17
「ふむ、これはまた……如何にもな物が御座いますね」
子供たちのものらしき足跡を発見し、マルガさんがゴブリンの臭いを嗅いでから大分歩いてきた。街の入り口からかなり離れたところにそれはあった。
「こんなところに洞穴、ですか」
少し覗きこんでみれば、一寸先は闇。要するに真っ暗で、何かが潜んでいても分からないだろう。近くには小さな湖が見える。
もしここに誰かがいるとしたら、恐らく水に困ることはないはずだ。湖に魚がいて、魚を食べれるのならば食料だって確保できるかもしれない。それに近くの森には小動物だっている。
「足跡と匂いからして、子供たちがここを根城にしている可能性はありそうですね。汗臭さとどこか甘ったるい匂い……それからゴブリンの臭いもします」
匂いをかぎながら注意深く洞穴を覗きこんでいたマルガさんが頭の上の耳をピクピクとさせる。
それにしても、獣人に会ったのってマルガさんが初めてだったりするのだけれどやはり人間の耳があるはずの場所には何にもないんだなぁ。見る人が見たらロマンを感じそう。
「となると、ゴブリンは偶然か故意かは不明にせよ子供たちのところにたどり着いてしまったと?」
「その可能性が高いかと。……微かに泣き声が聞こえますね、まだ幼い子の声だ。ゴブリンは弱いですから、子供たちでも数人いれば追い払えるでしょうが……」
マルガさんが微かに爪を立てた。と同時に肌が粟立つ。……見た目は先程までと変わらないのに、戦闘態勢に入ったことを理解した。
(マルガさん、物腰が穏やかだから血生臭さとは無縁に思えるけど……やっぱり獣人って皆強いのかな)
いやでも初めて会った時は凄い怖かったよなぁ。強い存在に惹かれるとか言ってたしやっぱりこっちが素なのかなぁ……なんて考えながら。
「助けに行きますよね」
「勿論ですとも」
腰に下げた銅剣を握る。一ヶ月ほど行動をしてきたイクスさんではなく、つい数日前に出会っただけのマルガさんとの共同戦線。
いや、今まで魔物を相手にしたことない私じゃ間違いなく足手まといだろうけれど中にいるであろう子供たちをゴブリンから逃がすくらいなら出来るはず。
「松明は……ありませんよね。夜目は効く方ですか」
「いえ、あまり。ですが、簡単なものでよければ作れますよ」
手頃な長さの棒切れと怪我をした際に使う包帯、それから調理の油。これじゃあすぐに燃え尽きるかもしれないけど火打ち石ならあるし用意できる……そう言うとマルガさんは首を横に振る。
「途中で燃え尽きれば、少しの間とはいえ暗闇に慣れるのに手間取ります。私が先に行きましょう、匂いと音で察知できますから。どうぞ盾としてお使いくださいませ」
いや盾だなんてそんなこと出来るわけないでしょ。……なんだか、申し訳ないや。この洞穴を発見したのは本当に偶然だったけれど、今後もこういうことが起きないとも限らない。
今度から装備は見直すことにしようか、ランタンとか購入しておくと良いかもしれない。 イクスさんと相談をすることにしよう。
「では、参りましょうか」
大丈夫、手も足も震えていない。マルガさんは身体能力に優れた獣人で、相手は魔物の中でも最も弱いと言われているゴブリンだ。
(歌う花を見に来た時にはまさかこんなことになるとは思いもしなかったけど)
でも、子供たちの手掛かりを得られるのならば進まなくてはならないだろう。
―――――
マルガさんを先頭に、洞穴を進む。私はというと後方の警戒を頼まれた。後方はいくら気配に敏感とはいえマルガさんでも気付くのに遅れてしまうし、いざ襲来があっても焦らないようにとのこと。
後は、イクスさんのような冒険者になるのか分からないとはいえ世界を見て歩くのなら荒事にも慣れておかなければならないだろうと考えたからだ。
盗賊等もいると聞くし、この先何が起きるか分からない。だからこそ油断はすべきではないとイクスさんも常々言っている。
「臭いが近いですね、それに明かりもほんのりと見えます」
マルガさんが立ち止まる気配がした。ここからはより慎重に動く、ということだろう。
「それに子供たちの声が反響していますね。この先は大分広い空間になっているかもしれません」
二人で沈黙しているとその場に静寂が生まれる。と同時に奥の方から何やら言い争うような声が聞こえてきた。
「また赤ん坊を泣かせやがって!お前、 絶対に許さないからな!」
「ギャギィッ!?」
片方はまだ幼い少年の、そしてもう片方はゴブリンの声だ。二つの声はもうしばらくの間争っていたかと思うと急に静まり返ってしまう。
「……これは、どう思います?」
「双方共に沈黙というのは……お互いに倒れたか、怒鳴るほどの余裕が無くなったのかもしれませんね」
とりあえず、踏み込むべきだろう。
「まずは私が行きましょう。もし争っていたら私が介入します。……子供たちの保護をお願いできますか?」
「ええ、勿論」
では、と一言呟いてマルガさんが走り出す。直前まで私と同様に地面に片膝をついていたはずなのにそれを感じさせない初速と、安定した姿勢。……まさしく、獲物を狩る獣のようなその姿は惚れ惚れとするくらいに綺麗だった。
「私も行かなくちゃ」
銅剣に手をかけつつ走る。前方に明かりが漏れているところがあるから、恐らくはそこで間違いないだろう。
あと一歩で、広間に入る――そんなところで。
「これは、一体!?」
先に入ったマルガさんの驚愕した声が聞こえる。一拍遅れて私も広間へ入り込む……と。
「ど、どんな状況なんです、これ……」
広間の中央にはランタンだろうか、明かりが置かれている。それはいい、そこは問題ではなくて異常なのはその明かりに照らされた……。
「子供たちとゴブリンが、お菓子を作っている風に見えますが」
「奇遇ですね、マルガさん。私にもそんな風に見えますよ……なんだ、歌う花の幻覚じゃないんだ……」
そう。明らかに幼いと分かる子供たちが三匹のゴブリンにパウンドケーキのようなものの作り方を教えているのだ。
「突拍子も無い光景なので、私も吸っていないはずの花の幻覚かと思ってしまいました……」
ええっと、まぁ、私もマルガさんもよくは理解できないのだけれど、とにかくそんな不思議な光景が目の前に広がっているのだった。