序の話 勘当貴族、になる。
ナカノムラでございます!
ルキス君の冒険日誌開幕です。
なお、この『序の話』は初見の人でもあらすじがある程度わかるように書き下ろしています。
より詳しい前日譚が読みたいのであれば『カンナのカンナ 間違いで召喚された俺のシナリオブレイカーな英雄伝説』をお読みください。
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──その日、私は人生で屈指の絶望を味わっていた。
「そんな……馬鹿な……ッ!?」
絶望の切っ掛けは、一通の手紙であった。
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私はルキス・アーベルン。
実家は栄えあるディアガル帝国にて公爵の地位を賜っているアーベルン家であり、私はその次男だ。
ディアガル帝国は竜人族が統治する国家。危険な魔獣が生息する過酷な土地に囲まれているため、その統治には絶対的な武力を持つことが大前提なのだ。当然、国家の運営を携わる貴族にも竜人族が多く見られる。帝国貴族のトップに位置する『帝国三大公爵家』の中、二つは竜人族が当主であることからその力の強さはわかるだろう。
だが、アーベルン家は『帝国三大公爵家』の中で唯一、人族が当主の家なのだ。
──アーベルン家はディアガル帝国の建国初期から存在する名家中の名家であり、代々の当主は常に帝国に大きく貢献してきた。
我が父もその例に漏れず、公爵の地位に恥じぬ素晴らしいお方だ。竜人族劣らぬ武力を持ちながらも高い政治力を持ち、歴代のアーベルン公爵家当主に決して恥じぬ偉大なお方なのだ。
そして、我が兄もそんな父の才能を色濃く受け継いでおり、既に次期当主としての大きな期待を背負っている。現在は父の仕事に補佐官として同行し、日々経験を積んでいる最中だ。
だが、私は残念ながら父の才能を片方──『武』の方しか受け継げなかったようだ。
兄は文武に優れた人だ。けれども、私はその兄をも上回る剣の才能を秘めていた。一方で、私は兄に比べて人を統べるような才能は有していなかった。多少なりとも政治のことは理解できるが、あくまで多少にとどまる。
貴族の次男坊の役割は、次期当主である長兄に万が一の事があったときの為の予備。あるいは、当主となった兄を補佐することだ。そうでなければ、他の御家と繋がりを強めるための政略結婚の道具か。私の『文』の才能は、次期当主となる兄を補佐するにも、万が一の予備にしても能力が不足していた。政略結婚にしても、公爵家の次男である私は下手な相手と強い繋がりを持つわけにもいかなかった。
偉大な父や優秀な兄に、私は次第にコンプレックスを抱くようになっていた。父や兄を尊敬する気持ちに偽りはない。だが、それ以上に己の才能のなさに関して苛立ちが募るようになった。
気が付けば、日頃の鬱憤を晴らすように公爵家が統治する領地で粗暴に振る舞うようになっていた。頭の中ではこのようなことをしてもどうにもならないとわかっていた。だとしても、心の中に積もった向けようのない憤りを発散したくて、公爵家の権力を利用して好き勝手していた。
そしていつからか、私の中で建前が本音を上書きしていった。
『公爵家次男の私は偉い』
『私の躰には公爵家の尊い血筋が流れているのだと』
やがて、私は父から手切れ金を渡され、追放同然に実家から──公爵領から追いやられることとなった。その頃になると、私の中でどうしてあれほど憤っていたのか、粗暴になっていたのかさえ忘れるほどだった。
実家を追い出された貴族の次男坊の行き着く先などたかが知れている。貴族の子息として施された教養の高さを利用してどこかの商家に雇ってもらうか、手切れ金を使い果たして野たれ死ぬか。
だが私は思い至った。
私には文の才能には恵まれなかったが、武の才能には恵まれた。兄を大きく上回る剣の才能を有していた。
──『冒険者』と呼ばれている者たちがいる。
