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銀色の髪の流れ者が金色の冒険者と村を発ってから数日後。二人が抜けていった東側の門とは反対の西……帝国のある方角からとある女が現れた。
「……懐かしいなぁ」
王国の市民が着ているような質素な麻の服を身に纏いながらも、その足運びに迷いはない。ある程度の熟練者が見れば訝るようなちぐはぐさを持つその女の名は、ミーア・クリストフ。
見た目は穏やかに見えるが、過保護な主から護衛をつけられたのが嫌で途中で撒いてしまうようなとんでもない人間である。とはいえ、それにはきちんと理由があった。
「十何年ぶりの帰郷だもの、護衛なんていたら村の皆がびっくりしちゃうよね。……姫様、怒ってないといいけど」
幼い頃、この村を離れ……否、この村から連れ去られたのが五歳。それからもうかなりの月日が経ってしまった。
父と母は息災か、それだけが気掛かりで、身辺が落ち着いてから様子を見に行きたいと考えている内に忙しくなってしまい、今に至る。
「……さぁ、行こうか」
ミーア・クリストフ。軍事国家である帝国の王女を守るその姿から『狂い姫の忠実な盾』という名で知られている彼女は燃え盛る炎のような赤い髪を揺らして、タルーダの森を抜けていくのだった。
―――――
『私は昔の君を知っているんだ。……私は以前の君に戻ってほしいと思っている』
ゴブリンに襲われた日の晩、イクスさんにそう言われてからもう六日が経つ。泣きじゃくるリーアを何とか説得して、時々帰ってくるからと約束をして。そうして私とイクスさんの旅は始まった。
(結局干し肉は村の人に貰っちゃったんだけど)
辺り一面、草が青々と茂る草原へと辿り着いた。あの村を発ってもう四日が経つのだと思うとなんだか少し悲しくなる。けれど、これは私を取り戻す旅なのだ、立ち止まる訳にはいかないだろう。
「うん……?」
ざぁっと風にふかれて、草が揺れた。それだけのことなのに何かに呼ばれたような気がして、思わず村のある方を見つめて。
「どうしたの、フェン」
「いえ、別に何も」
気のせいかな、と思って前を向き直すと前方を歩いていたイクスさんは何でかは分からないけど後ろ歩きで進んでいる。
しかも所々突き出ている石を器用に避け……てない、今躓きましたよね、私きちんと見ましたからね。こてんって可愛く首を傾げてもしっかり目撃しましたからね。
「えへへ、恥ずかしいところ見られちゃった。ところで大丈夫? 疲れてない?」
「それが、全く疲れてなくて。イクスさんさえ良ければ日が暮れる前に次の村に着けるように急ぎませんか」
もう三日は野宿をしているのだ、冒険者ならばたかが三日なのかもしれないけど私はつい先日まで村娘だったのでベッドが恋しい。イクスさんも賛成してくれたので少しペースを上げることに。
「そういえば、昔の私の目的って何だったんですか」
くるりとこちらに背を向けて歩き出したイクスさんは一瞬だけ空を見上げてから口を開いた。
「……親友がいるんだって言ってた。怖いところから一緒に逃げ出して、けれども一人置いてきてしまった親友が。その子にまた会いたいんだってさ」
――親友。昔の私にはそれほどまでに想っている人がいたのか。そのことを思い出せないのが歯痒くて仕方ない。きっと昔の私はその人を見捨てて自分だけが逃げたことを悔やんでいたのだろう。
「その人は、生きているんですか?」
「わからない。でも、見たら絶対にわかるって言ってたよ。炎のような、鮮やかな命の色をしているからって」
「へぇ……」
ちょっとよくわからないですね。とりあえず赤いのだろうか。
「まぁ、気長に行こうか。美味しいもの食べて、綺麗なもの見てたらきっと楽しいよ」
「ふふ、そうですね」
――かくして、最終的に村長さんから譲り受けた銅の短剣と村の皆がくれた食料に幾らかの金銭を抱え、イクスさんと私の旅が始まるのだった。
次章『風吹く丘、歌う花』。
近日公開予定です。