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補習の最終日は赤点保有者の男女が昼休憩の時に去った。それまでに片方が不在の時間もあった。補習最後は習一一人が必要とする科目が集まるよう調整してあるらしい。
休憩時にまたも白壁は来た。彼は今日が教師に会える最後の日だと言って名残惜しがる。
「シド先生にお会いして早三日。武芸の指導を受けずに別れてしまうのが残念です」
「こちらの空手部は強豪なのでしょう。私の教えは必要ありません」
「いいえ! おれは去年の試合で、才穎の生徒に負けました。今年はあいつが出場しなかったけれど、いまのおれがあいつに勝てる自信はないんです。確信を持てるまで、先生のようなツワモノに鍛えてほしいと思ってます!」
「学ぶ意欲のある方への指導を惜しみたくないのですが、いかんせん、私が取り組むことが残っていますので……」
「補習は今日で終わると聞きました。……進級以外の問題も切りこんでいくんですか?」
白壁はおずおずと教師の顔色をうかがって尋ねた。教師は「そうです」と簡単に答える。
「オダギリさんの生活環境を整えないままでは、同じことが繰り返されると思います。もっとも、彼自身に改善の意思がなかった場合は私の空回りになりますが」
教師は弁当箱をつつく習一をちらりと見る。習一は鼻を鳴らし、二人の会話を静聴した。
「それはありがたい! なにせ、担任がことなかれ主義な人で……頼れないんです。親御さんからの電話を受け取った時も愚痴ってたらしいですよ」
「どんな内容の電話だったか、お聞きになりましたか?」
「『なぜ休日にも銀髪のスーツ姿の男が息子を外へ連れていくんだ』という質問だったと。掛尾先生が代わりに答えて、その場はしのげたそうです。その時に『なんで問題児ばっかり』ともらしてたとか」
「『ばっかり』? 他にどの生徒を指しているんでしょうか」
「同じ補習を受けてたカップルです。色恋にふけって勉強しなかったせいで、赤点とりまくったみたいで……」
「その二人は通う高校をまちがえましたね。才穎なら校長がとりなしてくれたでしょう」
教師は真面目な顔をして不可解な言葉を口走った。白壁はなぜか「やっぱり」と言う。
「話にはよく聞いていますけど、カップルには甘い学校なんですか?」
「恋人の疑いがかかっている人も対象です。かく言う私も、任された職務を放置したのを校長は咎めませんでした」
「先生が仕事をすっぽかすなんて、どんな大事があったんです?」
「野暮用です。私の知人の警官が学校に来ていたので……その方に用事がありました」
露木のことだ、と習一は思い立ち、会話に加わる。
「坊主の警官か? そいつがなにをしに才穎に来たんだ」
白壁が「ボウズ?」と坊主頭を想像したのを誰も触れず、教師は目を伏せて神妙にする。
「とても大切な用事でした。私がこうして過ごすのもあの方のおかげです。そうでなかったら、私はこの国を去っていました。その話はのちのちお教えします」
白壁は「七月末で退職の予定だったんですよね」と訳知り顔で言う。教師は間を置いて「そうです」と肯定した。だが退職理由などは述べなかった。
雑談のすえ、午後の補習が始まった。白壁は退室し、習一と銀髪の教師の二人が居残る。午後の補習担当者は習一の印象が薄い、どうでもよい女性教師だった。奇異な風体の習一たちに尻込みする気色があったものの、彼女は滞りなく職務を全うした。習一らが優等生と変わらぬ受講態度をつらぬいたおかげだ。
「プリントをすべて提出してしまいましょう」
教師は習一が職員室へ立ち寄るのを同行する。最後の最後で習一が責務を投げ出さぬよう見張るのだ。これまでの苦行をおじゃんにするバカは普通いないが、突発的な行動を起こす可能性は否定できない。習一自身、出会う人物によっては理にそぐわぬ決断をとるだろうと思っていた。案の定、職員室には提出物を受理する掛尾はおらず、担任が在席する。習一は後方の教師の顔色をうかがった。
「カケオ先生がいらっしゃいませんね。先生の机の上に置いておきますか?」
「なんか締まらねえな」
「では担任のほうに提出しましょう。最終的にはあの方が確認をとって成績を出します。カケオ先生は中継ぎ役ですから、カケオ先生にこだわらなくともよいのです」
「お互いに顔合わせるの、イヤなんだがな」
「わかりました。私が代わりに行きます」
「いいのか? こんな甘ったれたわがままを聞いて」
「なにかの拍子に取っ組みあいになってはいけませんので」
習一の性情をかえりみての代行だ。習一は教師のリアリストぶりに感心しつつ、プリントをおさめたクリアファイルを手放した。異邦人が「失礼します」の挨拶とともに職員室へ入る。習一は廊下で待った。すぐに終わるだろう、と予測したが思いのほか待たされた。




