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幻姿の庭  作者: 三利さねみ
第六章 雲隠れ
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6

 三人は遊泳に必要なものを買いそろえた。帰る前にイチカがアイスを食べたいと言って、ソフトクリームを二つ購入する。一つは習一に、一つはイチカ自身が口にする。冷菓を摂取することで帰路の炎天下は紛らわせた。道中、イチカが自分のソフトクリームをシドに食べさせる。シドは遠慮したが「アニキの体のためっす!」とイチカが強く勧めるのに屈した。暑さにやられる男じゃないが、と汗一つかかないシドを見て習一は不思議がった。

 もどった部屋には習一の服の入った布袋と扇風機が置いてあった。エリーが届けた物だろうが、扇風機は習一の希望にない品だ。習一は「こいつはどこから?」とシドに聞く。

「オヤマダさんに貰ったものです。ロフト部屋にオダギリさんが寝泊まりする状況をエリーが伝えたら、きっと熱がこもるから必要だと言ってくれました」

「いいのか? あいつの家だって使うだろ」

「押入れにあった扇風機だそうです。現在は別の性能のよいものを使うようですよ」

 扇風機は表面の色落ち具合から年数の経ったものだとわかる。廃棄寸前であろう道具を譲り受けるのは気負いしない。シドは扇風機の首を上下左右に動かし、可動域を確認する。

「問題は設置箇所ですね。ロフトに運んで使うか、下から空気を循環させるか」

「下に置いときゃいいんじゃねえか。風呂あがりに涼みたい時なんかも使える」

「それだとイチカさんも使えますね」

 暫定的に扇風機を階段兼用棚の前に置いた。イチカがさっそく扇風機の風にあたって体を冷やす。習一はエリーが選択した自分の服を点検した。どれも夏用の薄着だ。春秋用の長袖はない。習一の長期にわたる出奔は想定していないらしい。

(前に、夏休みが終わるまでにどうにかしたいと言ってたか)

 購入品を使用者三種に仕分けするシドの横顔を見つつ、習一は彼の発言を思い出した。シドの計画はどこまで達成できたのだろう。初めから習一の保護を視野に入れていたようだが、現状維持で終わらせるとは思えない。

(そういや、なんでこいつと一緒にいるようになったんだっけ?)

 昨日まではシドが習一の復学を支援する名目で、休日を問わず外出し続けた。当初の目的は学校とも家族とのいざこざとも違う。習一がなくしたという記憶の復元が先立っていた。かれこれ一週間、シドと過ごす日々を送ってきたものの、成果はまだない。

「いつになったらオレの記憶はもどる?」

 シドは脈絡のない質問を受けたにも関わらず、微笑んだ。

「そうですね……もう少しアクティプに動いてよい頃合いかもしれません」

「アクティブぅ?」

「貴方を入院に追いやった張本人に会います」

 習一の背すじがしゃきっと伸びる。いきなりの問いにふさわしいと言えばふさわしい、突拍子ない案には少々肝を冷やした。犯罪者への面会は体験する機会がない。配慮に長けたシドの手配ならば習一に危険はないとはいえ、悪人と正面切って会うことは度胸がいる。

「会うって……刑務所で?」

「場所は違いますが、警官の管理下に置かれた相手ですから怖がらなくていいですよ」

「警官の……んじゃ、留置場か」

「準備ができたら改めて話します。面会の際はシズカさんに同席してもらいましょう」

「あんたは?」

 シドは悲しそうに眉をひそめた。今まで空気のごとき自然体で習一に付き添ってきた者が、罪人との対面においては同行を渋っているようだ。

「私も……同席します。そうです、犯人とは顔を合わせるだけにしましょう」

 言ってシドは習一の分のサンダルや水着入れを差し出した。そして明日使うタオルを取りに脱衣場へ行く。習一は彼の反応の理由が気になり、またしてもイチカに疑念の視線を向けた。イチカは困った顔をして「おいらの口から言えないっす」とだけ答える。

「とにかく、明日は泳いで楽しむっす! 今日の夕飯は元気のつくもんを作るっすよ~」

 イチカは扇風機の風を止め、室内の戸を開けて台所へ行った。習一はタグが外された遊泳の道具はそのままにし、エリーが届けた衣服を一時的な自室へ運んだ。



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