依頼人から金銭を受け取り、仕事を代行する何でも屋のような職業人だ。何でも屋とはいうがその仕事の多くには『武力』が多く必要になる。なにせ、彼らのもっぱらの仕事は、危険な魔獣の狩猟であったり、それらが生息する場所にある貴重な素材の採取なのだ。魔獣の遺体には様々な用途があり、それこそ武具の素材に使用されたり薬の材料にも使われる。それらを欲し、一般人や商人の多くが冒険者に依頼を出すのだ。
危険の多い仕事ではあるが、逆を言えば実力さえあれば名を上げることができる職業でもあった。
特に、ディアガル帝国の領内には危険な魔獣が多く生息しており、帝国軍の手だけでは対処しきれない部分も出てくる。そこを穴埋めする意味でも冒険者の需要は高かった。
故に、私の剣の腕を発揮するのならば冒険者を志すほかない。ほかに選択肢などあるはずもない。
──いずれは冒険者として名を馳せ、己を追放した父や兄を見返してやる。
そう決意した私はディアガルの首都ドラクニルの冒険者ギルドへと向かったのであった。
そして、冒険者となった私は、とある男と出会いを果たす。
この話は、その男に決闘を挑み、そして敗れた三日後から始まる。
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手元に届いた一通の手紙、そこに書かれていたのは『離縁状』であった。
『アーベルン公爵家はルキス・アーベルンとの一切関係を断ち切るものとする。以降、ルキスは二度とアーベルン家の名を語ることは許されない。それと同時に、ルキスが金融業者に無心した金銭に関して、当家は一切の責任を負わないことをここに書する。ルキスが負った責任はすべて本人に帰属することになる』
時から家名を名乗ることを禁じられたことも大きな衝撃だったが、私の関心は手紙の後半部分だ。
そもそも、この『離縁状』は私が実家に認めた手紙に対して送り返されたものだ。
諸事情により金融業者より大金を借りた私だったが、その返済には実家からの援助に期待していたのだ。なにせ借りたのは金貨百枚だ。現在の所持金は金貨二十枚しかなくとてもではないが返済には足りないからだ。
だが、私の催促に公爵家が出した結論がこの『離縁状』だったのだ。
──つまり、私は自腹で金貨百枚を金融業者に支払わなければならなくなったのだ。
頭が真っ白になり、気がつけば一夜が過ぎていた。
その日から、私の元に金融業者の手の者が現れるようになった。私の返済能力問題が生じたのが業者の方に伝わったからだ。彼らは私が借金を踏み倒し、国外への逃亡を犯さぬように監視役として派遣されたのだ。
たとえ貴族であろうともなかろうとも、正当な借金の踏み倒しは犯罪だ。もし逃亡を試みたり期日までに支払いが完了しなければ、一定の懲罰の上で借金額に二割を追加した金額を過酷な強制労働で返済しなければならないのだ。
返済期間は──たったの一ヶ月。
そこからは、寝る間を惜しんで働き通した。
冒険者になりたての私が稼げる金額はたかが知れている。日に多ければ3件の依頼を受けたりもした。金になる装備は商売道具となる剣を除いてすべて売り払い、宿も貴族御用達の高級宿から最低ランクのボロ宿に移った。
躰が悲鳴を上げようが心が限界を迎えようが、とにかく体力が続く限りに依頼をこなし続けた。
借金の返済が完了しなければ強制労働行き。その過酷さは有名で、およそ四割近くの人間が脱落──命を落とすと言われている。もはや貴族──元貴族のプライドやらなんやらを振りかざしている余裕などなかった。
日々の重労働と、借金返済が叶わなかった時の陰鬱な未来を予想し、私の中にあった『何か』が徐々に削り取られていくのを感じていた。どうしてこうなったのか。何が悪かったのかを自問自答するようになっていた。
──何故、私は粗野を働いていたのか。
──何故、私は公爵毛領地を追い出されたのか。
──何故、私はこれほどまでの借金を背負ったのか。
──何故、私は実家から勘当されたのか。
様々な後悔が押し寄せる中、私はとにかく金を必死で稼いでいった。
そして限界まで追い詰められた私の前に、あの男が現れた。間違いなく、私を卑怯千万な手で打ち負かし、どん底にまで陥れたあの男だ。
思うところはあれど、気にしている余裕などなかった。借金返済の期日が目前にまで迫っていたからだ。男を無視し、依頼を受けた私は近場の森に足を運んだ。
