第4話
「痛ぇ……」
喉や鳩尾に入るのは、なんとか避けられた。呼吸困難で、試合終了では情けない。
ーーだが痛いものは痛い。あの細い足のどこにあんな力があるのか。
ーーさすがは澤登家、鍛え方が違う。
だが次の瞬間、おぞましい殺気が紫苑の後ろから放たれていた。片桐が、恵一に向けて発したものだ。
☆
片桐は、紫苑が誰にも負けないと信じている。必ず勝つと。
ーーその紫苑が、蹴りを食らった。紫苑が倒れる。
思わず、紫苑の名前を呼びそうになる。今すぐにでも、彼の側に駆け寄りたい。それを必死に抑える。
私は何をしているのか。
自分が守るべき対象が攻撃されているのに、ただ見つめることしか出来ない。
自分が慕う人が、戦っているのに何も出来ないことが情けない。
本来なら、戦うのは私の役目だ。
いつも私は、紫苑様の優しさに甘えてしまう。
今更、自分が戦わなかったことを後悔した ーーおそらく、片桐が戦うことを紫苑が許可しないだろうが。
それでも、愛する人が目の前で苦しんでいるのを見るのは辛い。
☆
紫苑は、ゆっくりと立ち上がる。
片桐を見るーーとても辛そうだ。
何故なのか、紫苑にはよくわかっている。 自分が油断したせいで、片桐が心を痛めている。
そんなことはあってはならない。
だが、そうしてしまった。紫苑は自分が許せない。
辛そうな彼女を見たくない。紫苑は、彼女のあの艶やかな笑みが好きなのだ。
紫苑は、涙目の片桐に今出来る精一杯の笑顔で頷いた。
(どうやら俺は負けられないらしい)
今更、再認識した。
☆
片桐は、紫苑に笑顔を向けられハッとした。
私が彼を信じなければ。
この3年間で、彼をよく知った。
毎日、努力していた。
何事にもひたむきだった。
弱音を吐かなかった。
よく夢を語った。
前向きな人だと思った。
だが、時に慎重な人だ。
毎日の努力を欠かさなかった。
真面目だが、強く、優しい。
そんな彼をこの3年間、一番近くで見ていたのは私だ。
その私が、彼を信じないでどうする。
片桐の顔からは、もう後悔や不安は無くなっていた。その代わり、彼女の顔には微笑。
紫苑が一番好きな彼女が、紫苑を見守っている。
ーーそうだ。紫苑様は誰にも負けるはずがないのだから。
片桐の表情を確認した後、紫苑は恵一と再び向かい合った。恵一は、今の一部始終を見ていた。
「随分信頼できる部下がいるようだ。羨ましい限りだよ」
恵一の言葉に他意はない。どうやら、本当にそう思っているらしかった。
「自慢の部下ですから。あげませんよ?」
紫苑も冗談交じりに応える。
「ははっ、それは残念だ。
では、続きといこうか」
「ええ」
先ほどの紫苑とは違う雰囲気になった。呼吸も整える。
恵一の動きをよく見る。
恵一は左ストレートを飛ばす。紫苑は、それを受け流し、ボディに一撃。
本来、紫苑は突きや蹴りは得意ではない。だが、効き目はあったようだ。
恵一がよろめく。だが、体勢をすぐに整えた。
もう恵一も躊躇せず、蹴りを出す。
紫苑は、両手で受け流す。
紫苑の動きは、水のようだ。相手の攻撃に逆らわず、受け流す。
これが、彼の得意とするところだ。(千冬直伝、片桐も得意とする)
だが、受け流しているだけではない。
恵一の右ストレートが来る。
紫苑は、体を右にずらし、左腕で止める。恵一の左体側はガラ空きだ。
そこに攻撃ーーはしない。
確実に相手を戦闘不能にする。
受け止めた左手で恵一の右腕を掴み、捻って恵一の背中へ持っていく。
関節技だ。そのまま足を引っ掛け、恵一を地面に倒す。関節技を決めたまま、体重を恵一にかける。
恵一は、動けなくなった。
あまりにも鮮やかな体捌き。どれだけ力のある巨漢でも、関節技を決められれば勝負あり。
「勝者、一条紫苑」
紫苑は、一礼して下がる。
後ろには、今にも抱きついてきそうな満面の笑みの片桐。さすがに、人前ではしたないことはしない。
