第8話
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そこは一流のホテルだった。都内の一等地にあり、スタッフの接客の仕方からそこらのホテルとは格が違う。
さすがは国を代表する権利の持ち主だ。しかも二人。
紫苑と凛花も堅苦しい服を着て、会場入りする。紫苑もこれには未だ慣れていない。
ホテルの至る所に護衛と見られる人が立っていた。九条グループの人間もいれば、伊達グループの人間もいる。
紫苑と凛花には、片桐をはじめとする一条家の抱える護衛が付いている。
会談する部屋の前に着く。
「凛花、大丈夫か?」
「ええ、心の準備は出来てる」
扉をコンコンとノックする。
「失礼します」
扉を開け、一礼して名乗る。凛花も紫苑に続いた。
席にはすでに九条真美がいた。彼女は紫苑と凛花を自分の隣に座るよう促した。
真美が凛花にいろいろと質問していると、扉をノックする音が聞こえた。
そして、入ってきたのは多くの護衛を付けた一人の男性。数多の戦場をくぐり抜けてきたかのようなオーラがある。
紫苑でもわかった。相当な手練れだ。
彼は紫苑たちの前に立ち、自己紹介をして席に付いた。一瞬、凛花を蔑むような視線を浴びせて。
まず、火蓋を切ったのは真美だった。
「今回の件について、まずあなた方に謝罪を求めます」
「……お言葉ですが、私は娘の凛花にそのようなことを命じておりません。謝罪なら凛花にさせてください」
凛花の父親は、凛花に全てなすり付けるつもりらしい。
紫苑は激しい怒りを覚えたが、感情的になっては相手の思う壺だ。なんとか感情を圧し殺す。
一方凛花は、まるでそうなることを予想していたかのようだった。彼女の顔には諦めと絶望があった。
「あらあら、自分の娘に押し付けるおつもりですか?」
「押し付けるだなんてとんでもない。私は娘に情報を集めるよう命じただけですよ」
「子どもが過ちを犯したら、保護者が責任を取るのが普通ではなくて?」
「ええ、ですから賠償金を支払いましょう」
「お金で解決できる問題ではないですよ?」
「例えそうであっても、私は娘の行動を把握していたわけでも、命じたわけでもありません」
「あくまでシラを切るおつもりですか」
「私は真実を言っているまでです。それに、あなた方は今も娘を拘束している。今すぐにこちらへ返して頂きたい」
「それはできません」
「あなた方に娘を拘束する権利はないはずだ」
「私たちは被害者ですよ? それに、今回のことを警察などに任せたら、必ずあなた方は圧力をかけて隠蔽するでしょう? そんなことはさせません」
「九条グループは我々と争うおつもりですか?」
「そんなに凛花さんを返して欲しいなら、最初からこんなことを任せなければよかったじゃありませんか」
「……」
「大方、凛花さんを連れて帰って全て彼女になすり付け、自分の対面は保とうという算段ですか」
真美は伊達グループトップに向かって、遠慮なく辛辣な言葉を投げる。
凛花の父親も顔を顰め、不快感を露わにする。
「……どのような憶測を立てようとも、娘は返してもらいます。娘には躾が必要なので」
「あらあら、怖い親御さんね」
父親の言葉を聞くと、凛花はビクリと肩を震わせる。
一方、ドスの効いた声にも真美は動じない。
「今すぐに、というわけにはいきません。賠償金も支払ってもらってませんし、あなたから謝罪もありませんので」
「……わかりました。この度は娘が不祥事を働いてしまい申し訳ない。父親として、謝罪の意を表明する」
「……父親としてね」
あくまで父親としてだ。伊達グループトップとしてではない。
「謝罪はした。あとは賠償金を支払ったら娘を返してもらいます」
「……わかりました。受け取り次第、凛花さんをそちらへお送りします」
伊達家はすぐにでも支払うだろう。いち早く、名誉を回復したいはずだ。
だが、それは凛花があと少しするとまた檻の中での生活を強いられることを意味する。
紫苑は意を決して口を挟む。
「お待ちください。凛花さんは伊達家に帰ることを望んでおられません」
「……どういうことだ、凛花?」
父親は凛花を睨みつける。
凛花は隣に座る紫苑の服をギュッと掴みながら震えている。
「それに、凛花さんはこちらの学校に編入して日が経っておりません。あと少し、こちらで生活させてあげてください」
「……君は一条紫苑君だね? 娘に拉致されたというのに、随分と肩入れするね」
「凛花さんは仕方がなくやったのです。あなたに命じられたから」
「私はそんなことは命じていない。それに、娘はこちらでも責任を取らなければならない」
お前が責任を取るべきだろ! と叫びたかったが、心の中に留めておく。
「では、被害者として一つ約束して頂きたいことがあります」
「……なんだね?」
「凛花さんに二度と今回のようなことをさせないでください」
「今回も私がさせたのではないのだがな。まぁいい、今回のことで娘にはこの手の仕事は向いていないようだ」
今の紫苑ではこの程度の約束しかこぎつけられない。
それにしても冷徹な父親だなと思った。
◆◇◆◇◆
会談が終わり、山梨へと戻る。
紫苑と凛花は暗い表情だった。おそらく凛花は長くてあと一週間しかいれない。
父親の様子からすると、凛花にはかなりの罰が与えられるだろう。
「……今までよく我慢してきたね」
紫苑は凛花が今まであの父親のもとで育ってきたのかと思うと、胸が苦しくなる。多分、自分なら耐えられないだろう。
「……もう、慣れてるから」
彼女はもう絶望しかない。
「……ごめん。あんな約束しか取り付けなかった」
「……ううん。ありがとう。私のために言ってくれて」
凛花が会談中ずっと掴んでいた紫苑の服の部分は、シワシワになっていた。
突然、凛花の目から大粒の涙が溢れる。
「……怖い。怖いよ。……帰りたくない。……折角、お友達もできて、楽しかったのに……」
「凛花……」
声を上げて泣く凛花を、紫苑はただ見つめることしか出来なかった。
〜続く〜




