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ゴブリンの襲撃を警戒しつつ無事に村に辿り着いた私たちは、村の入り口をくぐり抜けた。と同時に真横から何かが私めがけて飛び込んでくる。
「わっ」
勢いの割にぽす、と軽い音をさせてそれは私の腰の辺りに抱き着いた。
「フェンッ!?」
私のやや後ろを歩いていたイクスさんはその存在に気付くのが遅れたようで、焦ったような叫び声をあげる。けど、別に敵ではないので安心してほしい。
「おねえちゃん、どこ行ってたの!」
「ちょっと森に行ってたんだよ。ごめんねリーア、言っておけば良かったかな」
そう、私に抱き着いてきたのはやや淡い赤色の髪がよく似合う少女。母親である村長さんの髪はやや橙色寄りで、それはリーアの毛先に受け継がれている。先端へと向かうにつれて変わっていく髪色は素敵であるとしか言いようがない。
ちなみに、流行り病で亡くなったという旦那さんは燃えるような赤色の髪だったらしく、その赤一色の髪はリーアの……もう十何年も前に帝国軍に連れ去られてしまったリーアの姉に受け継がれたそうだ。
その頃から帝国は悪い噂ばかりであったという。だから村人はもう生きてはいないだろうと考えているが、村長さんもリーアも生きていると信じているらしい。
「おねえちゃんがいなくて私、びっくりしちゃったんだからね」
そう言ってリーアはぐりぐりと頭を押し付ける。怒ってるのか悲しんでいるのかわからないけどしばらくはそっとしておいてあげよう。そう思いながら横を向けば、いつの間にかイクスさんが真横にいた。
「なんだか姉妹みたいだね」
そう言って彼女は、眩しそうにこちらを見つめる。
「私のじまんのおねえちゃんだよ!」
「こらこら、本当のお姉さんは他にいるんでしょ?」
「そうだけど、でもフェンおねえちゃんは別なの」
そろそろ良いだろうか。そっとリーアから身を離せば、彼女も満足したようで何も言わずに脇へと退いた。手をぶんぶんと振り回しながらこちらに背を向けた様子からして、また仕事を抜け出してきたのだろう。そろそろ村長さんも怒っていいと思う。
「じゃあね、おねえちゃんとおにいさん!」
「お、おにい……や、いいんだけどさぁ」
「格好いいってことですよ、きっと」
リーアにも性別を間違われたからか若干落ち込んでいるイクスさんを連れて、自宅へと戻る。椅子に座ってひと心地着いたからか、イクスさんの気分は落ち着いたようだった。
「そういえば、イクスさんはしばらく村に滞在するんですか?」
今日は皆何かしらの仕事をしている。男性は遠くの森へ狩りに向かい、女性は畑で野菜を育てたり行商人から糸や布を購入して服を作り出す。基本的に村人はこの繰り返しだ。
私はというと流れ者だから多少特殊で、狩りにも行くし畑仕事を手伝ったりもする。ただ、私が普通に歩いていると獣たちが寄り付かないので、気楽な一人で狩りに向かうことになるのだが。
「ん、出来れば何日かいたいなぁって。……フェンさえ良ければ、だけれど」
後半は少し申し訳なさそうに呟くイクスさんに思わず笑ってしまった。一昨日の夕方は自分から泊めてほしいと言ってきたのに。
「私は大歓迎ですよ。イクスさんとはなんだか気が合うなぁって思ってたので」
まるで旧友に会ったかのような感覚とでも言うのだろうか。優しくて温かな感情が胸の内に流れ込んで、ホッとする。まだよそよそしさはあるけれど、もう少し長く一緒にいることが出来れば親友になれるのではという確信がある。
「……本当? それは嬉しいな」
黄金色の瞳を輝かせて笑うイクスさんは本当に美人だなぁ、と思ってしまう。
「そうだ。駄賃代わりにというわけではないんですけど、イクスさんの旅での思い出とか話してくださいませんか?」
「ん、いいよ。食事とかお世話になってるからそれくらいは。そうだねぇ、何から話そうか……」
その日の晩は、食事をしながらイクスさんが出会った人や綺麗な街並みの話を聞き、見たことのない風景に思いを馳せるのだった――。