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幻姿の庭  作者: 三利さねみ
第四章 遊興と補習
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 午後の補習が終わる。習一は用済みの課題プリントを掛尾に提出して校舎を離れた。多くの生徒は午前中に授業を終えて帰宅したが、校舎には部活動に励む生徒がまだ残る。目立つ銀髪の教師への注目を集める前に立ち去りたかった。習一は正門で教師と合流する。

「夕飯にはまだ時間があります。少し時間をつぶしましょうか」

 教師は習一に行きたい場所の有無を尋ね、習一はつっけんどんに「ない」と答える。すると教師は予想外な行き先を提案した。

「ゲームセンターに行きましょう。欲しい景品があります」

「あんたが? 本当に?」

「正確には他の方がほしがっている物です。以前に挑戦してみて、全く取れなかったと言っていました。オダギリさんはクレーンゲームが得意ですか?」

「いや……あんまりやらない。ほしいと思うもんがなくってな。観戦ばっかりだ」

「そうですか。得意でしたら貴方に代行してもらおうかと思っていましたが」

「あんなもん、店側がゲットしにくくしてるに決まってる。絶対取ろうなんて思うなよ」

「はい、引き際をわきまえます」

 真面目くさった受け答えをする輩がゲームにヒートアップする光景は想像できない。習一は不要な助言を与えたと思った。二人は習一が通い慣れた遊興所にたどり着く。二階建ての施設からもれる音が街路にも伝わっていた。教師は一階にあるプライズコーナーにまっすぐ向かう。その的確な歩行は、ここは彼が初めて訪れた場所ではないことを意味した。

「プレイしたこと、あるのか?」

「こちらの店では一度もありません」

「そのわりには迷いがないな」

「下見は行ないました。景品の形状と取り方の種類を知ると事前の対策が楽になります」

「たかがゲームにも予習かよ」

「女子供に景品を渡さないゲーム相手です。生半可な気持ちで挑めば玉砕必至でしょう」

 つまり教師に泣きついた人物は女性か子どもだ。その無念を晴らすことに彼は静かに躍起になっている。つくづく他人のために生きたがる男なのだと習一は呆れた。

 景品を押しこめたゲーム機には種々様々なグッズが並ぶ。人気のある漫画およびゲームのキャラクターを模した人形やぬいぐるみのほか、市販の菓子を景品仕様にした大型の菓子などが取得対象だ。教師はクレーンを操作する台に手を置いた。そのゲーム機の景品は長方形の箱だ。箱の中身は忍者らしきデザインの人形。手に鉤爪を装備した覆面男である。

「忍者……? なんの作品のやつだ」

「幕末を舞台にしたアクションゲームだそうです。家庭用ゲームなので、ゲームセンターでは遊べないようですね」

 教師は丹念に景品と景品の落下口をいろんな角度から見た。この機種は左手前に大きな穴があり、右側には幅の細くなった穴が設けられ、景品が橋のように穴の上に横倒しで置いてある。プレイヤ―の正面に見える箱の底の幅は右側の穴より大きく、細い穴からは落とせない仕組みだ。二本脚のアームの出入り用に空けた穴らしい。穴と景品の間には小さく切った段ボールが敷かれ、赤字で線と「初期位置」の文字が書いてあった。店が提示する初期位置と現在の景品の位置はずれており、二センチほど左の大穴に近い。

「ここまで運んで、諦めた人がいるのですね。普通にやっても動かせないのでしょう」

 教師は小銭を出して投入する。正攻法ではかなわないと宣言した通り、真っ正直にアームで景品をつかむ方法はとらない。箱の端に落下するアームの先端を押し当てたり、アームをわざと景品の上を通りこして左右に開くアームの動きで押し出したりした。だが目に見えての進展はなく、箱が傾いても元通りの位置に戻るか、アームが箱の重量に負けて逆に押し返されていた。雲行きが怪しくなってきたものの、プレイヤーの表情に変化はない。

 初期投入から景品獲得のチャンスが残り一回になり、彼は深い息を吐いた。

「……今から見たことは、他の人には黙っていてください」

 小声で発した言葉はゲーム機が鳴らす音に半分かき消された。かろうじて聞こえた要求を習一が理解した時、漫然とした意識を正す。教師の最後のプレイは景品を正直につかみに行った。倒れた箱の側面をアームの両端が引っ掛ける。箱が斜めに持ちあがったが力の弱い腕は箱を置いて定位置に戻ろうとする。その時、アームと箱の接触面に黒い影が伸びた。

「え……?」

 習一は初め、猫が忍びこんだのかと思った。黒猫が景品の出入口に侵入してゲーム機の中にいると。しかし違った。機体をどの方向から見ても棒状の黒い物体が穴の下から伸びるのみ。生き物の胴体や頭は発見できない。謎の黒いものは役立たずのアームの代わりに箱を支え、落下口まで動かす。カコン、という落下音が響き、教師は目的物を手にした。

「なんとか取れましたね。汚れないうちに届けに行きましょう」

 異常などなにもなかったかのように教師は場を離れる。習一は本当の景品の取得者について問い詰めたが、教師は決まり文句の「記憶が戻ったあとで話します」でお茶を濁した。

 怪奇現象を目の当たりにして習一は心中穏やかにいられず、教師に詰問を続けるも効果はなかった。ゲームセンターを発ったあと、教師は先ほどの現象をはぐらかすようにゲームに興じた経緯を説明した。教師は忍者の人形を求める人物に会ったことがなく、その人物がほしがるからあげたいと言った依頼主が彼の教え子だという。この教え子こそが習一に食事を用意する一家の娘であり、習一が夕飯に相伴させてもらう家の者だ。

「私は彼女から多大な恩を受けています。少しずつ、恩に報いたいのです」

 教師は作り物の忍者の顔を見つめる。習一は意地悪い指摘を一つ思いついた。

「どんな不正をやってでもか?」

 教師は顔を上げた。その顔は習一を見ないで、前方を見据える。

「たしかに先程、ズルをしました。褒められた行為ではないと思います」

「あんたを責めはしない。店が根性の悪い設定にしなきゃ、やらずに済んだだろうしな」

 教師がいくらか話を聞く姿勢になった、と踏んだ習一は棄却された質問を繰り返した。

「あの時に出てきた黒いやつは何者だ? あとで話すんなら今教えてくれたっていいだろ」

「失くした記憶がもどればわかりますよ。貴方は以前に同じものを見たのですから」

「じゃあ、さっきのやつをもう一度見せてくれ。それで思い出すかもしれん」

「今はできません。別の場所へ移ってしまいました」

「そいつは生き物なのか?」

「ええ、そうです。いずれきちんと教えます。焦らないでください。貴方は他に解決すべき問題を抱えているのですから」

 答える気がないなら思わせぶりなものを見せなければいいのにと習一は心の中でこぼした。教師は遊興に慣れた習一の助力を期待したのだろうが結果的に居なくとも同じだった。



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