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阿修羅のような形相でこちらを睨み付ける受付嬢からの殺意に心臓がきゅっとなったり、ギルド内にいる冒険者から向けられる視線でこれまたきゅっとなったりしつつもなんとか依頼を受け、宿をとった私たち。
「このベルトゼの街に住んでいる子供たちが次々と行方不明になってる……ってのは明らかにおかしいよね」
「何人かがぱらぱらと、なら分かりますが一度に十何人もとなると何やらキナ臭いですよね……」
入り口側のベッドに顔から飛び込んだまま動かないイクスさん。かなり気に入った様子だったのでそんなに柔らかいのだろうかと気になって窓側のベッドに座りながらポフポフと弾んでみれば、少しの間があってイクスさんのいる方から笑い声がした。
「ふふ、ごめんね。なんか子供っぽいなぁって思って。可愛い」
……恥ずかしさのあまりに死にそうである。いやだって、さっきまで枕に顔を埋めていたのにまさかこちらを向いてるとは思わないし。
「そ、それよりも依頼内容の整理をしましょうよ」
そうだね、とイクスさんは笑みを引っ込めてベッドから起き上がり、胡座をかいた。話題の修正に成功して何より。
「さっきも言ったようにここ最近、この街の子供たちが行方不明になったって情報が増えている。しかもその子供たちの関連性はあまりない……強いていうなら内向的な子供が割合としては僅かに多いってところ」
「外を走り回るような子供だと活発でやんちゃですし、誘拐しようとすると手間がかかりそうですよね」
その点、人形遊びだとか本を読むのが好きな子たちなら拐いやすいのではないだろうか。
「…………」
何やらしばらく考え込んでいた様子のイクスさんはというと、徐に顔を上げて。
「聞き込み、してみる?」
と、真剣な面持ちでそう言ってみせるのだった。
―――――
そして、翌朝。私は一人、街の中心に聳え立つ図書館を目指して歩いていた。
ここ一ヶ月もの間一緒に過ごして分かったことがある。
イクスさんは時々ふらっといなくなることがあるのだ。戻ってきたかと思えばラビットを捕まえていたり、細長い木の棒に何匹か魚を突き刺した状態で戻ってくる。
大抵は何かしらの食料を持ち帰って来るのだけれど稀に、本当に稀なケースではあるのだけれど僅かに手だけ濡らして帰ってくることがある。衣服に乱れはなく、表情にも変わった様子は見られず、けれどもどこか荒々しさを感じる雰囲気を纏って。
……今しがた、「少し行きたいところがあるから先に図書館に行っていてくれないかな?」と言い残して路地裏へと入っていったイクスさんは、いつかの彼女を連想させた。
とはいえ私が引き留めたって、意味がないのではないだろうか。そんな風に思いながら見送り、道に迷いながらも一人で図書館にやって来た私だったのだけれど。
(そういえば、何を調べるために図書館に行こうって言ったんだろう)
一番重要なところ聞きそびれた! と一人図書館の中で頭を抱える私。周りに人がいないからまだいいけれど、もしこれで誰かが見ていたら間違いなく変人扱いされてしまう、そう思った瞬間真横から声が。
「あの、何かお困りですか?」
「……む」
人いるし。全然気配に気付かなかったし。恥ずかしいやら何やらで振り返りたくないのだけれど、問いかけられた以上答えない訳にはいかないだろう、と思って振り返ると。
「あっ……」
私と同じくらいの身長にイクスさんの髪よりも若干淡い金髪。そして――血の色のような赤い瞳。その目に一瞬だけ誰かの面影を重ねたような既視感を覚えて頭がぐるりとかき混ぜられたかのように熱くなる。
……けれども見たことあるように感じるのは当たり前なのだ、だって私に話しかけてきた人は少し前に会った人なのだから。理解した瞬間に阿修羅のような形相を思い出してつい呻いてしまった。
「うわっ」
彼女はというと困ったように眉を寄せてからパッと笑みを浮かべて見せた。ついで犬耳がひょこっと動く。ああ、うん、遠くから見ていれば犬耳がキュートな受付嬢だなぁって思えるんですけどね。
「昨日ギルドにいらした人ですね」
「えっ、ええ……」
よく覚えてるな、とは言えなかった。別に私はイクスさんの恋人ではないのだけれど、彼女はイクスさんのことを気に入っていたようだし、その辺のドロドロとした感情で私のことをロックオン……もとい覚えていたのかも。
「それで、何かお探しなんでしょう?」
薄手のカーテンがひかれた、まだ誰もいない室内に明るい女性の声が響く。射し込んだ朝日を受けて女性の瞳が微かに細められるものの、特に私への害意は感じられない。
「ええっと、探し物というか依頼達成の手がかりを得たいというか……」
とはいえ昨日のあの顔が忘れられない私はごにょごにょと口の中で呟いてしまう。けれども女性の方はいっそ恐ろしいくらいに敵意なんて欠片もなさそうな笑みを浮かべていた。
……何となく、少しだけ落ち着いた気がする。
「昨日、あれから誘拐の可能性があるかもって話し合って。人の目が少なくてある程度の人数を収容できそうな建物となるとそうそうないでしょう」
そう言えば彼女は顎に右手を当てて何やら考え始めたようで、やがて納得したのか一つ頷いてみせた。
「ええ、そうですね。……この街の見取り図が纏められた棚があります。着いてきてください」
彼女はそう言って、図書館の奥の方へと歩き出した。……あの、そっちの方結構薄暗いんですけど、物陰でヤキ入れるつもりとかないですよね? ねぇ?