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――そもそも、私一人で何かと戦ったことってあったのだろうか。
そんな問いに対する答えは肯定。魔物と遭遇したことはなかったけれど森の動物たちと対峙したことなら数え切れない程ある。
となると、イクスさんと出会ってから初めて遭遇した魔物ってゴブリンになるのか。でもあれはイクスさんが撃退したら逃げていったしノーカウントだろう。私は全く干渉しなかったわけだし。
(あの村に流れ着いた時には、まさか自分が狩りをすることになるとは思いもしなかったっけ)
イクスさんと出会う前は、木の枝をナイフで削って即席の槍にして投げることで狩りをしたり大きめの石を投げて当てたり……なんだか投げてばかりだけれど、とにかくそんな感じで獲物を狩ってきた。
悲しいことに弓はからっきしで村の自警団の人たちが教えてくれたのに、矢をつがえて射つよりも手頃な大きさの石を投げた方が百倍良いという結論が私に突きつけられたのは、今となっては良い想い出…… いややっぱり良くないかもしれない。なんだか悲しくなってきたので意識を他のものへうつそうか。
「うん、木漏れ日が気持ちいいや」
砂の混じった土を踏みつける度にザリ、ザリ、と音が出る。時折聞こえる鳥の囀りがのどかな風景によく似合っていた。
(魔物には出くわさなかったし、日射しは程々だし、時々吹く風は冷たくない。ピクニックにちょうど良いかも)
この件が片付いてイクスさんが完治したら誘ってのんびり散策でもしようか、なんて考えながら木々の間を歩くこと数分。開けた所に出てきたところを見るに恐らくはここが目的地なのだろう。
歌う花があるという森の奥深く。特に獣や人がいるわけでもなく、私は少しだけ安堵した。いやだって。
(しかもその人に『よくぞ私の正体に気付きましたねぇ』みたいなこと言われたらどうしようかと)
イクスさんも彩華さんも何やら知っているようだったけれど子供たちが行方不明になっている件の全貌を私は掴めていないし、もし事件の黒幕とも呼ぶべき存在がここにいたら危ないから。
「っと。歌う花って……これ、かな」
そんなことを考えつつ足元を見やれば、青く小さな花が咲いていた。吹けば飛びそうな程か弱く見えるこの花が歌う花であり、人に幻をみせるのだという。けれども強風が吹かなければ風に揺れるただの青い花だ。
(風、少し吹いてきたな。風にあおられると髪も邪魔だしその内切らなきゃ)
けれど、群生地であるにも関わらず何者かにむしられたのか大分数が少ない。よく見れば、土が僅かに盛り上がっている。小さな足跡もちらほら。
(……確かこれを使って作られたお菓子が美味しいんだっけ。美味しいのならイクスさんに食べさせてあげたいな)
今朝方の、果物を売ってくれた少年の言葉を思い出す。歌う花の蜜を使って作るお菓子があるのだったか。子供たちの間で人気らしい。一度は食べてみたいものだ。
(そういえば、足跡からして子供だよね。子供たちはほとんどが行方不明だって聞いたけど。誰が採りに来たのかな)
謎は増すばかりだが、私は探偵ではない。歌う花を見ただけで解決するだなんてことは出来ないのだ。ここに見に来たのだって、『イクスさんが私に内緒で見に来たくらいだから余程のものなんだろうなぁ』と思ったからで。
――ザワ、ザワ。
(いや、幻覚を見せる花粉が出るってことは十分危ない植物だよね。なんで私はそんなものを見に来たんだろ。って寒っ。風が吹いてきちゃった)
イクスさんは幻覚こそ見ていないものの発熱していたし、軽度とはいえ苦しそうにだった。正気ならそれを見てから、原因の花を見学してやろうだなんて思わないはずだ。
「む……ぺっ、ぺっ!」
(いや、今はそれは良いか。それよりも問題は……)
予兆こそ直前にはあったけれど、突然強風が吹いたこと。それとその強風によって歌う花が激しく揺れて花粉を飛ばしてきた上、たまたま阿呆らしく開けていた私の口内に直撃したことだろう。
……こんな質の悪い喜劇みたいなことってあります?
他のことに集中してると知らない内に口が開いていることってありますよね、というお話。
追記:8/14、19ページ目を同一の内容で二ページ投稿してしまっていたので修正いたしました。失礼いたしました。