幸か不幸か、森の中で再びあの男が私の前に姿を現したのだ。
──気がつけば、私は懐から『銃』を引き抜いていた。実家から勘当され、借金苦に追われながらも得ることのできなかった、かつて父が私に送ってくれた品。
不意に男が振り向いた瞬間、私の中で『何か』が音を立てて壊れ、そして──銃の引き金を引いていた。
──結果的に、どうしてか男は生きていた。
銃から放たれた弾は確実に男の胸当てを貫通し肉体にまで届いていたというのに、男は怪我した様子もなくピンピンしていた。もはや訳がわからない。
自失呆然としていた私に対して、男は──。
「ふんぬッ!」
「がッ!?」
あろうことか頭突きをかましてきた。殴るのでもなく蹴るのでもなく、私の顔面に男の額が叩き込まれたのだ。けれども、その痛みによって、私はようやく我に返った。
「感謝しろよ。命を狙われた代償を頭突きの一つで終わらせてやったんだからな」
「なっ、きさッ──」
全面的に己が悪いと自覚しつつも、私は反射的に激昂した。しかし、そんな私の眼前に、半透明の──氷の槍が突きつけられていた。
忘れていたが、この男の扱う魔術は珍しい『氷』属性。だが、これほど瞬時に氷を具現化するとは予想をはるかに超えている。
「勘違いするなよ。おまえさんの立場がどうあれ、譲歩しているのは紛れもなく俺だ。あいにくと、殺されかけたのを笑って済ませられるほどに、できた人間でもないしお人好しでもない」
より突きつけられた氷の穂先に、私は情けなくも悲鳴を漏らした。
たが、そんな私からすぐに興味を失ったのか、男は慌てたように背後を向いた。
「っと、それよりも卵は無事か?」
……私に命を狙われたことよりも、卵の方が無事なのか。
「わ、私は卵にすら劣るほどなのか……」
この瞬間、私の中にあった『傲慢』は完膚なきまでに粉砕されたのであった。
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結果として、私はどうにか期日ギリギリに借金の返済を終えることができた。
何の気まぐれか、どうしても足りなかった最後の金貨をあの男が出したのだ。
最初こそ、私の中にあった最後の見栄が奴の申し出を拒んだ。私が借金苦に陥った発端はこの男だったからだ。
『だったら! 俺を見返してみろ! こんな奴助けなきゃ良かったと、情けを掛けなきゃよかったと後悔するぐらいに名を上げてみせろ! 金を稼いでみろ! ついでに、てめぇを見限った実家の奴にも、切り捨てるんじゃなかったと思えるほどに出世してみろ! でなけりゃぁてめぇは正真正銘の負け犬野郎だ!』
だが、その時の奴の言葉が、私の心の中に深く刻み込まれた。
いいだろう。そこまで言うのなら、この一時の恥を耐え凌ごうではないか。
『良いだろう。上等だッ! やってやろうではないか! 貴様も家も、まとめて後悔させてやる! 金も侮辱も、利子を盛大に付けて叩き返してやる。今吐いた言葉、忘れるなよ!』
こうして、私は一ヶ月の限界を超えた働きの末、借金の完全返済にたどり着いたのであった……。
時系列的には『web版カンナのカンナ』の『第五十七話 既に色々とフラグを立てていた事を俺はまだ知らない』の辺りでしょうか。ルキス君が起こした問題に関しては『第四十話 一昨日きやがれ!という言い回しって誰が始めたんだろう』から数話にかけて語られています
ある程度のあらすじを書きつつ、『カンナのカンナ』本編には書かれていなかったルキス君の内面を表現できたかな、と思います。
ナカノムラの作品はどうしてか、ちょい役で出した人間が妙に出世するパターンがあったりします。ルキス君もその一人で、ただの噛ませ役にしたつもりがいつの間にか一定の人気を獲得していました。
2016年11月29日からしばらくは、本編で投稿していた『勘当貴族』の話を再投稿していく予定です。それに伴い、本編に投稿していた『勘当貴族』は削除いたしますのでご了承ください。
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