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とある男子高校生の裏事情  作者: 烏丸 遼
来校者編
54/66

第6話

◆◇◆◇◆


「凛花、お前の本音を聞きたいんだが話してくれるか?」

「……怒ってないの?」

「怒ってるさ」


 凛花はビクッと身体を震わせる。

 紫苑は凛花の今後の処遇について彼女に相談して決めることにしたのだ。


「そういえば、さっき紫苑は私はこの仕事に向いてないって言ってたよね。あれ、どういうこと?」

「……そのままの意味だよ。凛花は優しすぎるんだ」

「……優しい?」

「普通は最初に少し相手を拷問してから情報を聞き出す。でも、凛花は拷問すら禁止しただろ?」

「……」

「本当は凛花だってこんなことしたくなかったみたいだし」

「……どうして」


 凛花は肩を震わせ、嗚咽を漏らす。


「どうして私がお友達を拉致しなきゃいけないの! どうして私は伊達家に生まれたの!」

「……凛花」

「私は……私は普通の家に生まれたかった。普通の生活をして、普通の幸せを感じたかった」

「組織に関わる家に生まれたことが嫌なのか?」

「嫌よ! お父様もお母様も、周りの人は皆お金とか権力のことばかり! 私は組織の道具扱い……」


 凛花は泣きながら感情を爆発させる。


「あの家では私は単なる道具なの…… 子どもの頃から親に遊んでもらったことはないわ。物心ついたときには、英才教育をさせられて、友達と遊んだこともない」


 凛花の生い立ちを聞いていると胸が苦しくなる。


「それも全部組織のため……私の我儘を聞いてもらったことなんて一度もない。あなたには組織を担ってもらうとか、こんなことでは組織の力が弱くなってしまうとか、そんなことを言われ続けたわ」


 金と権力に溺れた人たちばかりの環境で生きていたのだ。


「他の子が羨ましかった。楽しそうに遊んで、オシャレをして、本心から笑えて。

 でも、私が教えてもらったのは愛想笑いだけ。いつも心の中で普通ではない劣等感を感じていたわ」


 紫苑は自分が恵まれていることを改めて感じた。最高の仲間に出会えてよかったと。


「だからね。今回の仕事を任された時、嫌だったけど本当は少し嬉しかったの。伊達家から離れれば普通の高校生になれる。お友達と楽しくお喋りしたり、遊んだり。行ってみたかったお店にも行けたし、同年代の男の人の友達もできた。本当に嬉しかったし、楽しい時間だった」


 紫苑と店に入ったときやお喋りしているときの凛花は、とても生き生きとして楽しそうだった。


「……それでも、私は伊達家を離れることはできない。組織にいるおかげで、いい生活ができているのも事実だし、伊達家が組織から撤退するなんて考えられない。そんなことしたら、真っ先に消されちゃうわ」

「……でも、今回凛花は失敗した。それでも組織に戻るのか?」

「他にどうしようもないの。私にはあそこしか帰る場所がない」

「……それでいいのか?」

「それしかないのよ! 私だってあんなところに帰りたくない! でも……でも、それしかないから……私にはどうすることもできないから……」


 紫苑自身も他の普通の高校生に対して、負い目を感じている。その気持ちはよくわかる。

 だが、紫苑には彼を支えてくれる人が多くいる。それが紫苑と凛花の大きな違いだった。


「……今回のことはすぐに伊達家に伝わるわ。そうすれば私は呼び戻されて、罰を受ける。でも、その覚悟はできているわ。私は組織の呪縛から逃れられない。伊達家に生まれた以上、一生組織のために尽くさなければならないから」

「……でも、それを凛花は望んでないだろ?」

「私の意思はどうでもいいの。もう諦めているわ。下手に動いても、立場を悪くするだけだし」

「……」

「私の愚痴を聞いてくれてありがとう。少しスッキリしたわ。それと、拉致してごめんなさい。謝って済むことではないけれど、あなたを騙してしまった」


 そして、泣きながらも必死に笑顔を作った。


「……それとね。短い期間だったけど、夢が叶った。普通の高校生になれた。ありがとう紫苑。あなたに会えてよかった」

「……それで本当にいいのか? 組織に戻って、また言いなりになるのか?」

「……さっきも言ったでしょう。仕方がないの」

「凛花、お前の生きていく道はお前自身で決めるべきだ」

「私にはそんな自由はない。あなたを拉致した人間よ? 気遣ってくれなくていいわ」


 自嘲的に、しかし悲しそうに笑った。


「ダメだ。自分で決めろ。それと、お前の身柄はこっちで確保している。危害を加えられた以上、勝手に伊達に戻ることは許さない」

「伊達グループと全面戦争する気?」

「最初に仕掛けてきたのはそっちだ」

「……それじゃあ、もう少しこっちにいてもいいのかしら?」

「そうしてもらわなければ困る。その間に自分が本当はどうしたいのか、よく考えろ」


 そう言うと、凛花は少しだけ、だが確かに嬉しそうに微笑んだ。


〜続く〜

 

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