「完敗です、一条君。いや、一条殿」
清々しい顔で、恵一が言う。
「素晴らしいものを見せてもらった。一条殿の実力なら、きっと武闘派をまとめてくれるだろう」
純一も笑顔で言う。
「ありがとうございます。組織のため、頑張ります」
紫苑も応える。澤登家が人格者でよかった。
「今回のことは、全て我々澤登家の責任だ。処分は受けるつもりだ」
「いえ、澤登殿は通常の判断をされただけです。非などありません。ですが、代わりにこちらの望みを聞いてもらえないでしょうか?」
「こちらは勝負に負けた。何でも言いなさい」
「……自分は、また未熟です。それゆえ、武闘派をまとめるには協力が欠かせません。そこで、澤登殿のお力をお借りしたいのです」
「もちろんだ。わからないことがあれば、いつでも言いなさい。我々澤登家は、一条紫苑殿を支えると共に一条家と協力していくことを誓おう。それで良いな、恵一?」
「もちろんです、父上。次の世代も協力していきましょう」
「ありがとうございます!」
「こんなに頼もしい若者がいて、九条グループも安泰だ。私も安心して隠居できる」
こうして、澤登家とのわだかまりもなくなり、新たな絆が生まれた。
◆◇◆◇◆
〜紅葉の間〜
すぐに、武闘派の話し合いが始まった。
代表任命は、無事行われた。澤登家が認めたこともあり、紫苑は武闘派に歓迎された。
紫苑はこれから、彼らを指揮するのは自分なのだと自覚した。
◆◇◆◇◆
〜自宅〜
あのあと、姉さんや叔母上に報告を行い山梨の自宅へ帰ってきた。
余談だが、帰る際姉さんが引っ付いてきたので無理矢理剥がした。「帰らないで〜」とか「お姉ちゃん、会いに行くから」とかいろいろ聞こえたが、無視。
今回は、姉さんのせいでかなり苦労した。正直明日の学校が憂鬱だ。
それに、白雪ともまともに話もできなかった。帰路の途中電話で、「お兄様のバカ! なんで会いに来てくれなかったんですか!」
と怒られ最終的には、「お兄様は私のことが嫌いに……」と泣かれた。
可愛い義妹をほったらかしにしたのは悪いと思ったが、その原因は君の義姉だからね!
しっかり誤って、何とか許してもらった頃には自宅に着いていた。
「はぁ〜」
「どうしました?」
片桐は、ニコニコしながら聞いてくる。
「…….まぁ、いろいろあったからな。それより、なんか嬉しそうだな。何か良いことあった?」
「ええ。自分の気持ちを再認識できました」
「ほぉ、それはどんな?」
片桐は、頬を薄く赤らめた。
「秘密です」
そして、ここ最近一番の笑顔を見せてくれた。
「うん。片桐には、笑顔が似合う。いつもそんな感じで、これからもよろしくな」
「はい!」
◆◇◆◇◆
〜橘家〜
橘恵理は、式を楽しみにしていた。自分が、組織の正式なメンバーになれることもあったが、最大の理由はそれではない。
恵理は、家の都合で急遽出席出来なくなってしまった。彼女の父もそれは同じ。
恵理は、土日にあった出来事を月曜日の朝知らされた。思わず、箸をおとしてしまった。
紫苑がNo.3ですって!
私は、20番なのに! 認めないわ!
怒り心頭。いくら怒ってもすでに遅いのだが……
その日の恵理に、学校で話しかける人はいなかった。
〜宮代家〜
宮代家現当主、宮代勉はご機嫌斜めだった。独り言をぶつぶつといっている。
「澤登殿は人が良すぎる。せっかく一条家を排除できたものを!」
彼は最後まで、全面戦争を推していた。
「まだ、反対派は多い。それにあの小僧も武闘派をまとめきれていないだろう。やるなら早くしなければ。」
「そうですね。僕も協力しましょう」
「おぉ、居たのか勇」
いつの間にか気配を消して、息子ーー宮代勇がいた。
「反対派に結集を呼びかけましょう」
「ああ、そうだな。我々の戦いはまだ終わってなどいない」
〜続く〜
組織加入編まだまだ続きます。
恵理や白雪、愛梨も本格的に登場してきます!