第6話
◆◇◆◇◆
紫苑は帰宅後、結局片桐には先ほど襲われたことは言わなかった。今日の敵は弱すぎた。
反対派の当主たちの意図が見えてこない。となると、外部からか。
考えても答えが出ないので、考えるのを止めた。(片桐や白雪が心配だ……)
この家に居る限り安全だが、片桐も外へ出ないわけではない。買い物等で外出する。
まぁ、並大抵のやつでは片桐には勝てないだろう。4、5人程度なら余裕だ。
問題は、白雪。彼女も武術の心得があるが、まだ中学3年生。
姉さんも彼女を守ると言ってくれたが、姉さん自身が彼女につきっきりというわけにはいかない。
紫苑は、念のため忠告しておくことにした。
白雪は、都内の私立中学校に通っている。彼女も、「普通」の学校生活を送らなければならないので、ボディーガードを付けてはいない。
白雪と電話で話す。
「白雪、俺だ。今大丈夫?」
「はい! お兄様」
元気な声で返事をしてくれる。
「珍しいですね。普段は、お兄様から電話などしていただけないのに……」
少し拗ねているのか、嫌味のように言ってくる。こういったところが、可愛いのだが。
「ごめんごめん。もう少し、こまめに連絡するようにするよ」
紫苑は、笑いながら応える。この様子では、襲われたということはなさそうだ。
「そうです! お兄様はもっと私のことを想ってくださるべきです! 私は毎日お兄様のことを想っているというのに……」
嬉しいことを言ってくれる。本当に可愛い義妹だと思う。
「ありがとう、白雪。
ところで、最近変わったことはないか?」
「変わったこととは?」
「誰かの視線を感じるとか、尾行されてる気がするとか……」
「いえ、そんなことはありませんが……
お兄様、何かあったのですか!?」
「……いや、何もないならいい」
「お兄様! 隠さないでください! 私はお兄様が心配です!」
「白雪、自分の心配をしなさい。外へ出るときは、気を付けてくれ」
「お兄様!」
「わかったね? お前に何かあったら、困るのは俺だけではない。それと、姉さんに警戒するよう伝えてくれ」
少し強めに、諭すように言う。
「……はい、お兄様がそうおっしゃるなら……」
渋々了承してくれたようだ。
この後、少しお互いのことを話し、電話を終えた。ちなみに、やたらとクラスの女の子について聞かれた。何をそんなに心配しているのか。
すると、後ろから視線を感じる。
「……紫苑様? 夕食の準備が整っておりますが……」
片桐がタイミングを見計らって、声をかけてくれたらしい。
「ああ、ごめんね。待たせてしまって」
「いえ! そんなことはありませんが……」
「片桐? どうかした?」
「……紫苑様は、いつもお一人で問題を抱え込んでしまいますから……」
どうやらバレていたらしい。さすがだ。雰囲気でわかるのだろう。
「何かあるのなら、ご相談ください。私は、紫苑様のお力になりたい」
「……大丈夫だ。心配するな」
笑って紫苑も応える。
だが、今回は見逃してくれなかった。
「……またそうやってはぐらかす…… 」
「片桐?」
「……紫苑様!!!」
「はい!?」
びっくりした……
いきなり大きな声で呼ばれた。思わず、敬語になってしまった。
だが、もっと驚いたのは片桐が涙目でこちらを見つめていたからだ。いや、睨んでいたの間違いか。
「……紫苑様、どうして……私を頼ってくださらないのですか? 私では……力不足ですか?」
「片桐…… そんなことはない。俺はいつもお前に助けられているんだ」
「……それでは、白雪お嬢様に言えて、私には言えないことがあるのですか?」
「聞いてたのか!」
「……申し訳ありません。ですが、紫苑様が電話で話すのは珍しいので……」
確かに今はもう電話は、ほとんど使わない。メールでやり取りできるからだ。片桐が、疑問を抱くのも仕方ない。
「……ですが、直接電話するということは、かなり重要なことを伝えるためですよね?」
「……っ!」
「……紫苑様の雰囲気からもわかります。
何かあったのだと」
言葉に詰まってしまう。どうやら片桐には隠し事ができないようだ。
「……私には言えないことですか……」
「そんなことはっ!……」
ない、とは言えない。実際、今回のことは隠そうとした。言ったほうがいいだが、余計な心配はかけさせたくなかった。
「……紫苑様、それは私のことを想ってですか? 私に……心配をかけたくないからですか?」
