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彼女の旅路  作者: 寝歩き
風吹く丘、歌う花
17/30

10

食事をしている途中に、宿屋の主人と一緒に食事をとるってどうなんだろうと考えたもののまぁ彩華さんだし気にしないだろうなと思って、そこで思考は停止した。


「あー食った食った。たまにゃ誰かと飯を食うのもいいもんだねぇ……そうそう、風呂は飯の前に湯を張っておいたからそろそろ良い温度になってるだろ、適度に時間を置いて適当に入りな」


「ありがとうございます」


何となく、彼女ならなんでもありって感じがするのだ。突拍子もないことをしてきそう、と言うべきか。まだ知り合って間もない人にそんな印象を抱くなんて私は相当失礼な奴に違いない。


そんなことを思いつつイクスさんと宛がわれた部屋に戻る。クローゼットや小物入れ等、必要最低限の物しかないけれど清潔感のある部屋は中々のもの。


(明日は歌う花を探しにいくんでしょうか)


何をするでもなくぼんやりとしているこの空気は嫌いではない。イクスさんも装備の点検をしたり、徐に窓際に立って外を見たりと自由に過ごしている。


……まだ出会って一ヶ月とは思えないほどにお互いに気を許していた。そうでなければ、いくら私でも会ったばかりの人と旅は出来ないだろう。


「ふぅ」


ふと時計を見やればもうそろそろお風呂の時間だった。今日は私たち以外はいないのだというからどれくらい広いのか分からないけれど、もしかしたらイクスさんと一緒に入ることになるのだろうかなんて考えていたら。


「フェン、先にお風呂入ってきなよ」


と言われてしまう。イクスさんはまだ消化しきれてないらしく、宿屋周辺を歩いてこようかなと呟いていた。食事の時に外していた武装は今は身に付けている。


「それではお先にいただきますね」


「ん。のぼせないように気を付けなよ」


私が部屋から出る寸前、こちらに向けてひらひらと手を振るイクスさんはいつも通りの笑みを浮かべていた。



――――――



そういえば、ここの前にお世話になった宿屋は個室毎に軽くお湯を浴びたり服を洗う為のスペースがあったっけ。あれも良いけれど、ここみたいに広いところでお湯に浸かるのも良いだろう。


衣類を脱いでいくつかあった内の一つの籠へ収める。その隣の籠には入浴後に着る寝間着やら何やらを入れて、タオルを片手に浴場へ。


「わぁ、結構大きい……」


この宿屋の地下は大浴場となっている。一階と二階で合わせて六室ほどあって、カウンター側に行かなくても

そのまま降りられる仕組みになっているらしい。


……お風呂から出た後って服装的にも気持ち的にも結構無防備だったりするから、あんまり他の武装しているお客さんとは会いたくないもんね。


なんて考えつつ浴槽の脇にある体を洗うスペースの椅子に座り、鏡に視線を向ければ自分の全身と丁度胸の辺りに刻まれた傷が目に入った。


「……傷、かぁ」


私が村に流れ着いた頃には既にあったこの胸の傷。この傷をつけた人間は余程腕が良かったのか、酷い傷痕でこそないけれど。


この傷も、記憶を喪う前の私を構成する要因なのだろう。昔は傭兵か何かだったのだろうか……私の過去を知っているというイクスさんも詳しくは教えてくれないし、旅をする内に分かってくることを祈ろう。きっと私の顔や名前に覚えがある人が出てくるはず。


そうそう、フェンという名前だって、一番最初に私を見つけたというリーアが倒れ伏している私に名前を聞いた時に『すっごい苦しそうにね、そう言ったの』と教えてくれたくらいだから、かつての名前かそれに近いものに違いない。


「それにしても、これだけのお湯を沸かすなんて大変だろうなぁ」


浴槽から何杯かお湯を汲んで桶へと流す。村でも流石に体を洗ってはいたけれど、家庭を持っているわけでもないのでそんなに気軽にお湯を沸かせなかったし、頻度としてはタオルをお湯に浸して絞って、それで体を拭うとかそういう時の方が多かったくらいだし。


……イクスさんが来たときは別。基本的に外部の人間が来ることはないし私のところにやって来るなんてことはまずなかったから、来客というだけで嬉しかった。


(イクスさんはまだ何も話してはくれないけれど、気心の知れた存在だったのかな)


顔、髪、体と洗い終えて浴槽へと移動する。そろりと片足をお湯へ入れると、じんわりと心地好さが染み渡るのがわかった。


(シャワーも悪くないけれど、やっぱり湯船に浸かるのが一番だよね)


人間にとっての入浴は、汚れを落とすというだけの行為ではない。確かにそれも必要なことだけれど、入浴することで心を落ち着かせたり何かアイディアが浮かんだり……リラックスしていなければ出来ないことが出来るようになる。


「ふぁ……」


欠伸が一つ漏れて初めて自分が眠気に襲われていることに気付く。でも湯船に浸かっているからか全身がホカホカとしていて、とても気持ちいいのだ。


「ちょっとくらいは良いかな」


誰に問うでもなく、ゆらゆらと立ち上る湯気の中で私は静かに目を閉じるのだった。



――――――



目を開いた記憶はないのに、何故か街の何処かを歩いていた。この街ではない別の街を。目線は低く、大人たちの腰の辺りにある。


「――にいたんだってさ、あの子」


辺りがざわめいていた。そこかしこから憐憫と興味の視線を向けられて、思わず身を縮ませてしまう。


「へぇ、――に? よく生きていられたね、あそこって獣人が住んでるって言うけど」


「顔は可愛いけど、あんなにガリガリじゃあ獣たちも食べないんじゃないの?」


「ハハッ、言えてる!」


獣人。人間の体躯でありながら何処かしらに獣の血を濃く宿した人たち。彼らは力強く、群れの仲間を大事にしている心優しき人たちなのに、何故人間たちは彼らをバカにするのだろうか。


