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幻姿の庭  作者: 三利さねみ
第三章 交流
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3

 習一は平凡な喫茶店での朝食をすっきりたいらげた。食事中、教師に聞きそびれていたことが何度も頭によぎる。この店が先日、田淵と会った店だったせいだ。給仕が空の皿を下げたあとで銀髪の教師に尋ねる。

「なぁあんた、背がデカくて銀髪で色黒な男を知ってるか?」

 教師はブックカバーをかけた本を閉じる。彼はやはり飲食をとる気配がなかった。

「その男とは私以外の人物ですね?」

「そうだ。オレの仲間は銀髪とは言ってなくて、帽子を被ったオバケ男だと言ってたが」

「オバケですか。ユニークな表現をするお友達ですね」

 教師は微笑んだ。幽霊じみた存在を疑う様子はない。

「その男、あんたの仲間か?」

「ええ、そうです。私と同じ志を持つ同胞ですよ。帽子を被るオバケが銀髪だという情報は誰が提供したのですか?」

「誰も言っちゃいない。光葉というヤクザっぽい男が捜してたヤツかと思ったんだ。あんたの仲間、ヤクザ連中には有名なのか?」

「名が知れているかどうかわかりません。ただ、接触はありました。私ともども恩ある方がおりまして、その方を護衛した時に」

「それが無敗のバケモノ、と言われる由来か」

「そんな呼び名が付いていましたか。初めて耳にしました」

 全くの他人事のように教師が淡く驚いた。習一は質問を続ける。

「光葉は男みたいに背が高い銀髪の女のことも聞いてきた。それもあんたの仲間か?」

 教師は目を丸くした。銀髪の女の存在が知れ渡る状況は想定外だったらしい。

「そう、ですか。見ている人はいるものですね」

「知ってるんだな?」

「はい。その女も……私の仲間です」

「けっこう大所帯なんだな。そんなに銀髪な連中がいたら目立つと思うんだが」

「だから帽子を被るのですよ。私は仕事上、帽子を着用できないので諦めています」

「エリーはなにも被ってなかったが、あいつはいいのか?」

「今はいいのです。なるべく人目に付かないようにしていますから」

「オレと半日一緒にいたことがあっても、か?」

「はい。目立っていなかったでしょう?」

 習一はわだかまりが解けない事実だ。この喫茶店で出会った田淵は、少女が同席しないも同然の態度を通した。この現象を不審に思った習一の質問には「気配を消してるから」と少女は簡単に答えた。習一以外の人間が見ても気付かぬ特殊能力でもあるというのか。

「納得がいかないようですね。いずれわかります」

「いずれ、か。まあどうでもいい。ヤクザもどきな男には会ってないか?」

「どんな人物か、特徴を教えてもらえますか」

「背はあんたより高くてゴツい感じで、日焼けした金髪野郎だ。白スーツを着てたな」

「会っていませんね。真夏に人捜しは重労働でしょうし、諦めてくれればよいのですが」

「それもそうだな。カンカン照りの時に外を歩きたくねえ」

 光葉は人捜しに飽いて己がネグラへ戻ったのだろう。そう見做して習一は今日の課題をテーブルに並べた。残り少ないので参考とする教科書の数も少ない。昨日は教科書なしだったために解かなかった問題も、今日は参考資料が手元にある。早速取りかかった。

 教師は習一が目的を果たす作業に入ったのを確認し、彼もノートと筆記具を机に置いた。何を書き留めるのかと習一は興味がわき、じっとノートを見た。教師が視線に気付く。

「これは私の日記です。近頃は立てこんでいたので手つかずでした」

「人前で日記書くのは恥ずかしくないか?」

「その日の出来事と自分の考えを記すだけです。他人に見られて恥だとは思いません」

「ふーん。じゃあオレが見ても怒らないんだな?」

「ええ、読みたければどうぞ。見ますか?」

「やめとく。あんたのことはどーでもいいからな」

「そうですね。貴方が必要とする情報は少ないでしょうし、それが賢明です」

 習一は引き続きプリントの設問を解く。教師はまだ手を動かさないでいる。

「そのままの状態で聞いてください。今後の予定を伝えておきます。今日の昼前に、貴方が目覚めた時に会った警官がここへ来ます。目的は簡単な状況確認です」

 本日、警官が来訪する。彼と習一が会ってから今日で一週間が過ぎた。様子観察をするには遅くも早くもない頃合いだ。

「同時に彼の交通手段をお借りして、明日は遠出しようと思っています」

「どこに行く気なんだ?」

 習一は顔をうつむいたまま問う。教師の指示通り、課題の片手間の会話姿勢を保った。

「動物園です。明日の天気は曇り、気温が低めらしいので、万全の体調でない貴方でも園内を見学できると思います」

 習一は動物園にはあまり縁がない。幼稚園や小学校に通った時に遠足で訪れたきり、私的に見物したことはなかった。遊びには飽きた習一でも真新しい発見と体験ができそうな場所だ。

「朝食と昼食は知り合いにつくってもらいます。食事の心配はいりません」

「そんなところに行く理由はなんだ? 補習には全然関係ないだろ」

「気晴らしです。ずっと机に向かい続けていては心身ともに良くありません。あとに三日間の補習が控えていますから、今のうちに休んでおくと良いかと」

「休むのに動物園? どういう理屈だ」

「動物を見ていると和みませんか?」

 変なことを言い出すやつだ、と思って習一は顔を上げた。しかし教師は真顔でいる。本気でそう思っているらしい。

「さあ……あんまり意識して見たことがなくて、わからない」

「動物が嫌いでないのならよろしいです。夕方は大衆浴場で休もうと考えています。着替えは一式購入しましょう。これが明日の計画です。貴方の希望があれば変更しますが」

「いや……やりたいことはない」

「では明日は動物園ですね。どんな子がいるのか楽しみです」

 落ち着いた大人には似合わぬ無邪気な感想だ。教師は喜色に満ちている。

「もしかして、動物好きか?」

「そうです。もっぱら犬猫のような毛むくじゃらな動物が愛らしいと感じますけど、そうではない象などの動物も興味深いと思います」

「へー、意外だな。趣味のない仕事人間かと思ってたぜ」

「動物への関心は……個人的な感情ですね。それは趣味だと言えるのかもしれません」

 教師は開いたノートに何かを書いた。習一との会話の中で記録したい事柄が出たようだ。習一も顔を伏せて解答を続けた。



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