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「にしても、金ぴかといいあの赤目のヤツといい、最近は変わったのがよく来るもんだ」
依然として頭を泡だらけにした彩華さんは、こちらに向けていた視線を鏡へと戻しながらそんな独り言を漏らした。……変わったのというカテゴリーに自分が含められていなくてホッとする。
いやまぁ、相方と言えるイクスさんは言われてるんだけど。今頃くしゃみでもしてるのではないだろうか……と、それはさておき。
「赤目、ですか?」
キュッ、と蛇口を捻って鏡の横に備え付けられていたホースからお湯を……いや、今触れた瞬間に凄い勢いで手を引っ込めてたから水かな、とにかく水を出していた彩華さんはこちらを見ることなく。
「ああ、多分犬の獣人だろうね。赤い目をした女さ。二週間くらい前からよく見かけるようになったんだが」
犬の獣人で、女。そして赤い目をしていると。……そんな人物に私は心当たりがある。とはいえ、女性の犬の獣人というのはこの街だけでも五十人くらいはいるはずだ。
それに、彼女はあの図書館の司書だという。来て二週間で職に就くだけでなく、ギルドでの手伝いもこなすなんて出来るのだろうか。
「名前は知らないんだが、どうやらこの世界じゃあ赤い目ってのは珍しいみたいでねぇ。昔に滅んだってどこかの国じゃ赤い目の悪魔が戦場に現れたって話もあったくらいだ、流石に同一人物ってこたぁないだろうが」
赤い目の悪魔。そんな話もあるのか。私があの村で物語を語り聞かせていた時には見かけなかったけれど、戦場が関わる話ならば童話には出来ないだろうから合点がいく。
「その悪魔の名前は確か……マーガレット」
―――――
あの後、いよいよのぼせそうになったので彩華さんに断りを入れてお風呂を出た。店番をしてくれているイクスさんに伝言を頼まれたので髪と体の水分を拭う。
寝間着を身に付けてから向かえば、カウンターの内側、私たちが来たときに彩華さんが突っ伏していた席に彼女は座っていた。
私が階段を上る音に気付いていたのか、瞼を下ろしていたイクスさんは静かにこちらへ問いかける。
「良いお湯でしたよ」
湯船に浸かるのはたまにあったけれど、ここまで長く浸かっていたのは久しぶり……いや初めてかもしれない。しかも彩華さんが来るまで、少しの間とはいえ寝ていたし……。
「それと、彩華さんから伝言を頼まれました」
「へぇ、なんだって?」
「……後一時間は入る、と」
長湯が好きなんでね、と彼女はウインクをしていましたと続ければイクスさんは信じられないものを見るような顔を向けてきた。や、私がウインクしたわけじゃありませんからね。
「うへぇ、一時間もお湯に浸かるとか拷問でしょそれ……頭可笑しいのかな、サイカ」
あ、そっちか。
「まぁ、入浴の楽しみかたは人それぞれですから……」
彩華さんの気持ちはわかる。入浴は心の洗濯と誰かが言っていたし、良いアイデアを思い付いたりするのは心身ともにリラックスしている時が圧倒的に多いからだ。それにあったかいからホッとする。
「そっか、まぁいいや。サイカが戻ってきたら私もお風呂に行ってくるかな。眠かったら先に寝ていてもいいよ」
流石にいつも着けていると暑いのか、ターバンを外していた彼女は言う。キラキラと輝く黄金色の髪をかき上げる姿は、男装の美女もかくやといった様子だ。
女の一人旅は色々とキツいから、知られるよりは良いんだろうけど皆男性だって認識しているんだよなぁ……私も最初はそう思ったけれど。
(でもマルガさんと彩華さんは、イクスさんが女性だって気付いていたみたいだし)
やはり挙動か何かを見れば分かる人は分かるのだろうか?
(まぁ、マルガさんは女性と知っていてもグイグイ来てたし……それは私にもか)
あ、また胃がきゅっと。
「……フェン?」
返事が無かったからか、イクスさんは首を傾げていた。美人なのにこういう仕草は子供らしいというか何というか。
「あ……少しのぼせてしまったかも、です」
「そっか。無理せずにゆっくりしてなよ」
明日は歌う花の探索に行こうか、と続けてからイクスさんは気遣わしげにこちらを見つめるのだった。
「……さっきくしゃみしちゃったから、早く温まりたいなぁ」