第5話
翌日
土日に少々面倒なことが起きたが、なんとか収束した。
今日は、月曜日。学校に行く。
紫苑は、山梨の県立の進学校に入校した。成績は良い方だ。地元の中学でもトップクラスだった。
九条グループの家は、一箇所に集中していない。全国各地にある。東京都には、九条本家と鷹司家があり、一条家は山梨にあるのだ。
8:20から朝のホームルームが始まる。
7:30に家を出る。学校までは、電車で30分、徒歩10分程度だ。
片桐に昼食のお弁当を作ってもらい、笑顔で送り出される。
中学までは、給食だったので、お弁当は必要なかった。高校にも学食があるので、お弁当は必要ないのだが「私が毎日作ります!」と言われ、押しきられてしまった。今日も早起きして、張り切っていた。
片桐の表の顔は、紫苑の家政婦だ。紫苑と寝食を共にしている。何もやましいことは無いが、紫苑も大変助かっている。家事を完璧にこなし、部下としてもかなり優秀だ。
紫苑の両親は、海外にいる。滅多に帰ってこない。一人姉(実姉)もいるが、今は県外の大学に通っている。姉は、組織に入らなかった。両親が反対したのだ。
そんなこんなで、今は片桐と紫苑の二人暮らし。もう慣れてきた。
何があっても学校に来ないでねと伝え、行ってきますと家を出る。
(中学時代、片桐が部下と学校に来て大変な目にあった)
◆◇◆◇◆
学校に着いたのは、8:10ほど。入校式の後、一通り自己紹介をしたが、まだ顔と名前が一致しない。知り合いは、同じ中学から来た愛梨だけだ。
紫苑は、表向きはごく普通の高校生。組織のことは、口止めされている。
「普通」の高校生を演じなければならないのだ。幼馴染の愛梨ですら、組織のことは知らない。
「おはよー、紫苑。友達出来た?」
「……おう、早いな。友達はーーまだ」
愛梨が元気に話しかけてきた。痛いところを突いてくる。彼女は、すでに友達が出来たらしい。
愛梨はショートの明るく、活発な女の子だ。誰とでも仲良く出来るだろう。背は160㎝に届かず、小柄だ。片桐や姉さんと一緒にいた紫苑から見れば、より小さくみえる。
「紫苑、人見知りだもんね」
「うるせ」
裏社会の一部を見てきている紫苑は、普通の日常とのギャップから、少し負い目を感じている。
愛梨と話をしていると、ホームルームの時間になった。入校式に紹介された、男の担任の先生が教室に入ってきた。
「おはよう。今日から本格的に授業が始まります。皆さんよく励むように」
連絡事項を紫苑たちに伝える。
「今日から、部活動の見学と体験が出来ます。兼部もできます」
部活か……どうしよう。紫苑は、悩んでいた。中学は、陸上の短距離をしていた。リレーでは、県代表として全国大会にも出た。
帰宅部でもいいかなと思ったが、一応見学してみることにした。
◆◇◆◇◆
〜放課後〜
紫苑はクラスの人とも、喋れるようになった。
陸上部を覗いてみる。
すると、同じように陸上部を見学する新入生がいた。愛梨だ。あいつも中学で陸上の長距離をしていた。
話しかけようとした時、逆に後ろから話しかけられた。
「お、一条だっけ?」
紫苑に話しかけたのは、同じクラスになった樋川晃太朗だ。なかなかイケメンで、クラスの中心人物になるだろう生徒。
「樋川か。一条だよ。陸上やるの?」
「中学のとき、ハードルやってたからな」
そういえば、県大会で名前を見たことがある。ハードルで上位入賞してた。リレーも一緒に走ったことあるだろう。
「思い出した。中学のとき活躍してたな。やっぱ、高校でもハードル?」
「おう。一条も100mとかリレーで入賞してたよな」
こんな感じで、少し樋川と話をして帰宅した。
◆◇◆◇◆
〜自宅〜
「ただいまー」
「紫苑様! お帰りなさい」
片桐が笑顔で出迎えてくれた。
