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夢を見た。
「……急がないと、見失ってしまう」
夢の中の私は自身の腕ほどの長さの剣を振るい、敵を斬りつけているようだった。一振りする度に刃に赤色が付着していく。けれども私はそんなことを気にしている余裕もなく、違う赤色を追い求めて戦場をひた走る。
「邪魔だ、邪魔、お願いだから退いて……!」
今さっき、数多くの敵味方が入り乱れるこの場所の奥に、探し求めていた赤色がいたのだ。身長は伸びていて、帝国軍の人間であることを意味する黒色の軍服を身に付けていたけれど、あれは確かに……彼女だった。
「……くそっ!」
右から左から、雪崩のように押し寄せる敵はどうあっても私を彼女に近付けたくはないようで。いっそ空が飛べればいいのにと願ってしまうくらいに今の私と彼女の距離は遠い。
……大空を駆る相棒は今この場にはいない。それがとても残念で、悔しかった。相棒さえいれば、敵兵などあっという間に薙ぎ払って彼女に追い付けるのに。
「覚悟っ!」
「邪魔、だ」
一人を斬り伏せても三人が襲いかかってくる。足を斬り、胴を薙いでも効果は薄い。……敵を斬る度に彼女の背中は遠ざかっていった。
遠くからカンカンという音と、仲間たちの吠えるような喚声が聞こえてきた。けれど本当にそんなものどうでもいい、今は、今だけは……!
――カンカンカンッ。
「あーさーだーぞー!」
「はぇ?」
いつの間にか眠っていたらしい。自室のベッドにしっかりと横になっていた。……全然記憶にないのだけれど。
「あっ、起きた!」
寝ぼけ眼で辺りを見渡せば、鍋とお玉を装備したイクスさんがいる。どうやらそれを打ち鳴らしていたようだけど、美人なのに残念すぎやしませんかね……。
「何か変な夢でも見たの?」
「夢、ですか?」
お玉とお鍋をキッチンに戻してから私の部屋へと戻ってきたイクスさんはそんな問いを投げ掛けてきた。
「夢は、みたようなみてないような……」
なんでだかあまり覚えてない。とはいえ、夢とはそういうモノだろう。あまり深くは気にならなかった。
「フフ、そうなの? それにしても、『ラビットかわいい、肉団子にして……もふもふ』って寝言を言っていたのは誰だろうね」
「肉団子にしてもふもふ!?」
そんな猟奇的な夢みてたっけ……?
「嘘だけど」
掛布をはね除ける勢いで飛び起きれば、イクスさんはカラカラと笑って見せた。
「何はともあれ、起きてくれて良かった。何だかんだ言って疲れてたんだろうね、やっぱり今日はゆっくりしてようか」
「いいえ、出掛けましょう」
私としては平気だと思っていたのだけどやはりゴブリンに初めて遭遇したことで精神的に疲れてしまったのだろう。イクスさんは優しいから明日でも良いと言ってくれるけど、元はと言えば私が提案したことなのだ。
「焚き付けちゃったのは謝るからさぁ」
ボサボサの頭をブラシで梳かしていると、イクスさんがへにょりと眉尻を下げているのが見えた。いや、別に焚き付けられた訳ではないと思うんですけど。
「でも、旅に出るなら干し肉とか作っておかなくちゃいけないじゃないですか。備えあれば憂いなしって言いますし」
それはよくわかんないけど……と呟くイクスさんは昨晩、私に衝撃的な発言をしたのだ。
「とにかく身体は大事にしてよね……一人だけの命じゃないんだから」
いや、こんな身重の奥さんを気遣う旦那さんみたいな台詞ではなくてね。