第2話
紫苑は白雪とともに、校内をウロウロしていた。
教室には、生徒たちがちらほら見える。その多くは、受験生らしき高校生だった。
「夏休みも学校に来てるんだな」
「ここは進学校にも引けを取らないくらい教育熱心ですから」
「そうなのか?」
「はい。お姉様は、子どもたちの教育に特に力を入れています」
「……姉さんらしいな」
「孤児だからといって、しっかりと教育が受けられないというのは、お姉様にとって受け入れ難いのでしょう」
千冬の性格は紫苑も白雪もよく知っている。紫苑と白雪はお互い微笑んだ。
「白雪の学校はエスカレーターだよな?」
「はい。ですが、勉強を疎かにしているわけではありませんよ?」
「わかってるさ」
紫苑が白雪の頭を撫でてあげると、嬉しそうに体を密着させた。
◆◇◆◇◆
しばらく二人で仲良く学校見学していた。
しかし、
「あ! いたいた! 紫苑!」
いきなり背後から声をかけられる。聞き覚えのある声だ。
「凛花!」
彼女は少し前にいざこざがあり、訳あってここに通っているのだ。
「一ヶ月ぶりくらいね! この前は本当にありがとう」
「凛花も元気そうだな。こっちの生活はどう?」
「充実してるわ。以前とは大違いよ」
「そうか。よかったな」
紫苑と凛花が再開を喜び合っていると、紫苑のそでがクイクイと引っ張られる。
「……お兄様」
白雪が不安そうな顔で見上げる。
「ああ、白雪は凛花と直接会うのは初めてか」
「紫苑、この子は?」
凛花も白雪のことは知らなかったようだ。
「この子は白雪。俺の義妹で、鷹司家の次女」
「てことは、千冬さんの妹さん?」
「まぁ、血は繋がってないけどね」
さすがに凛花も千冬のことは知っていたようだ。
「白雪、この人が伊達凛花。仲良くしてあげてくれ」
「……はい」
紫苑は白雪にも凛花を紹介するが、白雪はあまり彼女を歓迎していないようだった。
「白雪、過去のことは考えるな。凛花は以前の彼女とは違う」
「……わかりました」
一応、納得してくれたようだ。凛花も苦笑いをしている。
「ねぇ紫苑、見て」
凛花はいきなりそう言って、胸元を少しはだけさせる。
紫苑と白雪は驚いたが、凛の首から下げているものに気付いた。
「それ、付けてくれたのか」
紫苑が前にプレゼントしたエメラルドの付いたネックレスだった。
「もちろんよ。肌身離さず持っているわ」
凛花はネックレスを大事そうに両手で包む。
紫苑も嬉しくて、つい頬が緩む。
すると、隣からムッとした雰囲気が伝わってきた。
「紫苑はこれからどうするの?」
「あと少し見学して、ホテルに戻るよ」
ホテルとは、学園にある宿泊施設のことだ。
「そう。私はこれから課外あるから、夕方にでもホテルにお邪魔してもいいかしら? いろいろ話したいことあるし」
「ああ、いいぞ」
また会う約束をして、凛花は教室のほうに向かった。
「……お兄様」
「うん?」
白雪はずっと黙っていたのだが、機嫌はあまりよくなさそうだ。
「お兄様はあの方をお許しになったのですね」
「そうじゃなかったら、凛花はここにいないな」
「……それに、とても仲がよろしいご様子でしたね」
「まぁそうかな?」
「……お兄様の……バカ」
「え?」
「もう知りません! お兄様のバカ!」
「お、おい!? 白雪!?」
白雪は走り去ってしまった。
紫苑は驚きのあまり、呆然と立ち尽くすしかできなかった。
◎
「……はぁ」
無我夢中で人気のないところまで走ってきた白雪は、深い後悔と悲しみに苛まれていた。
どうしてあんなことを言ってしまったのか。自分でもわかっている。
「……私は義妹……義理の妹……」
世間一般から見れば、紫苑と白雪は赤の他人だ。
二人が幼かったとき、あまりにも仲が良かったため、兄妹の契りを組織内で交わしただけだ。
その本当の目的は、家同士の結び付きを強めるため。だから、彼らを義兄妹だと認識しているのは組織内の人間だけなのだ。
それでも、白雪は今まで何度か義妹になったことを後悔した。今回もそうだ。
紫苑も白雪も、兄妹の契りといっても、所詮は家の結び付きを強めるためだと理解しているが、二人は長年兄妹のように接してきた。
白雪が恐れているのは、既に紫苑の中で自分は妹なのではないか、ということだった。
もしそうなら、自分は妹以上にはなれない。異性として見てもらえない。
この悩みは、千冬も抱えている。彼女も紫苑の義姉なのだ。
それなのに、先日紫苑に危害を加えた相手と仲良くしている。優しい彼なら当然だと思ったが、ムカムカとしてしまう。
「私はお兄様の中では異性のうちに入らないのかしら……」
白雪は、紫苑のことを義兄としても、男性としても愛していた。だが、紫苑は違うのではないか。
それを裏付ける行動は、これまでに幾度となくあった。
例えば、年頃の白雪が紫苑に抱き付いても、昔と変わらない対応だ。
今も可愛がってくれるし、優しくしてくれる。嬉しい反面、不安にもなる。
「……少し距離が近すぎるのかしら」
ただでさえ、年に数回しか会えないのだ。会えたら思いっきり甘えたい。ずっと側にいたい。
「……はぁ、私はどうすればいいの……」
義妹として紫苑に甘えたいが、彼に自分を女性としても見てほしい。その思いは、最近一層強くなった。
白雪の中で、ジレンマがぐるぐると渦巻いていた。
〜続く〜




