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彼女の旅路  作者: 寝歩き
銀色と金色の邂逅
4/30

4

イクスさんの目的であったキノコを無事に手に入れることの出来た私たちは、森の出入り口を目指して歩いていた。……イクスさんは時折出てしまう笑い声を抑えつつ、一方の私はしかめ面で。


「……久しぶりにすごい笑っちゃった」


あのあと、転げ回るまではいかなかったもののイクスさんはしばらくの間笑い続けていた。


私がウルフに逃げられたのを見ていた時にはフフ、と口角を上げる程度だったのに肩を落とす私を見ている内に何かを思い出したかのように吹き出したのだ。


「そんなに笑わなくたっていいじゃないですか」


余程私は恨めしそうな顔をしていたのだろう、イクスさんは笑いを引っ込めてみせた。……よく見ると口の端がピクピクしてるけれど。


「ごめんごめん、怒らないで。ちょっと昔を思い出しちゃってさぁ」


「別に怒ってないですけど……」


怒っているというより拗ねている、というのが正しいと思う。イクスさんと話しているとほんの少し自分が幼くなったような、等身大の自分で接しているようでつい気が緩むのだ。


……記憶を無くす前の私ってどんな人間だったのだろう。そんな、ほんの数日前までは気にもしなかったようなことが気になって仕方ない。


「美味しそうな木の実あげるから、機嫌直してよ」


「木の実で喜ぶって、リスじゃないんですから……」


とはいえ、そんなものでも貰えるのは嬉しかった。何故か不思議そうに首を傾げているイクスさんから木の実を受け取ろうとして――慌てて手を離す。驚愕するイクスさんの手元から、木の実が転げ落ちた。


「これバタバの実じゃないですか!」


茶色い殻に包まれたバタバはしっとりとした実こそ美味しいものの殻には微量ながら毒素が含まれている、人によっては触ったら危険だ。


「えっ、これそんなに危ないやつなの? さっきから色んなところになってるけど」


「いえ、触れたらかぶれて、食べたら痺れる程度ですが……体質によっては危険だそうですよ」


困惑するイクスさんの手をとって見ると、特にかぶれているだとか変色しているだとか、そういった異常は見られなかった。寧ろ両手は細くてしっかりとしているし、何より色白。ちょっと羨ましいかもしれない。


「うっわー、全然知らないで食べちゃってたなぁ……バリバリと」


何をバリバリと食べていたのかは怖いので聞けなかった。内心の動揺を隠すようにイクスさんの手に意識を向ければ、彼女はくすぐったそうに笑って見せる。白魚の手、というやつだろうか。滑らかで綺麗とは何とも羨ましい。


「えへへ、なんだかくすぐったいよ」


指に触れて気付いたけれど、見た目のたおやかさとは対照的にその皮は厚い。紙で手を切るとか無いんじゃないだろうかというくらいだ。


かくいう私も両手の皮はわりと厚いというか硬い。針子なんかはわりと硬いと言うし、もしかしたら幼少の頃から針仕事をしていたのかも、なんて。


「あ、あの……」


しばらくの間、彼女と手を繋いで歩いているとイクスさんの頬が赤くなってきた。まるで木苺のようだ。


「えっと、ふぇ、フェン? そろそろやめない? ほら、入り口まであとちょっとのところなんだしさ」


……おっと、つい夢中になってしまった。途中から照れているイクスさんが可愛らしく思えてきてその反応を楽しんでいたところはあったのだけれど。


「失礼しました」


ぱっと手を離せば、イクスさんは眉尻を下げて何処か悲しげな顔をしている。実は結構気に入ってたりしたのだろうか。端から見たらいい年した女性二人が手を繋いで歩いてる感じなので恥ずかしい感じがするのだけれど。


「ううん、別に嫌な訳じゃないし、もっと――」


……ガサリ。


森の入り口の象徴たる二つの巨木、その片方の木の近くにある茂みが揺れる。なんとなく嫌な気配がしたからか右手は自然と腰のショートソードに添えられていた。


「フェン、離れないようにね」


茂みが揺れた瞬間に私の左手を離していたイクスさんはというと私を庇うように一歩前に立っていた。短剣こそ抜いていないものの、そこにいるだけで感じる重圧感。……私は達人ではないけれど、彼女は強いのだろうということは分かる。


「この気配、多分敵だ」


そうイクスさんが呟いた瞬間、茂みから小柄な影が飛び出して来た。もしかして村の子供なのではと淡い期待を抱いたものの、直後に打ち砕かれる。


「こんなところにいるはずがないんだけれど」


「ギ、ギィ」


まず、子供はこんな耳障りな声を出さない。ふざけている時でさえどこか愛嬌があるものだ。


「ギャギッ」


それに、敵意を剥き出しにしてこちらを睨み付けたりもしない。ましてや緑色の皮膚であるはずがないのだ。……これは恐らく、ゴブリン。


「知性のないモンスターは大嫌い。牙を交えずにいればお互いに幸せでいられるのにね」


わらわらと現れた三体のゴブリンが、各々の武器を振り回して襲い掛かってきた。型はなく、コンビネーションだって怪しい特攻だけれど、バラバラのタイミングで襲いかかってくるというのは中々恐ろしいものだ。


けれど、彼らが襲い掛かると同時にイクスさんも動いた。ただ一歩前に進んだだけでもゴブリンたちのタイミングをずらしたようで、タイミングを狂わされた一匹目が降り下ろしたこん棒はイクスさんに当たることなく斜め左の地面へと叩きつけられる。


「――はッ!」


地面を思いきり叩いた衝撃だろうか、ゴブリンはこん棒を取り落とした。その隙を突いて、前面へ蹴り飛ばすイクスさん。蹴られたゴブリンはその後方から駆け寄ってきたもう一匹を巻き込んで樹木へと激突した。


「全く……折角の時間が台無しだよ」


ぱん、ぱんと手をはたいてイクスさんはため息を吐いた。そして、辺りを見渡して一言。


「もう一匹は逃げたのかな」


「……恐らくは」


一応警戒しながら帰ろうと続けたイクスさんに首肯して、村へと向かう。立ち去る直前、樹木の根元に目を向ければ二匹のゴブリンが折り重なるようにして倒れているのが見えた。血は出ていない、気絶しているだけだろう。


……それにしても、さっきの襲撃には驚いた。意外にも冷静に観察できていたのだけれど、それでも一人で対峙していたら厄介なことになっていただろう。イクスさんに感謝しなくては。


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