21
名前の通りに滅茶苦茶ではないにせよ、程々に美味しかった焼き菓子を食べ終えてから街の中を二人で歩き始める。
「そういえば、あの時何故別れて行動したんです?」
「あの時……? いつの事か分からないや」
途中の露天で冷えた紅茶を購入し、中央部に位置する広場へ向かう。
「ああ……えっと、イクスさんがその左手に付けている盾、あまり大きくないからバックラーって言うんですかね。それを着けて戻ってきた時のことなんですけど」
ああ、と呟いた彼女はその時のことを思い出したようで。
「別に用事って程のものではなかったんだけどね。ちょっと盾が欲しいなぁって思ってさ、けど女の子を鍛冶屋巡りに付き合わせるのもどうかなって」
「女の子って年ではないですし、私だって鍛冶屋は気になりますし。そもそもイクスさんだって女性じゃないですか……」
あはは、と笑って見せたイクスさんは何だかバツが悪そうで。年齢に関して確かになと思ったのかはたまた女性と言われるのが嫌なのかは分からないけれど。
「……本当はね。また盾も欲しいなぁって思ってたんだけれど、中々いいのが無くてどれにしようかなぁって悩んでたんだよ」
「また、ですか?」
噴水広場の一角にあるベンチに二人で腰掛けてから、イクスさんは微笑んだ。
「うん。ギルドに入ってすぐの頃は盾を持ってたんだ、でも一人で行動し始めてからは邪魔になっちゃうから使わなくなったんだけど。今回はそうも言ってられないからね……暫く表立って活動してこなかったから動きも鈍っているし、それに折角二人いるんだから役割分担をした方が負担も減るでしょ?」
「そう、ですね」
「前にも言ったけど私は以前の君を知っていて、またその時の彼女と旅をしたいと思ってる。でも、だからと言って今のフェンに消えて欲しい訳じゃないんだ。我儘なんだろうけど一緒に旅をして苦楽を共にして、良い仲間になれたらいいなって」
「……」
私がイクスさんと出会った時、確かに彼女はかつての私に戻ってほしいと言っていた。かつての私に戻るということは記憶を取り戻すということであり、それはつまり私という人格が消えるということを表す。
……もしくは、かつての私と今の私が混ざりあってそのどちらでもない新たな人格が形成されるか。兎にも角にも、皆が幸せになれる結末にはならないことだろう。
「最後に別れた時、フェンは……ううん、彼女はとても焦っているように見えたんだ。まるで……そうだな、死んだと思っていた人が生きていてくれた。そんな感じかな。その人に絶対再会しなきゃ、みたいな風に考えていたんだと思う」
「死んだと思っていた人が生きていた、ですか」
「ん、多分ね。その時はまだ質問できなかったし」
今の私なら多分タジタジになるくらい質問攻めしてたろうな、なんて微笑むイクスさんを見て、何故その時の彼女は質問できなかったのだろうか、と少しだけ疑問に思った。
出身の違いによる言語の違い……の可能性は低いだろう。どの国にも属さないとされる騎士の国も聖女を擁する教国ーー祈りの国も、宗教の違いこそあるがこの国と言語において殆ど差がないと聞く。
獣人への扱いが悪いと言われている帝国でさえ語尾に多少の差があるくらいなのだ、余程この国から離れた土地でなければ言葉が通じないということもないはず。
(考えられるとすれば、かつての私と関わりがあった時の彼女はまだ言葉を知らなかったか……そう言ったことを聞けるような親密な関係ではなかったか)
けれどもきっと、後者は可能性としては低いだろう。かつての私はイクスさんに深いところまで心を許していた、そんな気がするのだ。
「そこでね、思い出したんだ。出会ってちょっとした頃に彼女から聞いた、大切な人のこと」
ずきり、と頭が痛む。
「前にも言ったと思うんだけど、その人の髪は燃え盛る炎のような色をしていたって」
胸のあたりがカッと熱くなって、何故だか無性に泣きたくなった。名前も知らない、髪の色しか知らない人を……その『女性』のことを考えるだけでここまで感情が乱されるのか。
「……その人は、本当に親友だったのでしょうか?」
「それは、分からない。もしかしたらそれ以上かも。だってね、その人のことを話していた時の彼女はとても幸せそうだったんだ。最初は私が見殺しにしたんだって悲しそうだったけどいつからかな……何処かでその人の話を聞いたんだろうね、生きてたんだって物凄く嬉しそうにしていたよ」
「……だとするならば、」
かつての私はそれほどまでにその女性のことを想っていたのだろう。求めていたのだろう。そしてきっと再会は叶わず……。
「うん?」
「だとするなら、私はその人物を探したい。会って、話して……きっとその人は私が私ではないと気付くでしょう。それでも、会いたいと思ってます」
「……そっか。うん、私も勿論手伝うよ。大事な相棒の望みだし私も個人的に会ってみたいし」
私の肩に手を置いたイクスさんが静かに、けれども嬉しそうに笑った。
「よーし。そうと決まれば、情報がいっぱい集まるところに行かなきゃね。……ギルドの本部とかがいいと思うよ」
その前に路銀を稼ぐために暫くお仕事をしようね、とイクスさんは続けるのだった。