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教師の案内により、習一は小山田と書かれた表札のある一軒家を訪問した。玄関の靴箱の上に花が飾ってある。オレンジやピンク色などの明るい色調の花びらが印象的だ。
「この花、もしかして……病院でもらった……」
「貴方がエリーにあげた花です。少し数と花弁が減りましたが、まだ咲いています」
「オレがもらってから一週間くらい経ってるぞ。この暑さでよく傷まないな」
「こまめに手入れをすると夏場でも長持ちするそうですよ。切り花を延命する道具もあるといいます」
二人が話していると家の者が一人、廊下に現れた。長い黒髪をポニーテールにまとめた、目つきの鋭い少女だ。習一はその顔立ちに既視感を覚えた。教師が少女に会釈する。
「オヤマダさん、お邪魔します」
「はーい、先生もオダさんも遠慮なく入ってね」
眼孔に似合わず、声音は柔らかい感じがした。年齢的に彼女が教師の教え子なのだろう。女子生徒は教師の手中にあるパッケージを見て笑顔になる。
「先生はなんでもできるんだね」
「実力では取れませんでした。最後にあの子に助太刀をしてもらって得たものです」
「そういうのもできるの? 景品が取れ放題になっちゃうね」
吊り目の女子は教師の異能力を容認する。習一は知らない事情を把握しているのだ。
(こいつから聞き出すのもアリ、か?)
口の堅い教師に代わって情報源となりうる相手だ。習一が彼女の長い黒髪をじっと見つめると不意に黒い粒がにゅるっと出現した。目をこらすと粒はすぐに無くなる。
(なんだ? あの教師が呼んだのと同じやつか?)
聞いても教えてくれそうにない異常について、習一は胸に秘めておいた。
銀髪の男は景品の話を続け、ズルはしたくない、と告げて女子の同意を得る。
「お店が立ちいかなくなったらまずいもんね。こういう頼みごとはもうしない」
この生徒も我欲がとぼしい性分らしい。習一の不良仲間の田淵なら、元手が少なく済むほど転売でぼろ儲けできると言って飛びつきそうな話題なのだが。
(育った環境の差かね)
玄関先に活けた切り花への丁重な扱いといい、この家の人々は習一の身近な人間とは異なる気がした。同時に、彼女らと親しい教師は詐欺師とは程遠い人物だと認めた。
三人はふすまを開けた先の和室に入る。冷房の利いた畳の部屋には長方形の木製のちゃぶ台が据えてあった。ちゃぶ台の周りに並べた座布団に習一と教師は座る。案内主は立ったまま、習一から弁当の入ったトートバッグを受け取った。
「冷たいジュースを飲む? それともお茶?」
「冷えた茶がいい」
了解した女子生徒は教師に飲料の希望を聞かなかった。習一は、彼女が教師の好みの飲み物を事前に承知しているから聞く必要がないのだと見做した。
束ね髪の女子は戸を開けっ放しにした隣りの台所へ行った。ほどなくして氷と茶を注いだガラスのコップを持ってくる。茶は一杯のみ。習一はこの対応がしっくりこない。二人の客のうち、片方のみをもてなす行為は非常識だ。
「この教師の分は?」
習一が他者の処遇を気にかけると女子の目に丸みが帯びた。予想外の言葉だったらしい。
「私の分はいりません。オダギリさん、お気遣いありがとうございます」
「……礼を言うことかよ」
顔に熱を感じた習一は冷茶をがぶがぶ飲んだ。昨日の昼食時のような渇きは感じていない。身体を冷やす目的で摂取した。空のコップをちゃぶ台に置くと女子が回収する。
「体にいいジュースがあるよ。飲んでみてね」
二杯めに赤紫色の液体の入ったコップが現れた。習一が一口飲むと少し酸味がある甘いジュースだった。なにかの果物から抽出した飲料水らしいが、習一は特定できなかった。
客をもてなし終えた女子が座り、机上に置いた忍者の箱を検分する。
「これがフィギュアかぁ。忍者好きな外国人でなくってもいいなーと思うね」
「オヤマダさんの分も必要でしたか」
「そんなことないよ。スペースをムダにとっちゃうし、掃除がめんどくさくなるし」
そう言いつつも小山田は忍者に熱い視線を送った。欲しいことは欲しいのだと見てわかる顔だ。その面構えを最近目にしたような、という習一の思いが口に出た。
「どこかで見た顔なんだよな……」
「テレビで見たんじゃないかな。アイドルの樺島融子と似てるってよく言われる」
「いや……近頃、直接見た覚えがある。あんたの顔そのまんま、じゃない気はする」
習一の疑惑に対して教師が「ノブさんのことですね」と答える。
「三日前にお好み焼屋へ行ったでしょう。あの時の中年の店員がオヤマダさんの父です」
言われて習一は和風の飲食店での出来事を思い出した。教師と親しげだった恰幅のよい中年男性。あの男も鋭い眼孔を有したが、人となりは明朗かつ善人の雰囲気があった。
「ああ、そうか。オレの弁当はあの人の娘が作ってるんだったな」
両者の目鼻立ちは共通する。輪郭には男女の差があり、娘はほっそりしたキツネ顔だ。「顎のあたりは似なくてよかったな」といつもなら腹の中に留める感想がついて出た。父似の女子は不満たらたらに「全部お母さん似がよかった」とむくれる。母似な習一は自分の遺伝が微妙に肯定されたような心持ちになった。
「そうそう、このゲームを一緒にやってみる?」
小山田は人形の箱をつつく。その景品の原典は家庭用ゲームだと教師が紹介していた。
「時間制限は晩ごはんができるまで」
「お前と対戦するのか?」
「いんや、コンピュータ相手。オフラインならボコボコに負けることはないからさ」
家の中で遊ぶテレビゲームは久しぶりだ。父親と隔絶する前は自宅にもあった。素行の良好な友人と共だって熱狂したことも、むなしく脳裏に浮かんだ。テレビとその台に収納した現行機の電源が入る。習一は小山田が手渡すコントローラーを物珍しそうに触った。
「物語を追っていこう。まだ進めてない話が残ってる」
「このゲームを買って、日が浅いのか?」
「けっこう前に貰ったものなんだけど、お店の手伝いがあると時間がね……」
「手伝い? 父親と同じ店か?」
「ううん、オカマオーナーのお店。オダさんはシド先生と食べに行ったんでしょう」
通算、教師とは二箇所の喫茶店を利用した。一つはチェーン店、一つは独自の店構えと経営スタイルの店だった。どちらもオカマという個性的な店員が勤労していた覚えはない。
「食パンやらサラダやらが食べ放題の店か? あそこにオカマなんていたのか」
「背が高くて、胸がバイーンと出たウェイトレスは見なかった?」
「いたけど……あいつが、男?」
妖艶な給仕だった。あの柔弱な身体は男性特有の骨ばった体躯とかけ離れているのだが。
「そう、あの外見でタマ付き」
小山田は習一の混乱をよそに、コントローラーを操作してゲーム画面を切り替えていく。彼女があれやこれやとプレイ上のアドバイスをするものの、助言は習一の耳を通り抜けた。




