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習一は日中の疲労がたまった足を懸命に上げた。適当に光葉を撹乱できたらアパートに帰ろうと考え、身を隠す場所を探す。周囲には塀つきの家が点在するのだが、利用するのはリスクが高い。盗人に間違われて騒ぎになればあっさり追跡者に見つかるだろう。
もっと安全に、誰がいても怪しまれず、人目にもつかない場所。
(公園……)
エリーに入るなと言われた場所だ。あの時は習一を捜す者が付近にいたという。何分か経過した今なら捜索者は不在やもしれず、その期待に賭けて走った。
公園内はトイレの出入口を示す明かりや外灯によって部分的に照らされていた。その光を避けつつ、習一は荒れた息を整えて歩く。ベンチに腰かけ、体を休めた。
(いつごろ帰る……いや、帰れるのか? あいつ、またアパートの前で待つんじゃ)
光葉は本来の目的であるシドの出待ちを再開する可能性がある。シドの下宿先をどこで知ったのかわからないが、その情報は誤りだったと思わせておきたい。でなければ今日、からくも煙に巻けたとしても、明日明後日は逃げ切る保障がない。
(あいつが諦めるまでは部屋に行けない。それをあの教師に伝える手段が……)
エリーの顔が思い浮かんだ。彼女とシドは連絡を随時取りあう仲だ。おそらくエリーがシドに光葉の待ち伏せの件を伝えるだろう。アパートに行くに行けなかった状況を知れば、彼が打開策を講じるはずだ。なればこそ習一は自身の安全確保に専念するのがよい。
(漫画喫茶に隠れるか?)
一晩やり過ごす資金はある。だが習一が行方をくらますと同居人たちはどう思うか。習一は彼らの連絡先を知らない。音信不通のまま忽然といなくなれば心配するのは目に見えている。その心境は習一が光葉に身柄を拘束された場合と大きな差がなく、良策とは思えない。もっとも良い方法はシドと合流することだ。シドたちと別れた店へ向かおうかと考えたが、一人行動の経過時間を考慮すると無駄足になる。他の候補は食材の買い出しができるスーパー。しかし彼らは会計を終えたあとかもしれず、習一は目的地を決めかねる。
ここまで考えてみて、習一は自身をあげつらった。
(一人でやりたい放題してきたってのに、今になってあいつらにすり寄るのか)
家族への迷惑をかえりみず、自分をもてなす他人の厚意に乗りかかる。なんとも虫のよい話だ。家族の心労を気にしないくせに、他人が抱える気苦労には配慮の念がある。身勝手な気遣いだ。その違いは自分に利をもたらすか否かという利己的な判断による。
(オレは汚いやつだ。使える人間にだけいいツラをしようとして)
自己嫌悪に浸るのを防ぐため、習一は移動しようと思った。外れでもよいから開店中の食品売り場へ。顔を上げ、どちらの方向へ進むか模索する。ぼんやりと動く影が視界に入った。上下に動くその形は一般的な成人男性に近い。通行人だろうか。習一は園内のオブジェの一部のように息を殺した。通行人の陰影は次第に大きくなり、外灯が部分的に明らかにする地面を踏む。その足は二人分あった。一人が灯りのもと、電子機器を操作する。機器は強い光を発した。
「お、ここにいんじゃん」
いかにも軽そうな口調の男が言う。その言葉は習一に向けられたものだが、声に聞き覚えはない。「いい稼ぎになったなぁ」と愉快そうにするのが不快で、習一は立った。
「おっと、勝手に行かれちゃ困るのよ。ダンナに来てもらわないと」
「ダンナってのは光葉のことか? 図体の大きい白スーツ野郎の」
「話が早くて助かる。このまま待っててくれりゃいいからさ」
軟派な男が電話を耳にあてた。光葉と連絡を取る気だ。せっかく逃げられたのに告げ口されてはかなわない。習一は男の股ぐらめがけて蹴りあげた。男は電話を落とす。内股に立ち、痛みをこらえている。その隣りにいた連れは悶絶する男の体を支えた。彼らがもたつく間に習一は公園を脱出する。目についた曲がり角へまっしぐらに走った。
「!」
一面に壁が現れ、急ブレーキをかける。止まりきれずに衝突し、したたかに鼻を打つ。
「よおニーチャン、夜の鬼ごっこはこれで仕舞いや」
不運にも現在もっとも会いたくない人物にめぐりあった。大きな手が習一の肩にぽんと乗る。習一はその手を振り払おうとしたが、強く握られてうめき声をあげた。




