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幻姿の庭  作者: 三利さねみ
第三章 交流
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6

「ひざに乗せます。じっとしていてください」

 茶や白などの毛玉が放たれた区画があり、その場を取りかこむベンチに習一が座っていた。習一の太ももへ、教師が捕まえた獣が乗る。動物に慣れていない習一はおっかなびっくりで、自身の体へ着陸する獣を見つめた。短い四肢を人の足に乗せた獣は三毛猫と似た毛皮を持つ。白と茶と黒で彩られた獣の顔は間が抜けていた。その平和ボケした面構えにたがわぬ大人しさで、太ももの上にじっと居座る。この獣の種類はモルモットという。

「なでてみてください。このように」

 教師の色黒な手が毛皮に触れる。後頭部から背中まで、数回に渡って一方通行を繰り返した。何百何千という来園客をもてなしたであろう獣は泰然自若の面持ちでいる。

(このデブネズミの方が度胸があるってのか?)

 習一は小動物に臆する自分を腹立たしく思い、獣の丸い背をわしわしと手のひらでこすった。荒いなで方をされても獣は離れない。この程度の摩擦は経験済みらしい。

「大人しい子ですね。では、私も一匹預かってきます」

 教師は再び、小さな獣たちが待機する囲いの中へ両手を入れた。次に捕まえた獣の毛はクリーム色だ。胴体を褐色の手に抱かれた毛玉は鼻をひくつかせ、習一の目の前へやってくる。教師は習一の隣に座り、その膝に単色の獣を置いた。片手で獣の尻をそっとおさえつつ、まんべんなく毛皮を触る。そうするうちにクリームの獣は前足を捕獲者の腹へ押しつけて立った。教師は両手で獣の脇を持つ。獣の尻を片腕の肘の内側に乗せ、胸の前に抱いた。空いた片方の手でその頭をなでる。獣を愛でる教師の表情はほころび、慈愛に満ちていた。習一相手には見せなかった顔だ。よほどの動物好きなのだろう。

「動物をさわってて、楽しいか?」

 習一は適当に三毛のモルモットの毛皮をいじりながら質問する。教師が「はい」と視線を獣に注いだまま答えた。習一はふん、と鼻をならす。

「こんなすっとぼけた顔した連中の、なにがいいんだ?」

「顔はどんなのでもかまいません。柔らかい毛と体、愛らしい仕草にまっすぐな心根を持った子はみな、かわいいものです」

「ふーん、じゃ、オレみてえなヒネクレ者は嫌いなわけだ」

「人と動物は違いますよ」

 教師が真剣な表情で言った。彼は獣を自身の太ももに下ろし、習一を見る。

「愛玩動物は愛らしさ一つで一生をまっとうできる者が数多くいます。それが彼らの役目です。人はそういきません。生きる術と知恵を身に着ける必要がありますし、その手伝いをするのが私の役目です。生徒を選り好みして指導にあたることはできません」

 謹厳な回答だ。習一は獣の柔軟な肢体を指圧のごとく押しつつ、口をゆがめる。

「聞こえのいいこと言ったって、やっぱり素直なやつは扱いやすいし聞き分けのないやつはメンドクセーだろ?」

「職務上の苦楽はあまり考えたことがありません」

「きれいごとはいらない。聖人面してても嫌いなやつはいるだろ、と言ってるんだ」

「いることはいますが、オダギリさんはその範疇にありませんよ」

 難敵の認識がないことに習一は期待外れのような、胸がすいたような気持ちになった。

「貴方は自分を性根の曲がった問題児だと思っているようですね」

「思うもなにも、周りはみんなそう扱ってるだろ」

「私も『みんな』のうちに含まれていますか?」

 習一は黙った。この男の胸中は知れないが習一を疎んじる素振りは一度もなかった。家族や学校の連中とは違うのだ。習一は一言「わかんねえ」とつぶやく。教師が微笑する。

「それは、貴方が私を敵だと思っていない、ということでしょうか?」

「……いまのとこ、な。それで、いつまでこいつを触っていればいいんだ?」

 習一は三毛の毛並みをわざと逆立ててなでた。小動物を嫌う理由はないものの、モルモット目当てに集まる人だかりができつつある現状に不快を覚えていた。子ども連れの親がこぞって囲いに群がり、獣の捕獲に熱中する。他人の捕獲風景を見るに、逃走を図る獣に難儀する人がいる。人々が獣に夢中になるのはまだいい。狙い通りに獣を得た者が習一たちと同じベンチに座り、その関心が次第に隣席の習一と連れの教師に向かうことが嫌だった。親子や兄弟には決して見えぬ二人を、どう勘ぐられるものかと習一は気が気でなかった。

「わかりました。次はまだ見ていない動物を見に行きましょう」

 教師は習一が気分を悪くしていることを察知したようで、クリーム色の獣を胸に抱いて席を立つ。その背中には斜めにかけるショルダーバッグがある。バイクの走行中は後部座席にいる習一の邪魔にならぬよう、バイクの荷物入れに収納していた。

 獣の返却をする前に、教師はモルモットの居住区にへばりつく女性と小さい女の子に声をかける。逃げる獣を捕まえられずにいる親子に、手中にあるモルモットを渡そうというのだ。親子がベンチに座ると教師は娘の膝に獣を乗せる。習一にしたのと同じ行為だ。娘はよろこんで獣の背中をなで回し、母親は教師に謝辞を述べた。もどってきた教師は習一に手をさしのべて「その子を返してきましょうか」と聞く。

「それぐらい、自分でやる」

 万事を他人任せにするのは鈍くさいやつのすることだ、と習一は考え、獣のもちもちした胴を両手で抱えた。三毛を囲いの中へ放つ。拘束が解かれた獣は藁のじゅうたんに頭を突っこみ、ひとときの自由を満喫する。習一は教師が水場に行くのを追いかけた。

 動物に触れる前と後はかならず手を洗うように、との注意書きにそって、二人は液体せっけんを泡立てる。手がまんべんなく白い泡にまみれたあと、水で泡と汚れを流した。習一はぬれた手を適当に服でぬぐうが、教師は持参のハンカチで拭く。彼は水気をふき取った指に白い宝石のついた指輪をはめた。それは平素より彼が身に着ける装飾品であり、一度めの手洗いの際に外していた。触れた動物にケガをさせてはいけないから、という気遣いゆえにポケットに隠したものだ。

(動物にもバカ丁寧なんだな)

 男らしくない細かい配慮だと思う反面、そんな男に養われる家族やペットは幸福な生き方ができるのだろうとひそかに感じた。



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