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彼女の旅路  作者: 寝歩き
銀色と金色の邂逅
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これは古くから語り継がれている、とある竜の話だ。


その竜は空を統べる竜王の十番目の子として生をうけた。その身を鎧うは紅き父と異なる黄金の鱗、それを見た民は喜び涙を流す。


それは古くより伝えられし偉大な王の色であった。



「――皆の者、この子こそが我が後継者だ! 」



竜王も身を震わせ、天を裂くほどの喜びを現した。……しかし後に下された一つの予言が王を狂わせ、民を悲しみに嘆かせる。


『王を継ぎし子、王を喰らいて王座に就く也』と。


竜王は季節が一巡りした頃に苦渋の決断をし、自身とは異なる黄金色を持つ十番目の子を人間たちの住まう世界へと追放した――。




「我が子ではなくその予言を信じた竜王は悲しみに暮れながらも、我が子を人間の世界へ追放したのです」


夕方、五時になったことを知らせる鐘が鳴った。丁度読み聞かせも終わったのでパタンと本を閉じれば、私の周りにいた子供たちが思い思いに伸びをしていた。


周りからは田舎だと言われている村の寂れた教会。ここでは六日に一度……一月に五回ほど、子供たちを招いて読み聞かせをしていた。今日はいつもと違って童話ではなく、この世界に伝わるという少し悲しい御話を読んだのだけれど。


「フェンねーちゃん、竜の子はそのあとどうしたの?」


「ねぇねぇ、竜王さまの国はどこにあるの?」


子供たちはどうやら、興味を持ってくれたようだ。……絵本に書かれていないことを聞かれても困ってしまうのだけれど、寝ないで聞いてくれてたのだしありがたいか。


「竜の子は他の物語に出てくるんだっけなぁ。高い高い空の上に竜の国はあるのだそうよ。雲よりももっと上にあるような、気球でもいけないところに」


「へー、すっごい高いんだね。だれもいけなかったのかなぁ」


数年前にここに流れ着いてからというもの、村の人たちのお陰で穏やかな日々を過ごせている。どこの誰とも分からない私を助けてくれたくらいなのだ、感謝してもしきれないくらい。だから少しでも恩返しをしようと、暇をもて余す子供たちに物語を読んであげている。


とはいえ、作物を収穫するには老若男女問わず村人を動員させなくてはならないために読み聞かせが出来るのは村人全員が体を休める日だけなのだが。


「多分ね。誰も見たって言わないからたどり着けなかったんだろうね」


「そうなんだ。今日もありがとう、おねえちゃん。次は竜と旅をしたって人のお話してね!」


竜と旅をした人……確か王国を旅してまわった人だったっけ。年齢も性別も何もかもが不明だったその人は、仲間内でも常にフードを被って素顔をかたくなに見せようとしなかったと書物に記述があった事から醜い傷跡でもあるのかもしれない。


私がこの村に来てから伝承やら何やらは数多く読んだのだけれど、その人に関しては驚くほどに文献がすくなかったのを思い出す。……何か制限でもかけられているのだろうか。


「おねえちゃんの声、すっごい綺麗で聞き取りやすいから好き」


……まぁ、お話の一つや二つを追加するのは問題ないだろう。子供たちがもっと読んでとせがんで延長してしまわないように気を付ければ良いのだし。


「ふふ、ありがとうね。その代わり、リーア。村長さんのお手伝いはきちんとするんだよ? 村長さん……リーアのお母さんが疲れちゃうからね」


笑顔から一転、嫌だなとでも言いたげな膨れっ面をみて苦笑い。嫌がってはいるけれど大事なことだし、赤毛の彼女は何だかんだできちんとやるのだろう。その首は縦に振られて、赤色をした三つ編みが揺れた。


「わかったよ、やる」


各々の住む家へと帰っていく子供たちを見送ってから一人教会に戻る。私がやってきた当初から神父様のいない教会は静かで、先程までの子供たちの賑やかさなんて微塵も感じさせなかった。


なんだか少しだけ寂しさを覚えてしまう。……夕食の支度をしようか。




「あれ、 旅人かな」


食事に使うための水を井戸から汲み上げ、一息ついていると村人とは違う風貌の人物を遠目に見かけた。村の人たちがあまりその人のことを気にしていないところを見ると、既に村長からこの村の滞在許可を得て許可証を提げているのだろう。


数年前にここに辿り着いてからこの村にはお世話になっているけれど、この村は他の村にはありがちだという排他的なところが一切ない。


宿泊施設こそないけれど時々やって来る旅人は村の人が泊めているし、私がここで目を覚ました時なんて村総出で祝われたくらいだ……いや、あれは偶々収穫祭と重なっていただけなんだっけ。


