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一日か二日かお世話になった宿屋は街の端にあったため、移動の時に何かと不便だ。なので今日から街の中心にある宿屋に移さないかと昼食時に提案され、事情を説明するため宿へ戻ることに。
宿屋の人は、突然のことにも関わらず笑顔で手続きをしてくれた。そればかりか、希望する条件を聞いた上でおすすめの宿屋を紹介してくれたのだ。
「中心地だと……そうですね、一服亭がおすすめですよ。さえずり亭も良いのですが、一服亭の方がお気に召すかと」
「ありがとうございます。夕方、荷物を引き取りにまた顔を出しますね」
一服亭ってなんだか変わった名前だなぁと思いつつも宿屋の人がおすすめしてくれるから良いところなんだろうなと期待に胸を膨らませながら、第一の目標であるギルドへと向かった。
「情報が増えてるか確認したら、宿屋の方を見に行ってみようか」
荒事が多そうだけれどガヤガヤとした空気が嫌いじゃなかった私は少しだけ楽しみにしていた。
「ありゃ、案外人いないね」
が、二人で訪れたギルドは昨日よりも閑散としていた。理由は単純、中にいる人が少ないのだ。
「……昨日はあんなに人がいたのに」
小声で傍らのイクスさんに囁けば、彼女はうんと一つ頷く。
「街中歩いてる時、武装している人たちを見かけなかった? 流石に重装備の人はいなかったけれど、多分私たちみたいに迷子の目撃情報を探してるんだろうね」
昨日いたような血気盛んな男性たちは少なく、ギルドにいるのは依頼を受けに来た人や何かしらの情報を互いに交換している人たちが多く見られた。
「あ、情報が更新されてる」
普通の依頼とは異なる、少々特殊な依頼のみを紹介しているという小さな掲示板に近付けば、昨日イクスさんが受けた依頼と同じものがこれ見よがしに貼り付けられていた。
昨日は貼られていなかった……つまり、重要視されていなかったということ。けれど、それがここにあるということは。
「『ベルトゼの街の子供たちを狙うものの情報求む。尚、事件の黒幕と思われる存在が目覚めたという情報があるため、気を付けるように』……って書いてありますけど」
黒幕みたいな存在というとマルガさんの言っていた吸血鬼のことだろうか。でも、最近墓が荒らされて死体が持ち出されたからといってそういう風に決めつけるのもどうなのか。
それに、詳しい日時までは分からないけれど子供たちが行方不明になってから墓荒らしが発生したようなのだ。それに墓が荒らされたとなれば親は絶対子供たちを外に出さないだろう。
「何にしても情報がないとね。とにもかくにもまずは話を――ってあれ、もう一枚小さい依頼がある」
イクスさんの言葉を受けて掲示板をよく見ると、大きく貼られた依頼の右側に小さな紙が貼り付けられていた。
「えっと、『歌う花』の発見?」
何とも奇妙な依頼だ。依頼主は一服亭という宿屋の主人であるサイカさん……ってここ、後で私たちが行こうとしていた宿じゃないの? 同意を得るためにイクスさんの方を見やると、彼女は依頼書の一点を見つめたまま静止していた。
「サイカ? サイカって、確か」
「イクスさん?」
「……えっ、何?」
何やら思い詰めた表情をしている彼女の肩に手を置けば、一瞬の間こそあったものの普通に返してくれた。
「こっちの依頼も気になるね。花が歌うってどういうことなんだろう」
「はい。ただ、多くの人間が見たであろうこの依頼、誰かが受けたような形跡がないのが気になりますね……」
行方不明事件の依頼に隠れるように貼られていたとはいえ掲示板だって大きくはないのだ、普通は誰かしら気付くだろう。
となると単純に行方不明事件の方に力をいれているのか、この歌う花というものは余程見つけにくいのか。
「いやいや、宿屋の主人が偏屈なのかもしれないよ?」
「まさか、そんな」
目を見開いて否定すると、イクスさんは片目を瞑ってみせる。……ああ、冗談ですね。
「偏屈ではないから大丈夫。それよりも、この依頼はギルドも重要性が高いと認識しているみたいだから、歌う花とやらが単純に見つけにくいんじゃないかな」
「成る程……」
自信満々に言い切る姿に一抹の不安を抱いたものの、まぁ悪いようにはならないだろうと思う。思いたい。
「事件に関しては思ったより多くの人が調査しているみたいだし、あまり気負わなくてもいいかもね」
「子供たちに何事もなければ良いのですが……」
今も足取りがつかめない少年少女が、早く見つかりますようにと願いながら私たちは扉を開けて、一服亭へと向かうのだった。
イクス「仔牛の煮込みが死ぬほど食いたかったんだ! もう半年もまともなメシ食ってねぇ、やってられっか!」