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幻姿の庭  作者: 三利さねみ
第七章 追手
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3

 夕飯の会話中、習一たちは明日の行動を決めた。外出をしたがるイチカに対し、習一が普通に休みたいと主張する。結果、部屋で映画鑑賞をすることになった。食事後に三人は映像物を借りに行く。イチカは流行りものが陳列する棚を見物し、シドは動物のパッケージを手に取る。彼は氷の大地に立つ白熊やペンギンの表紙に注目していた。

 見たいジャンルのない習一は退屈を感じ、正直な感想をシドに告げる。すると彼は「先に帰っていいですよ」と部屋の鍵を渡してきた。

「このあと、私たちは明日の食材を買おうと思います。時間がかかりますから部屋で休んでいてください。帰り道はわかりますね?」

「ああ、地元だからな」

 最悪来た道をたどればいい、と習一は通い慣れないアパートへの道筋を思案した。日が落ちた外の景色と日中見た外観とを照らし合わせていく中、ふと気づいた。

(ひさしぶりに一人になった……な)

 このところ外を出歩く時は誰かしらの供がいた。一人もそばにいないのは脇の風通しが良すぎるような、身軽と言えばそうだが物足りない感覚を覚える。

(帰るまで時間がかかるって言ってたし……すぐに行かなくてもいいか)

 仮にシドらが先に帰宅してもイチカが合い鍵を持つので問題はない。習一の帰りが遅いことを指摘された時は、慣れないアパートの発見に手こずったと言えば通用する。習一はどこへ行くという信念なく、思いつきで進路を適宜決めた。

 直観のままに行き着いた場所はゲームセンターだ。そこで起きた怪奇な現象を髣髴し、真っ先にシドが挑戦していたゲーム機を確認する。また忍者の人形が入った箱が設置してあった。横倒しになった箱の下に注目する。

(黒い手がここから伸びてた)

 アームを通す穴の幅は人の腕を通せるほど。だがゲーム機内への侵入経路は景品の受け取り口一つ。小動物や幼子ならいざ知らず、普通の人間が狭い侵入口を通ることは不可能だ。

(なんだったんだ、あの生き物……)

 初めて見た時は不気味な存在だと感じた。だが畏怖すべき対象だとは言えない。あの物体はシドの要請によって動く。役割は雑事をこなすエリーと同じだ。姿は異形といえど、いまは味方してくれる。邪険にすべきいわれはないと、不安を軽減した習一は夜道に出た。

(黒いやつが光葉の居場所を知らせたと言ってたか?)

 プールで再会したシドがそう言った。ゲームセンターにおいて習一が見た化け物だと。

(エリーにも人捜しをさせてるんだったな。『会いたくはない相手』はきっと光葉だ)

 エリーとは動物園以来、会っていない。彼女も黒い異形と同じ任務中だ。光葉の口ぶりでは銀髪の女も捕縛対象だという。彼と鉢合わせになったらエリーに危険が及ぶだろう。

(オレはちゃんと伝えたよな……銀髪で色黒な女も、あいつは捜してるって)

 光葉の条件には男と見まごう高身長とあったが、あれだけシドと似た容姿の娘だ。誤差の範囲とみて標的にしかねない。その危機感がシドに伝わっていないのだ。よもや我が身かわいさのあまり、妹分の処遇はどうあってもかまわぬとする鬼畜ではあるまい。

(言ってやめさせるか。偵察は黒いやつだけに任せとけって)

 俄然アパートへ帰る意欲が出てきて、習一は現在位置を確認した。でたらめに徘徊したせいで周囲は目印の乏しい住宅街に変わっている。基点となる建物を探しに歩いた。

 背の高い木々が街灯に照らされる一画が見えた。それが公園だとわかると習一は近づく。

「いまはそっちにいっちゃダメ」

 習一の全身がびくっと跳ねた。振り返ると先ほどまで習一が身を案じた少女がいる。

「公園のむこうに、シューイチをさがしてる人がいる。見つかるとめんどう」

「オレを……? 一体だれが」

 習一は瞬時に父を想起したが、そんな労力をかけて自分を捜索するとは思えず棄却した。せいぜい捜索願を受理した警官がパトロールついでに捜す程度だろう。

「よくしらない人。とにかくこっちに来て。シドの部屋にもどろう」

 エリーは手招きする。習一は彼女の誘導に従った。揺れる銀色の髪をじっと見ながら帰路につく。アパートの付近に差しかかり、エリーが足を止める。彼女はブロック塀に隠れ、習一の目の前をあきらかにする。数メートル先、金髪で白スーツの男が仁王立ちしている。自分も身を潜めるべきかと習一が思った矢先、黒い部分の多い頭部がこちらを向いた。

「走って!」

 エリーの促しに応じて習一は駆けだした。あの男に関わるのは極力避けたい。どたん、と重たい物が倒れた。習一は走る速度をおさえ、後ろに視線をやる。地べたに白服が倒れている。その横には家屋の塀に手足をかけるエリーの姿があった。彼女が光葉の足止めをしたのだ。エリーは猫のように軽々と塀にあがり、習一を一瞥する。そうして民家の庭へ下りた。あの身体能力と障害物の豊富な場において、巨体の男を翻弄するのに不足はない。あとは習一が一時避難するのみ。習一は野太い声が後方から響くのを無視して走った。



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