第3話
白雪は人気のないところで、一人悩み苦しんでいた。
「白雪!」
誰よりも愛おしく、彼女に希望を与えてくれる声がする。
「白雪、探したぞ」
紫苑は探してくれていたようだ。それだけで白雪は嬉しくなる。
「どうしたんだ、白雪?」
「……申し訳ありません。いきなり怒鳴ってしまって……」
「気にしてないよ。白雪こそ大丈夫?」
そう言って、自分を気遣い頭を撫でてくれる。優しくて、温かい。今すぐに彼に飛び付きたい。その温もりを全身で感じたい。
今までだったらそうしていただろう。
「……大丈夫です。そろそろホテルに戻りましょう」
白雪は少し距離をとることにした。あまりベタベタしていたら、いつまで経っても義妹から抜け出せない。
「? そうだね」
紫苑もいつもの白雪と違うことにわかったようだが、深くは追求しなかった。
◆◇◆◇◆
コンコンと扉を叩く音がする。
「紫苑? 入ってもいい?」
凛花の声だ。
紫苑は学校から戻ってきて、白雪のどこかよそよそしい態度にモヤモヤしながらも、ベッドで寛いでいた。
「ああ、入っていいよ」
部屋に入ってきた凛花は、学校のときとは違った服装だ。一旦寮に戻ったようだ。
学園には制服というものがないので、服装は自由だ。
今彼女が着ているのは、先ほどより胸元が開いており、例のネックレスを付けているのが一目でわかる。
「し、紫苑……そんなに見つめられると……ちょっと恥ずかしい」
「わ、悪い」
思わず凝視してしまったようだ。
凛花は赤くなって、もじもじとし始めた。
さすがに気まずくなってしまう。何せ、ホテルの一室に年頃の男女がいるのだ。
「り、凛花、こっちの生活には慣れた?」
「う、うん。皆優しくて良い人ばかりね」
「そうか。よかった」
「友達も出来たし、たくさん遊んだりしてるし。でも、勉強もしっかりやってるわ」
「まぁ、ここは勉強熱心だからね」
話を聞いている限り、凛花は今の生活に満足しているようだ。
話がひと段落したところで、凛花が顔を赤らめ紫苑を見つめた。
「あ、あのね、紫苑にお礼がしたいんだけど」
「お礼?」
「いろいろお世話になったのに、しっかりお礼してないし……」
「いいよ、そんなの気にしなくて」
「い、いや私が気にする。むしろお礼させて!」
「はぁ、何してくれるの?」
「……目瞑って」
「……何するんだ?」
「いいから! 目瞑って!」
あまりにも一生懸命お願いされるので、不審に思いながらも、紫苑は言われた通りにした。
紫苑は目を閉じた。
紫苑が座っているベッドのすぐ隣で、凛花が動く気配がする。
不意に、ふわりとバニラのような甘い香りが鼻につく。
少し荒く、湿った吐息が顔に当たるのを紫苑は感じる。
それが紫苑の口元に近づき、今にも二人の距離がゼロになろうとしたときーー
バン!!!
部屋の扉が勢いよく開いた。
「お兄様!」
白雪の声だ。
二人は慌てて距離を取る。
「し、白雪!?」
白雪は滅茶苦茶怒っていた。いつもは可愛らしい愛嬌のある面立ちが、今は般若のようだ。
「びっくりするだろう。ノックくらいしなさい」
「……お兄様、何をなさっていたのですか?」
「え!? 何をと言われても……」
凛花が何をしようとしたのか、わからなかった訳ではない。
「……凛花さん?」
「は、はい!?」
白雪の声が低くなる。闇から響くような声だ。白雪の背中には、どす黒いモヤモヤが立ち込めている。
「……お兄様に何を?」
「い、いやぁ、それはその……」
「……お互い同意の上でしたか?」
「……ど、同意はないけど……」
「……では、無理矢理?」
「……い、一応お礼のつもりで……」
「……お礼? さっきのが? お兄様の同意もなしに? そんなの、ただあなたがやりたかっただけでしょう!」
「う、うぅ……」
さすがに凛花が可哀想になってきた。
「白雪、もうその辺で……」
「お兄様もお兄様です! しっかりしてください!」
「……わかった」
その後、紫苑と凛花は一時間みっちりと白雪の説教をくらった。
凛花は少し青ざめた様子で、寮に帰っていった。
今は白雪と二人きりだ。
「それで、白雪は何か用があったのか?」
「いえ、何か嫌な予感がしたので」
少し白雪が怖くなった。
「では、私もこの辺で失礼します」
「もう行くのか?」
いつもなら紫苑にくっ付いて離れないのに。
「はい。また夕食のときに」
そう言って、白雪は自分の部屋へ帰って行った。
〜続く〜