(まよっていた私たちをたすけてくれて、街までつれてきてくれたのに)


彼らに怯えながらもその物言いには腹が立つ。口を開こうとした瞬間、左肩にとん、と軽い衝撃。


「キュ……」


見れば、少し大きめな黄金色のトカゲが肩に座っていた。一緒に逃げてきた友達を失い、迷いこんでしまった森で偶々出会ったトカゲ。言葉は話せないけれど、彼或いは彼女は大切な友達だと思っている。


じっと見つめると尻尾と腕……翼のようなものを横に振っていた。気にするな、と言ってくれているのだろう。


「ありがとう。気にしてくれるんだね」


そう微笑みかければ、今度は首を縦に振って見せる。……賢い子なんだろうなと思って指で頭を撫でようとすれば最初は嫌そうに避けていたものの、諦めたのか頭を差し出してくれた。


「……」


ザラリとした感触と少し冷たい体温が中々に気持ち良い。向こうも同じ気持ちなのか、表情こそ分からないものの何処と無く気持ち良さそうに見えた。


「帰ろう。師匠が待ってる」


とんでもない美人だけれどとてつもなく怖い師匠。うっかり本人の前でそう言ってしまった時は『まるでオニみたいに言うじゃあないか』と怒っていたけれど。


「晩御飯に遅れたら、師匠に怒られちゃうもんね。素振りを千回増やされるかも」


「キュイ!」


肩の上のトカゲが小さく鳴いた。この子がいるから、まだ大丈夫。



――――――



…………トッ、トッ、トッ。


何処からか足音が聞こえた。まだそこまで近くはないけれど、少なくとも同じ階層に誰かいる。


そう認識すると同時に心地好い微睡みから目覚めた。イクスさんか、彩華さんか。一応私は客なので、客が入りそうな時間帯には入らないだろうということでイクスさんと判断。


音も近付いてきてはいるけれど怪しげな挙動もしていないし、男性とは違って足音は軽やかだ。


カラカラ、と恐らく脱衣所の扉が開く音がして、直後に閉まる音がした。何歩か歩いてから籠の中に軽いものを入れる音が――って、これはもう確実に入浴の為に来ているのだろう。そこまで神経を尖らせなくても問題ない。


ここには誰もいないし見てないけれど警戒していたのが恥ずかしくて座りが悪い。なんとなく座り直すと、ほんの少しだけ頭がくらりとした。


(……のぼせそう、かな)


よく考えたら、今までは水やお湯を浴びることこそあったものの浸かることなんて殆ど無かったわけで。


そんな奴が長湯をすればのぼせるのも当然である。でも入りたいものは入りたい。だって、久しぶりなのだ。


「おっ、入ってるねぇ」


入り口の扉を開けてやって来たのは、私の予想と反して彩華さんだった。場所が違えば烏の濡れ羽色と称されるであろう黒髪に琥珀色の瞳、そして身体を隠すために持った白いタオル。恐らく中々いないであろう組み合わせは長身でスラリとした彼女にはよく似合っていた。


「……戸締まりとか大丈夫なんですか?」


「口を開いたと思えばいきなりそれかい。店番なら、あの金ぴかが請け負ってくれたよ」


(金ぴかって……確かにイクスさんは凄い綺麗な色の髪だけれど)


「普段はどうなさってるんですか?」


ザバァ、と豪快に音を立てて頭からお湯をかぶる彩華さん。いや、豪快すぎませんかそれ。


「んー? あぁ、いつもは客が寝静まった頃に施錠して、それから入ってるよ」


まぁ、そうだろうなぁとは思うような答えが返ってきた。私に返答しつつ彩華さんは鏡の前で髪と身体を洗いだす。濡れた黒髪が何処と無く艶やかだ。


「この街は治安こそいいが、だからこそ油断した隙を突いてくる輩がいるからねぇ。気を張ってなきゃあいけない」


「なるほど……」


確かに物凄い活気に満ちていて良い街だけれど、一歩路地に足を踏み入れば空気はガラリと変わっていた。その空気を感じた瞬間に入るのをやめたから特に被害はなかったけれど、彩華さんが言うにはスリに遭うなど日常茶飯事らしい。


「まぁ、金ぴかがいりゃあ問題ないだろう。さっきも変なのがうろちょろしていたから突撃してもらったんだが」


「突撃してもらったってどういうことなんです!?」


思わず勢いよく湯船から身を乗り出すと、少しだけクラリと来てしまった。が、こちらに背を向けている彼女はそれに気づかず、泡立てた石鹸で髪を洗っている。


「どういうことも何も、言葉の通りさ。客にさせることじゃあないがそれを望んだのは金ぴかの方だからねぇ。それに実力があるのは見た瞬間にわかったし」


イクスさんが何を考えて店番をかって出たのかはわからない。かつての私ならわかるのかもしれないけれど。


「……金ぴかとは会ったことないはずなんだけどねぇ。何でだか、コイツは信頼できるって本能が囁いてるのさ」


そう言いながら振り返った彩華さんはとても綺麗な微笑みを浮かべていた。……頭を泡だらけにしながら。



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