目覚めてぼんやりとしているところにあんなテンションの高い踊りを見てしまったものだから、脳が混乱していた……のは今はどうでもいいことだ。


大分近いところにいる旅人の方を見れば、どうやら地図と周りを交互に見つめているみたい。短く切られた金色の髪のその人は何かを探しているのだろう。


男性にしては珍しく軽装で革製の胸当てや金髪を包む白のターバン、革のガントレットにブーツを身につけているだけだから一瞬『これで旅なんて出来るのかな』と疑問に思ったけれど余程腕に自信があるのか。


まぁ、そのうち何処かにいくだろう。そう思った私は旅人に背を向けて歩き出す。


「あー、そこの人。ちょっといいかな」


旅人が何の目的でこの村に来たのか気にはなるけれど、水も汲んだし私には関係ないこと。それより、今日のスープは何にしようか。昨日はコーンポタージュだったし今日は野菜もとれるシチューにしようか。


「おーい、聞こえてる?」


じゃがいもとお肉、それからタマネギがあった筈。タマネギをとろとろになるまで煮て、それとは別に食感が残るように幅広に切って炒めたものをいれるとまた美味しいのだ。……それに三食くらいご飯作らなくていいから楽だし。


「そこの銀髪の人、聞こえてる?」


ん、と振り向けば、先程の旅人がすぐ真後ろにいた。さっきは顔すら視認できない程距離が空いていたのに。


「わっ、私……ですか」


かなり距離が離れていたから、てっきり誰か村人に話しかけているのだとばかり。けれどもそうではなかったようで、目を奪われる程に艶のある黄金色の髪と同色の瞳をもつその人は私を見て僅かに驚いた後、少し寂しげに微笑んだ。


「――っ」


頭の奥深くをチリリと、灼くような痛みが走った。見たこともない人なのに慣れ親しんでいたかのような、そんな気配がして。


「そうだよ。この辺りにはキミ、しか銀髪の人はいないみたいだけど」


けれどもそんな変な気配はすぐに霧散してしまった。旅人が何故か口ごもったのは少し気になったが。


「はぁ、まぁそうですね……皆さん大体茶髪ですし」


そう。この村の人たちはその殆どが茶髪。時々黒だったり灰色だったりする人もいるけれど、私と同じ銀髪はいない。他の村でも中々見かけない……らしいが、外のことを知らない私にはさっぱりだ。


「この辺りにタルーダの森ってところがあると思うんだけどさ、どっちから出れば良いのかな」


「東側の入り口から出て右に向かえばすぐですよ」


「ありがとうね、銀髪の人」


「いえ……」


感謝しているのなら銀髪の人と呼ぶのをやめてほしいとは言えなかった。旅人というのは温厚な人から短気な人までいるらしいし、この人がそうである可能性は低いだろうけど怒らせてしまったら怖いから。


「広いらしいから散策は明日からかなぁ……」


「夜行性の獣もいるそうですしそれが良いかと」


そうだよなぁ、と短く呟いた金髪の男性はポリポリと頬をかいてみせた。線が細く、肌も白いから強い感じはしないのだけれどきちんと夜の怖さは知っているみたいで。よく見れば腰の左側には短剣があった。


余計な装飾のない、簡素ながらも実用的なそれは短くとも頼りになりそうだ。……短剣というくくりで言えばだが。


「今から泊めてくれる心優しい人、いるかなぁ」


短剣一本と、装備は心許ないとはいえ増長だとか慢心している様子もない。これなら魔物に遭遇しても問題はないだろう。まぁ、私が森に木の実を取りにいくと何故か獣が寄ってこないから、私自身はあまり獣の怖さを知らないのだけれど。


村の人たちは油断しちゃダメだと言うけれど、獣の方から私を避けていくものだからどうしようもないのだ。この前はウサギにも逃げられたし……。


「きちんとお礼はするのになぁ、野宿するしかないか」


「……」


「誰か泊めてくれないかなぁ」


先程から感じる視線は金髪の男性から向けられたもの。どうやら、私さえよければ泊めてくれないかということらしい。


「いや、泊めること自体は構わないんですけれど男性は流石にちょっと」


断ると、やや驚いたような顔をしている。……まさか今までは断られたことがなくてそれで驚いているとかだったり?


