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「こちらです」
本を抱えた彼女は私にヤキを入れるだとかはせず、普通に地図の棚へと案内してくれた。
「あ、ありがとうございます」
群青色の背表紙の本を手に取れば、運がいいことに街の工場区の見取り図が載っているようだった。ぱらりと捲る度に『こんな工場もあるんだ』と驚く。
一際大きいのは食品加工を主な業務としている工場と倉庫業を営む会社の建物のようだった。これは何かの参考になるだろうか。
「……」
うん、……隣からの視線がものすごくて全然集中できない。何でこんなに見られてるのだろうか。やはり命的な意味でロックオンされているのだろうか。
そう思いながら恐る恐る視線の主に目を向けると、淡い金髪を揺らして首を傾げてみせた。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私はこの図書館の司書を勤めているマルガと申します」
いや違う、自己紹介してほしかった訳じゃ……って。
「ギルドの人じゃないんですか!?」
昨日、ギルドの受付嬢やってたのに? えっ、なんか冗談でもなさそうだし。
「あれは手伝いをしていただけです、回された業務も初心者向けのものですし」
手伝いでそんな依頼の報告とか任せちゃって良いのだろうか。
「そっかぁ……」
「結構あっさりと納得しちゃうんですね」
まぁ疑ったってしょうがないし、何か理由があってのことなら他人が干渉すべきではないだろう。そもそも私は私の身を守るので精一杯だし。
「それで貴女のお名前は?」
「フェンです」
フェンさんですか、と呟いた彼女は何処か面白いものを見るような目でこちらを見つめてきた。あの、なんだか獲物を狙う肉食動物みたいなんですけど。この場合私は捕食されてしまうんですけど。
「イクスさんでしたっけ。あの方も中々に強そうでしたけれど貴女はもっと強そうだなと思いまして」
もしかしてこの人、戦闘狂なのだろうか。勘弁してほしい、私は実は実力を隠しているだとかそういうことはないはずなので。
「最初はあんな素敵な方にツレがいるなんてって思ってたんですけどね。貴女から血の臭いがするのに気付いてからは寧ろ貴女にしか興味持てなくなりましたよ」
やや鋭い犬歯をちらりと見せながら含み笑うその様子は恐ろしくも艶やかで思わず生唾を飲み込んでしまった。いや、それよりも。
「血の臭い……?」
えぇ、と笑みを深くした彼女……マルガさんは近くにあった椅子に腰かけた。私もその斜め前に座る。机を挟んでいるからかほんの少しだけ落ち着いた。
「大分古いものですけどね、恐らく十年は前のものかと」
それは人間の血なのか、とは怖くて聞けなかった。それで肯定されれば私は過去の私を否定してしまうだろうから。
「その頃だと丁度、ギルドと帝国との争いが頻繁に繰り広げられていましたし、昔旅人だったならば何人かは致し方無く斬り捨てていたとしてもおかしくないですから。猟奇犯とかでない限りは大丈夫だと思いますよ」
「……そうですか」
余程私は情けない顔をしていたのだろうか。マルガさんは必死に慰めてくれる。けれどそれはフォローなのだろうか。いや、フォローじゃないよね。
「イクスさんも素敵な女性ですけれど、貴女のような穏やかそうな方が実は過去に殺戮を……なんていうのも素敵ですね。やはり獣人は強い者に惹かれるというのは本当だったのでしょう」
なんて、身を震わせている彼女だが……これもフォローではないだろうなぁ。