紫苑も自然と笑顔になる。やっぱり安心するな。疲れも吹っ飛びそうだ。
制服から部屋着に着替え、ソファーでくつろぐ。
片桐は、ピンクのエプロンを着て夕食の準備をしている。長く、ツヤのある黒髪を一つにまとめている。
ほどなくして、夕食が出来上がる。
「紫苑様、ご飯出来ましたよ」
「はーい」
今日はパスタか。
ーー美味しい。一流レストランの味と言っていいほどだ。
「本当に美味いな」
「ありがとうございます! 紫苑様に喜んでいただけて、よかったです!」
片桐は、満面の笑みを浮かべる。夢中で食べる紫苑を、ニコニコしながら見つめ自分も食べる。
食後のティータイム。片桐が、紅茶を淹れてくれる。これも相変わらず最高。
「学校はどうですか? 楽しめそうですか?」
「うん。何とかやっていけそうだよ」
「それは良かったですね!」
「それと、陸上部に入ろうと思っている」
「……そうですか。では、帰りは遅くなりますね」
笑顔で言うが、少し寂しそうだ。それが、紫苑にはわかった。
「片桐、部休日とかは早めに帰るよ。ごめん、寂しい思いをさせて」
片桐は、日中紫苑の代わりに組織の仕事をしてくれる。武闘派代表ともなれば、忙しいだろう。
優秀な片桐がいなければ、代表など務まらない。姉さんたちも、わかっていたはずだ。
それゆえ、片桐は人付き合いはあまり無い。
「そんなっ! 私のことはお気になさらないで下さい!」
片桐は、いつもそんなふうに言ってくれる。実際、片桐に甘えている。
「ありがとう」
紫苑は、無理矢理笑顔を作りお礼を言った。
「俺は片桐に甘えてばかりだ……」
紫苑は、夕食の後片桐と一緒に皿を洗い、自室で勉強をした。そして、今は組織の仕事をしているーーと言っても、片桐が日中にほとんど終らせてくれた。
世話をしてもらっているからだけでは無いのだが、片桐には、なんとしても恩返しをしなければならない。紫苑は、改めてそう思った。
◆◇◆◇◆
入学式から、約二週間がたった。もうクラスの人は覚えた。友達も無事できた。部活にも行っている。
部活は、週に4日、月・水・金・土だ。中学の頃よりは、だいぶ楽だ。練習内容もそんなに本格的ではない。進学校だからか。
そんな平和な日々を送っていた。
だが、ここ2、3日誰かに監視されてるようだ。家の外でだ。
明らかに、プロの尾行、殺気。だからこそ気付けたのかもしれない。
ーー反対派の人間か、もしくは組織外の人間か。
おそらく、紫苑が武闘派代表になったことは外部にも漏れている。
ーー片桐には、言わないでおこう。
余計な心配はかけたくない。なにより、「私がお守りします!」などと学校にまで付いてきかねない。
頼むから、面倒な事にならないでくれと祈る紫苑だった。
だが、願いも叶わずーー紫苑は男3人に取り囲まれていた。
学校帰りを狙われたのだ。尾行には、最初から気づいていた。
しかし、今日のやつらは今までの人間と違う。
そう感じ、わざと人気の無い裏路地へと入った。
案の定、囲まれた。紫苑も人目につくところで、騒動を起こしたくない。学校にバレたら面倒だ。
「どうした。来ないのか?」
紫苑が、挑発する。
いきなり、後ろにいた二人が突進してくる。
紫苑は、一人を躱しもう一人の腕を取り反動で前のやつにぶつける。あっさりと二人とものびてしまった。
もう一人、前にいたやつが殴りかかってきたが、前蹴りで顎を下から打ち抜く。
すると、最初後ろから突進してきたうちの片方が逃げてしまった。
ーーあまりにも弱すぎる。相当舐められているのか、警告だろうか。
どちらにしろ、また戦いが始まることを紫苑は確信した。
〜続く〜
ここまで読んでくださりありがとうございます!
これから学校生活も少しずつ書いていこうと思っています。