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村長さんにもらった短めの剣を鞘から出す。銅でつくられているそれは切れ味が鈍く、斬るよりも叩き伏せるのに向いているように見えた。もらっておいてなんだけれど、装飾も簡素だし初心者向なのだろう。
「うーん……」
本当に護身用なんだなぁ、と思いながら体の左側に剣を吊るせばそれらしくは見えるようになった。でもなんだか違和感がある。
基本的に包丁以外の刃物は持ったことがないのでいざというときに振るえるのか、そこが心配だ。
「にしても、なんでキノコなんか集めてるんだろうなぁ。人間って変なのばっかりだ」
私が茂みでアサバを採っていると、その近くの樹木の下で何やらガサゴソとしていたイクスさんがぽつりと呟いた。
「依頼人はどんな人なんですか?」
「あんまり詳しくは教えてもらえなかったんだよね。トラブルを避ける為か教えてもらえないんだ」
依頼を出したい人はギルドに申請して依頼をし、依頼を受けたい人は内容を見て受けるかどうか決めるのだそう。初期の頃は依頼人を公開していたのだけれど、報酬を巡るトラブルが起きたのでそれ以降は名前も顔も出さないことにしたのだとか。
「ギルドが出来てすぐの頃はトラブルが続出するものだから皆てんてこ舞いさ。普段冷静な人が混乱したり、唐突に受付嬢に告白してお断りされている人がいたりね」
「前者はともかく後者はちょっとよくわからないですね……」
実際はちょっとどころではなくかなりわからないんだけれど。その受付嬢もビックリしただろうな。
「アハハ、やっぱりそう思うよね。まぁ問題が起きたのはギルドの主要メンバーが獣人ばかりだったってのもあるとは思うんだけどね。人間同士のやり取りですら騙し騙されてが当たり前なんだ、人間と対等なんて思われてなかった獣人が約束を反故にされるのなんてザラさ」
……残念ながら私は、獣人が蔑まれていた頃の記憶がない。だから彼らがどういう風に立場の改善を求めたか、というのは書籍の中の話でしか知らないのだ。
「少し話せば、彼らが良識ある人たちであることなんて分かるでしょうに」
採取したキノコに鼻を近付けて匂いを嗅いでいたらしいイクスさんは、そのキノコが毒キノコであることに気付いたらしく、別の袋に入れる。そして私の言葉に反応して見せた。
「皆がそういう思考だったら戦争なんて起きなかったんだろうね。でも大半の人間はそうじゃなかったんだ。もっとも、この王国は比較的差別が少なかったからまだ良かったんだけど」
今私たちがいる王国は、現在ある四国の中でも温厚な人たちの多い国だ。右隣の教国は宗教色が強く、国が抱える兵士たちは皆死を恐れないのだそう。
左隣の帝国は良くない噂が絶えない。人体実験をしているだとか、何年か前に勇者を召喚しただとか、そういった物。 ……旅に出るにしてもあまり帝国には行きたくないなぁ。残りの一国についてはあんまり良くわからない。
「まぁ、旅が楽しいことには限りないよ。そりゃあ色々厄介なこともあるけど、食べ物は美味しいし誰かと出会ったりするのって楽しいし……っと」
最終的にイクスさんは、そういう風に締め括ってみせた。少し離れたところにある茂みが揺れたのを見て、しゃがんでいたイクスさんは静かに立ち上がる。
「あ、ウルフだ。この森にも出るんだ」
現れたのは四足歩行の獣。大きさとしては中型で、鋭い牙と同じくらい鋭い瞳が特徴的だ。彼らは見た目の獰猛さとは対照的に、意外にも草食だったりする。
それにしても、あんなに楽しそうに話してくれるのだ。旅をするというのはイクスさんに合っているんだろうなぁ。私も彼女みたいに、また各地を旅できたら――。
…………また?
何かを思い出せそうで思い出せない。なんだか頭が痛くて、視界が揺らぐ。これはめまいだろうか。
「よしよし、キノコならあるよー。なんだかウルフを餌付けしているとアルマに餌あげてるみたいでなんだか嬉しさ半減しちゃうなぁ」
最初は楽しそうだったのに段々と不満そうになっていくイクスさんの声音にいつのまにか下げていた頭を上げれば、ウルフがイクスさんに怯えているのが見えた。
私もウルフに餌をあげてみたいと思って近付けば、ウルフは私と目が合うなり尻尾をまいて逃げてしまった。……なんで獣っていつも私と目が合うと逃げていくんだろうか。何か良くない気でも発しているのだろうか。
「あっはっは、私よりも怖がられているとかやっぱりフェンはすごいなぁ」
慰め半分笑い半分といったようなイクスさんの言葉は、ウルフに拒否されて傷心中の私に届くことはないのだった……。