図星だ。紫苑は何も言えなくなる。
片桐の声が震える。涙が今にも落ちそうだ。
「……それが……その紫苑様の優しさが私を苦しめるのです!」
片桐の目から、宝石のような涙が落ちる。次々と、止まる気配はない。
「……私は……私はもっと紫苑様に頼られたい! 紫苑様をもっと甘えさせてあげたい! 紫苑様と共に困難に立ち向かっていきたい!」
「片桐……」
片桐が、こんなにも強く自分の思いを紫苑にぶつけるのは珍しい。
「……紫苑様……私は貴方にだけは、見捨てられたくない、必要としてほしい……貴方にだけはっ……」
片桐は、右手で口を押さえ嗚咽を漏らす。彼女が泣くのを見るのは、いつ以来だろうか。
(何をしているんだ俺は……)
また彼女に辛い思いをさせてしまった。片桐を泣かせてしまうなんて……
「……片桐、ごめん。俺が間違っていた。許してくれ……」
そう言って、片桐を抱き締める。
「……いえ、私の方こそわがままばかりで……申し訳ありません」
片桐も、紫苑の胸に顔をうずめながら応えた。
紫苑は、両手で片桐の頬を挟み、彼女の顔を上げた。
泣いていても、美しい顔立ちだ。紫苑は、指で涙を拭き取り彼女の潤んでいる瞳を見つめる。
「片桐、本当にごめん。俺にはお前が必要だ。もっと頼っても、もっと甘えてもいいのか?」
「はい、ぜひお願いします」
「うん。一番に片桐を頼らせてもらうよ。その代わり、俺にも頼ってね」
「あら、紫苑様に甘えてよろしいのですか?」
「そんな片桐も見てみたい。普段とのギャップで凄く可愛いだろうな」
もう一度、二人は熱い抱擁をかわした。片桐の目には涙はなく、代わりにいつもの微笑が浮かんでいた。
「そろそろ夕食にしようか」
長く抱き合っていた後、さすがにお腹がすいてきた。
片桐も、名残惜しそうに紫苑から身を離す。
「冷めてしまいましたね。今、温め直します」
◆◇◆◇◆
夕食後のティータイム。紫苑は、今日のことを片桐に話した。
案の定、片桐は激怒した。自分も紫苑と登下校を共にすると言い出した片桐を、なんとか説得した。
今は、ソファーに片桐と共に座っている。いつもより、距離が近いのは錯覚ではないだろう。
肩と肩がぶつかりそうな距離。太腿はすでに接触している。
「……あの〜片桐? ちょっと近くない?」
「あら、良いではありませんか。甘えて良いとおっしゃったのは、紫苑様ですよ?」
確かに言った。だが、いきなりこんなに距離が縮まるとは……
片桐も遠慮しないことにしたようだ。紫苑としては、喜ぶべきなのかわからない。
まぁ、片桐が甘えてきてくれたのだ。紫苑も、愛おしい気持ちになる。
紫苑は、片桐のツヤのある黒髪を撫でた。片桐は、嬉しそうに目を細める。
片桐が、体をこちらに預けてくる。紫苑は、それを抱きとめる。
「私は貴方を支え、守ります」
囁くように、しかし力強く言った。
◆◇◆◇◆
〜橘家〜
橘家では、嵐が吹き荒れていた。
「お父様! どうしてこんな決定に反対しないのですか! 橘家の面目は丸潰れです!」
どうやら、恵理が彼女の父、橘家現当主、橘泰宏に抗議しているようだ。
「……恵理、落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられますか!」
「恵理、紫苑君はとても優秀だ。彼の周りも優秀な人材が多い。彼なら必ず、やり遂げられるだろう。今回の決定に反対する理由がない」
「お父様! 何を言ってるのですか! それでは、一条家の優位を認めるのと同じです!」
「そうだ。それに何の問題がある?」
「橘家の立場がなくなります!」
「いいか、恵理。橘家は、一条家より力はない。それに、お前は紫苑君に劣っている」
「どこがですか!」
「お前は、自分の家を最優先している。彼は違う。彼は、仲間と組織のことを常に考えている。その時点で、力の差は歴然だ」
「……っ!」
恵理は、何も言い返せなかった。でも、紫苑を認めたくない。そこに、悪魔の囁きが聞こえた。
片桐との口喧嘩?をした翌日。
いつものように、学校へ行き帰宅した。すると、一通のメールが届いていた。恵理からだ。
ーー私はあなたを認めない。反対派に加わる。覚悟しなさい。
〜続く〜
今回は、片桐メインでした!
片桐は、今後も出番が多くなってくると思います。
次話もできるだけ、早く投稿します!