエトナから聞かされている。コレをシナディ嬢に報告しておけば、後は勝手に調査を行ってくれるだろう。その結果が〝黒〟であれば、取引現場に突入して現行犯逮捕の流れになる。
そんなことはつゆ知らず、エトナは小柄で整った顔たちをぐふりぐふりと物語に出てくる悪徳領主のように歪めて笑う。
以前に本で読んだことがある。たしか、『捕らぬ狸の皮取り算用』と言ったか。
「で、もっかい聞くけど──」
「武器屋だ。そろそろ装備を新調したいのでな」
「そんな金があるならまず先に奢りなさいよ! この私に!」
ここまで偉そうな態度で人様に飯をタカる人間を、私は初めて見た。
この女と話していると本当に疲れる。
「あ、そうだ! 武器屋を探してるなら私が紹介してあげようか? ちょうど知り合いに腕のいい武器職人がいるの。私の使っている斧槍もそこで仕入れたのよ。私の紹介があれば、多少は割り引いてくれると思うし」
「残念だが、既に向かう店は決まっている」
「え、嘘? ……で、でも私から見てあんたってばDランクにしては実力があるじゃない? Dランクを相手にするような武器屋で、あんたに見合うような上等な代物があるとは思えないんだけどなぁ……」
あからさまに棒読みだ。世辞ならもっと感情を込めて言え。付け加えるなら、実力はともかくEランクから昇格できていないエトナに賞賛されても全く嬉しくない。
「お生憎様。受付嬢から紹介状を頂いている。Aランク冒険者がよく利用する武器屋らしくてな、今から期待で胸一杯だ」
「誰の胸が期待の欠片も無い胸だ!!」
こいつは『胸』という言葉に敏感すぎる。
ドワーフ族は成人しても人族の子供に近い容姿だ。当然、体つきも子供っぽくなるのだが、この女はそれに輪を掛けて〝寸胴〟だ。多少のコンプレックスを抱くのも無理はないが。
「町中での刃傷沙汰は御法度なのは貴様も知っているはずだろ」
「ぬぐぅっ!?」
斧槍の柄を握った格好でエトナが固まった。当然といえばそれまでだが、自衛の場合を除いて町中での武器の使用は禁じられている。破れば騎士団に通報されて牢屋行きだ。この程度はエトナの頭でも覚えていたようで、彼女は私を睨みつけながらも渋々武器から手を離した。
「付いてくるなら、せめて大人しくしていろ。騒ぎを起こしたとしても、私は一切庇い立てはしないからな」
キツくいい、私は文句をだらだらと垂れ流すエトナをそのままに武器屋へと向かったのだった。
武器屋に到着すると、入り口で出迎えてくれた店主にすぐさま紹介状を見せた。軽く目を通すと、店主は快く頷いた。
「シナディの嬢ちゃんからの紹介状じゃぁ断れねぇな。見たところ、うちで扱っている武器に振り回されるような柔な鍛え方はしてなさそうだしな」
「そうさせて貰おう」
私は気さくに言ってくれた店主に笑みを返した。多少の世辞は混ざっているだろうが、己の実力を評価されるのは悪い気分ではない。
「……あ、店主。先に一つだけ言っておく」
「お、なんだい?」
私は店主を手招きをして、彼にだけ聞こえる声で囁いた。
「私の後に入ってきた、斧槍を背負っているドワーフの女がいるが」
いつの間にか私よりも先に店内の武器を吟味し始めたエトナを指さした。奴は武器に注意が向いていてこちらの様子には気が付いていない。その隙に言うべき事を店主に伝えておかなければ。
「私の仲間でもなんでもないのでな。奴が問題を起こしてもそれは私の預かり知らぬ所だ。騎士団にでもギルドにでも突きだして貰ってかまわん」
「見たところ、あの嬢ちゃんも駆け出しにしちゃぁ中々の腕前を持ってそうだが……」
「腕前にばかり比率が偏って、頭の中はスッカスカだ。今回は仕方ないにしても、以降は特別な事情が無い限り門前払いをお勧めする」
初対面であるが、この気のよさそうな店主が奴の毒牙(?)に掛かるのを見過ごすことなどできない。
……もちろん、私自身が面倒事に関わりたくない気持ちもあるが。
「では、改めて中を見せて貰う」
「お、おう……好きなだけ見ていきな」
言っておくべき事を店主に伝えて、ようやく気兼ねがなくった。私はエトナのことを頭の中から忘却して、店の品を吟味していく。
武器の目利きにはそれなりに自信がある、腐っても元帝国貴族の一員だったのだ。幼少の頃より質の良い武具に触れあう機会は何かと多かった。
Aランク御用達というだけあり、ざっと見ただけでも、この店に並べられている武器はどれも品が良い物ばかり。予想を超える品揃えだ。値も相応に高いが、自分が求めていた品質の物であれば予算内に収まるモノが幾つか見つかった。
候補はいくつか見つかった。後は実際に手に取って具合を確かめながら吟味するとしよう。そう思って店主に声をかけようとしたところで、店の扉が開き新たな客が店内に足を踏み入れた。
「失礼するでござるよ」
「お、いらっしゃい。見ない顔だな……この店は初めてか?」
「知り合いから、この店なら拙者の求めている剣があるのではと勧められたのでござるよ」
今の位置からは武器の棚が死角となり、入り口は見えない。だが、その声の主はすぐに分かった。特徴的な口癖と声色で、間違えようが無い。
「ちなみに、誰からの紹介だい?」
「冒険者たちの間では『白夜叉』と呼ばれている御仁でござる」
「おお、あのアンちゃんか!」
白夜叉と知り合いという時点で、もう『彼女』が誰なのかは確定だ。
「お前さんの口振りだと、捜し物ってのは珍しい武器だったりするのかい?」
「『刀』と呼ばれている剣でござるよ」
「もしかして、嬢ちゃんはヒノイズル出身か?」
「そうでござる。故郷のヒノイズルでは一般的な武器なのでござるが、国外ではどの武器屋で見あたらなくて……」
「……嬢ちゃん、運がいいな」
「──ッ! も もしや、その口振りは」
「ああ。数は少ないが『刀』ならこの店で取り扱ってるぜ」
「わっふぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 誠でござるか!?」
「嘘ついてどうするんだよ。ただ、この国では作れる奴がいないから持ち込みの品だ。他の剣よりかなり値は張るぞ?」
「承知の上でござるよ!」
「じゃあ、今から持ってくるから、店の中を適当にぶらついててくれ」
店主が店の奥に引っ込むと、それとは別の足音が入り口の方から近づいてくる。
私は反射的に逃げそうになる足を理性で押し止めた。この機会から逃げ出せば、そのままずるずると『彼女』から逃げ続ける自分が想像できたからだ。
そして、死角となっていた戸棚の影から、思っていた通りの人物が現れた。彼女もこちらを覚えていたようで、視界に入れるなり目尻をつり上げた。
「貴殿は確か……」
「その……しばらくぶりだな」
しかめた表情を私に向けてくるのは、漆黒の髪に狼の耳と尻尾のある女性。名を『クロエ』。私が貴族の身分から転落する原因となった事件──その当事者の一人であった。
ルキス君への温かな応援メッセージ。そして幼女への屑呼ばわり(笑)が感想文で目立つ最近です。
幼女は間違いなく屑ですが、一方で読者から見捨てられないような憎めないキャラを目指していきたいと思います。