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人と魔物って言葉が通じなくても分かり合えるものなんですね、なんてマルガさんと広間の入り口で話していたら、子供たちがこちらの存在に気付いたようで代表と思われる年長の少年がこちらへと近付いてくるのが見えた。
「あんたら、なにもんだ?」
「複数人の子供が行方不明になっているので見つけ出してほしい、という依頼を受けて来た者です」
少年がすぐそばに来た為に抜いていた銅剣をしまう。……正式には依頼を受けてはいないのだけれど、まぁこうやって言った方が分かりやすいだろう。
「は? ギルド? 誰がそんなところに依頼を……」
「そこまでは知りませんが」
そういえば依頼者って誰だったろうか。そう考えるも答えは出ないが、マルガさんが言葉を続けた。
「あの依頼はギルド自らが出したものでしたよ、確か。冒険者が普段見かける子供たちの中で見なくなった子供がいると話していたことから依頼として出されたとか」
よく知ってるなぁ……あ、そういえば一日だけお手伝いでギルドの受付やってたんでしたっけ。
「あー、そういう。そりゃそうか、街の人間なら皆知ってるもんな、依頼なんてするわけないか」
(街の人なら皆知っている?)
少年の言葉に首を傾げていると、少年は後ろを振り返ってパウンドケーキ作りに勤しむ少年少女と三匹のゴブリンを見やった。
「ああ、この街じゃ二十年に一度生誕祭ってのをやるんだけどさ。その時にゃウタハナの蜜を混ぜこんだ菓子を振る舞うんだよ」
「はぁ……」
ちょっとよくわからないなぁと思っていると少年は困ったように頭をかいて。
「で、その菓子を作るのは適当に選ばれた子供なんだ。試練みたいなもんだと思えばいい。……んで、ここで作るんだよ、街に花粉を持ち帰る訳にはいかないしな」
……なるほど。蜜だけを使うとはいえ、花粉が服や体についてしまうことはあるだろう。で、耐性を持たない旅人がそれを吸ったら……幻覚からの発熱に到ると。
(あれ、じゃあ吸っちゃった私はどうしようもないからともかくとして、マルガさんは危ないんじゃ)
この空間に花粉が残っていても不思議ではないのだ、五感の鋭い彼女が花粉を吸おうものなら……そう思ってマルガさんを見れば、彼女は赤色の瞳を細めて見せた。
「私は問題ありません。過去に吸って耐性が出来ていますから」
「一回キメて熱まで出しときゃ、もうかかる心配ねぇからなぁ」
いやいや少年、その言い方だと危ないクスリ決めたみたいだけれど。症状的には同じか。
「私よりも、そちらの方が心配なのですが」
そういえば、もう一時間以上経ったはずだ。けれども幻覚症状らしきものは出ていない。さっきの光景は衝撃的すぎたけどあれは夢幻ではないはず。
「私の方も問題はなさそうですね、今のところは」
体が熱っぽいということもなく、変なものを見ているということもない。少なくとも不調ではなさそうだ。
「……と、私のことはともかくです。ベルトゼの街ではそれが慣習になっているのですね。それにしても子供たちだけでは危ないのではないですか?」
マルガさんの疑問は至極当然のものだ。いくら強い魔物がいないと言っても野生の獣が入り込んでしまったら悲惨なことになってしまう。
「一応は子供だけで乗り越えるってことになってるんだけどな、近くには大人が見張りでいるんだよ」
ああ、なるほど。そりゃあそうか。我が子の命が危険に晒されるのを黙ってみている親はいないか。
「それに、さ。様子を見に来てくれる人だっているんだよ。その人は剣を教えてはくれなかったけど、逃げる為の心得は教えてくれた」
剣教えてくれても良かったのにとその人に言ったら、その人は『剣を教えるのは自分が認めた人間だけだ』と答えたらしい。誰かは知らないけれどその人、かっこいいなぁ。
「その御方は今も来るのですか?」
「おう、昨日も来てた。でもお客さんがいるから暫く来れないかもって」
お客さんが、となるとその人は間違いなく店を構えているのだろう。鍛冶屋の人辺りなら武器の扱いにも精通してるだろうし。
「……とまぁ俺たちは別に行方不明でも何でもないからさ、ギルドにゃそう報告しといてくれよ。三日後の生誕祭にはうまい菓子を出すからさ」
そう言って笑う少年が、大きめのパウンドケーキを二つ差し出してきた。既に包装されているそれはお土産にくれるのだろうか、と両手を差し出すと。
「それ、うちの家の分なんだけど母さんが冷やすとしっとりしてうまいから早めに寄越せって五月蝿いんだよ。丘と隣接してる方の入口のすぐ右側にある家だからさ。渡しといてくれないか?」
年上におつかいを頼むだなんて何という少年か。ちょっとだけ殺意が芽生えた気がするのは気のせいである。気のせい、気のせい。