そりゃあ確かにやや線が細いものの何処か高貴な雰囲気が漂っていて、女性なんて簡単に口説けそうなものだけれど。


「……私、女だよ」


「えっ」


思わず胸の辺りを見てしまう。見事な平原だった。


「ちょ、変な目で見ないでよ」


けれど、私の視線を受けて胸の辺りをおさえるその仕草は完全に女性のそれだった。一瞬、男性の体に女性の心をもつ人なのかなと考えたのは流石に失礼だったかもしれない。


……ちょっぴりの罪悪感を抱いた私は、彼女を一晩泊めることにしたのだった。



「おっふろ、おっふろ!」


借りている教会に備え付けられていたお風呂だからそんなに広くないし珍しいものでもないのに、金髪の旅人はとても嬉しそうだった。はしゃぎかたが村の子供にそっくりだ。見た目は私と同じくらいなのに。


「汚れ物はあとで洗濯しておきますのでこちらの籠に」


「はーい」


金髪の人はどうやら、ここからかなり遠いという王都からずっと歩いてきたらしい。だからかは分からないけれど全体的に砂埃にまみれていた。本人も私もその服装で夕食に臨むのは勘弁だったので、先にお風呂に入ってもらうことに。


「ね、女でしょ」


「……そうですね」


湯浴みのためにターバンをとったその人の髪は予想より長かった。といっても肩の辺りまで伸ばしている私よりも少し長い程度だけれど。キラキラとしていて、手入れをしていないというのが嘘みたいだった。


確認がとれたので、私も服を脱ぐ。胸の傷を見せないように彼女に背を向けて、タオルを体に巻いていく。先程出会ったばかりの人とお風呂に入るのか、と思わなくもないが経済的に一人一人入るよりも二人まとめて入った方が良いのだ。


一人だとお湯を沸かすのにも一苦労なので、と言えば快く了承してくれた。彼女は右の二の腕付近に巻いていた包帯をほどきながら、


「いやぁ、服装的には間違われても文句言えないしそういう風に振る舞ってはいるから良いんだけどさ」


と言う。その言葉に私は視線を胸元へと向ける。小振りながら確かにある胸と、その……男性にはついていると言われているものがついてないことから、間違いなくこの人は女性なのだろう。


防具を外し、白のブラウスなど下に着ていた服も脱いだ金髪の女性は湯船に浸かりながらカラカラと笑っている。


「先程は失礼なことを……」


髪を洗うための石鹸や水気を拭き取るための布を渡しつつ謝罪をすれば、ひらひらと手を振って見せた。気にしていないということらしい。


「仕方ないって、紛らわしいってよく言われるくらいだし。それに面倒かけてるのは私の方なんだから」


謝罪の為にお背中をお流ししましょうか、と言えば滅多にそんなことを言われないのか少しむず痒そうな、けれども(私から見たら)嬉しそうな表情で頷いてくれた。


一人で活動していると言うし、人付き合いに飢えているのかもしれないなぁ。


そんなことを思いながら、健康的な色合いの肌の上をお湯が流れていく。背中にただ湯をかけているだけなのに何故か神秘的に思えて、見惚れてしまう。土埃にまみれても尚サラサラとしていた金色の髪は今は湯のせいでぺたんとなっていた。


「んー、幸せだなぁ」


目の前にある鏡のお陰で、まぶたを閉じて気持ち良さそうにしている女性の表情が映った。名前も知らない人間に背中を流してもらうなんて、私だから良いものの後ろに立つ人間が危険な人だったら命が危ういのに……と他人事ながら心配してしまうほどに彼女の表情は穏やか。


……ん、名前? そういえば未だに聞いていなかったような気がする。


「そうだ、泊めてもらった上に図々しいとは思うんだけれど、明日辺り森を案内してくれないかななんて」


森に危険な生物はあまりいないのだが、少しばかり広い為に迷いやすいという話を聞く。子供たちは足を踏み入れてはいけないと言われているくらいなので、他所からきた人に案内は必要だろう。


「……それは別に良いですよ、明日は薬草を取りに行こうと思ってましたし。それよりも私、まだ貴女の名前を聞いていないような」


あっさり許諾されたことに驚いてか、彼女は少々目を丸くしてみせたけれどすぐに気を取り直したようで一つ頷く。


「あれ、そうだっけ。それは悪かったね……私はイクス」


「イクスさん、ですか。良い名前ですね。私はフェンと申します」


今更な自己紹介を終えてから、イクスさんは少し寂しそうに眉尻を下げて微笑んだ。私にはその笑みの理由がわからなかったけれど、イクスという名前に何処と無く懐かしさを覚えるのだった。


もしかしたら、以前子供たちに読み聞かせた絵本の登場人物の名前と似ていたのかもしれないなぁなんて思いながら。


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