20
お祭りの前日の夜、ベルトゼの街はいつも活気に満ちているのだと彩華さんが教えてくれた。まだここに居着いてから五年も経っちゃいないが、人々の気質は穏やかだし争いごとも滅多に起こらない。でも、とにかく賑やかなのだと。
昼間は子供たちや動物達が走り回り、冒険者たちが次の旅に備えて買い物をする。街の宿屋はその殆どが食事を提供しているため皆そこへやってくるのだ。
夜は夜で、老若男女問わず多くの人々が宿屋に隣接する酒場に集まって賑やかになる。厄介事は少なく、けれどもそれなりに人と触れ合えるこの街には居場所を求めて居着く冒険者が多いらしい。
ーーそんな街で催されるお祭りなのだからさぞかし賑やかで楽しいものになるだろうと、そう思っていたのだけれど。
「では皆さん、精霊に感謝を」
「…………」
しん、と普段の喧騒からは考えられない程に静かなベルトゼの街。ここに住む、或いは一時的に暮らしている人々の殆どがこの街の中央に位置する広場に集まって静かに頭を垂れていた。
「若き聖人ベルトゼと、古来よりこの地に眠っていた精霊は一つの約束を交わしました。存在が薄れかけ、消えかけていた精霊が大切にしていた歌う花。これを守り続ける代わりにいずれ現れるであろう英雄の助けになってほしいと、当時千里眼をもつ者と呼ばれていた彼は精霊に頼んだそうです」
きっと偉い人なのだろう、広場に設置された少し高い台に立つ男性が声を張り上げているのが良く見える。それに野次を飛ばすでもなく静かなままの街の人たちと、その異質さに驚きながらも同じように頭を垂れている冒険者たち。
話の内容も気になるけれど、そちらの光景の方がどうしても気になってしまう。だって、本当に街の人は静かなのだ。私たちがいる冒険者の集まりはまだざわついているにも関わらず。
「なんかさ。凄いね……」
「そう、ですね」
傍らのイクスさんに返事をしつつ改めてこの不可思議な光景に目をやれば、街を治める立場にあるらしい人が話し終えたのか壇上から降り、横で待機していた別の男性がすぐそばの街の人へと何やら渡しているのが見えた。
住人も当たり前のように二列になって並んでいる。まるで配給みたいだ。中身は見えないように白い紙に包まれているけれどあれは……。
「あれが、ここの子供たちが作ってたっていうお菓子かな」
「恐らくは」
「ねっ、並ぼうよ! お菓子もらえるみたいだし」
私の右手を握ったイクスさんがいつもよりやや早歩きで列へと向かう。もう大人なのだからそんなにはしゃがなくても……とは思うのだけれど、彼女が楽しそうだしいっか。
それに熱が少しだけ長引いちゃって、昨日まではあまりご飯食べれなかったみたいだし。
「どのお菓子がもらえるか楽しみー!」
「個人的にはクッキーが好きなのでクッキーが貰えたら嬉しいですね」
列の最後尾に並べば、私たちの後ろにも人がやって来た。列の進行方向から戻ってくる人たちは皆笑顔で、人によってはあまり好きではないお菓子だったようで他の人と交換していたりもする。
そんな光景が何とも穏やかで、長年見てきた飲めや歌えやのお祭りも良いけれど、こういうのだってたまにはいいんじゃないかななんて独りごちてーー。
「領主さん、むずかしいお話してたねー」
「そうですねぇ。この地は精霊が見守っていてくれるから安心してって言ってくれればそれで分かるのに、要職に就く人は話がまどろっこしいったらないです」
そんな会話が聞こえてきたので後ろを向けば、恐らくまだ十代前半であろう栗毛の少女と手を繋いでいる亜麻色の髪の女性がいることに気付いた。二人は会話に夢中なのか、私の視線に気付いた様子もない。
「お姉さん、精霊さんって目に見えるの?」
「いいえ? 普通の人には見えもしなければ声も聞こえません」
「じゃあ、どうやって守ってもらうの?」
「ふふ。花屋の私に聞くとは流石、将来有望な宿屋の跡取りなだけはありますね」
眼鏡のレンズ越しにのぞいた翡翠の瞳が煌めいたのが分かった。頼られるのが好きなのか、それとも説明するのが好きなのかは分からないけれど。
「とはいえ、精霊が守ってくれるというのがどういった意味になるのか。それは私にも分からないんですけれども」
「お姉さんって興味ないことには弱いもんね……なんで知ってるみたいな言い方したの?」
「……昔、親友が言っていたことを思い出したんです。精霊はそこにいるだけで人間に影響を与えると」
「そこにいるだけで?」
「ええ。だからこそ、その力を悪用する人間が出ないようにと普段は姿も形もないように隠れているのだそうですよ。それでも、ある程度の強さを持つ人間なら声を聞くことが出来るんですけれど」
そんなことよりそろそろ順番ですよと呟いた眼鏡の女性がこちらを見やると同時、隣にいたイクスさんに手を引かれたので前を向けば、目の前にはお菓子の入った包み紙を籠いっぱいにのせた人の良さそうな男性が。
「あ……と、すみません」
「はい、どうぞ。子供たちが頑張って作ってくれたメチャクチャオイシイヤツヤンです」
「今なんと?」
「メチャクチャオイシイヤツヤンです。かつてこの地へやって来た異邦人がこのお菓子を食べて叫んだ言葉なんですよ」
「なんか言葉の意味は分からないけれど、凄い感嘆しているように聞こえるのは何でなんだろう」
「ふざけた名前なのに、一周まわって美味しそうに聞こえるのは凄いですよね……」
ちなみに味はまあまあ美味しかったです。