ナイトチェイサー
ばらばらになった12人は、それぞれの相手と奮闘するのであった……
ー「おい雨宮! いまどこだ!」
街灯の明かりを頼りに、飯島とヤナは幅の狭い歩道の上を走り抜けていた。彼らは物陰に注意しながらも、すぐに身を隠せるように建物の脇を通っていた。
ー「4六でニケと合流後、3七へ移動……」
ー「バカヤロウ! 舞浜の指示が聞こえなかったのか!? すぐに戻れ!」
ー「しかし……」
ー「なんだ!!」
ー「つい先ほど岩波と夕日を確認しました」
ー「……二人は無事か?」
ー「……まだ息はあります」
その言葉に飯島は目を見開いた。
ー「二人とも気を失っています。夕日は頭から血を流していて、岩波は……」
ー「岩波がどうしたんだ!?」
人家を模した建造物の前で立ち止まって、自動車の陰を確かめながら、飯島は小さな声で訊いた。
ー「……右腕を失いました」
ヤナが口を両手で覆った。飯島は一呼吸おき、冷静に指示を出した。
ー「俺たちは如月と合流後、すぐにそちらへ向かう。それまでそこで待機してくれ。二人の様子に異変があったらすぐに報告しろ」
ー「了解しました。……ゆ、夕日!? おい、無茶すんな!」
無線の向こう側で、人の呻き声がした。雨宮に何か伝えようとしているが、はっきりとは聞こえない。
ただ、時々「安城」や「攻撃」という単語がくぐもった声の中に聞き取れた。
ー「どうしたんだ!? 夕日が気づいたのか?」
ー「は、はい! どうやら彼女の話によると、敵は安城の居場所を知るために二人を拷問にかけたようです!」
ー「なっ、安城の……?」
ー「奴は岩波の腕を切り落とした後無線をつなぎ、そのまま何も言わず立ち去った、と……」
ー「チィ……仲間がいるのか」
敵の目的は判らないがとにかく安城を狙っていることは確からしかった。
拷問の最中に突然立ち去ったということは、奴の仲間が安城の居場所を突き止めたのだろう。そうだとすると、彼女の身が危い。
ー「くっ……悪いが急いで生身の刃本隊に連絡してくれ! 俺たちは安城の保護に向かう!」
ー「了解しました! お願いします」
頼むから死なないでくれよ……。
飯島は無線を切って、走り続けた。もうすぐ交差点が見えるから、そこで如月と合流するはずだ。
ところがその交差点にさしかかったとき、彼は左から飛んでくる人影を見た。
「がっ……!!」
「如月!?」
そのまま車道の上を3メートルほど滑り込んだ如月は、辛うじて体勢を立て直した。
「ンの馬鹿力め……!」
「──弱い」
地響きがひび割れた道路を揺らす。
「ヒトというのはあまりにも弱い」
その重々しい声に飯島は左を向いた。
「なんなんだ、このバケモノは……」
最初に見えたのは黒い甲冑だった。
彼が視線を上に向けると次に巨大な肩幅が、最後に猛牛の角をあしらった兜が見えた。
奴は目以外を全て漆黒の鎧に包み、その目は闇夜にとけ込む黒のなかで怪しく光っていた。
優に3メートルはあろうかというその巨体は、飯島とヤナの姿を認めるとその手に鉄骨を構えた。
「クソッ、そんな物騒なモンどこから持って来やがったんだ……」
「如月! こいつは一体!?」
「司か! こいつは」
如月が言い終えぬうちに、彼らの前に5メートル近い鉄骨が振り下ろされた。
一瞬前まで彼らがいた場所を中心に、道路に激しい亀裂が走る。
「くっ……ヤナ! こいつは安城を狙ってる! お前は彼女と一緒にここから逃げ出すんだ!」
「わ、わかりました!」
ヤナが交差点を横切るのを見てその大男は後を追おうとしたが、すぐに思いとどまった。
「フン。無用なことだ。あんな小娘一人に何ができる……?」
そして如月と飯島に向き直った。
「大丈夫なのか?」
「さあな。だが彼女はC∞級だ。もしかしたら……」
彼らの目の前の敵は、その図太い鉄骨を槍のように構えていた。
結局のところ、飯島にヤナを引き留めている暇などなかった。
「とにかくこいつは俺らで相手するぞ、司! んでもって早いとこ安城の嬢ちゃんを助けに行くぜ!」
がらんとした家庭的な喫茶店のなかで飯島との無線を切り、救助を要請してから、雨宮は目が覚めて自分を責めはじめた夕日を必死になだめていた。
「ごめんなさい……っ! わたし、あいつを倒せなかった……」
「謝ることねぇって! ちゃんと横になって休んでろ」
「あいつがこっちに笑いかけながら近づいてくるから、私たちも、一体どうしたんだろうって近寄ったの。そしたら……」
「もういい。それ以上喋ったら体に響く」
「私が油断したから、岩波君は、……ひっく……」
「泣くな、夕日……。お前のせいじゃねぇよ」
「せめて、あいつを倒せなくてもせめて、ひっく、私がここに引き留めていれば……ひっ」
「お前も怪我してたんだろうが。誰だってそんなことできやしないよ」
「許して……」
「安城の居場所を言わなかったんだろ? お前はよくやったよ、夕日。誰もお前のことを責めたりなんか……」
それでも泣き続ける夕日をなんとか横に寝かせながら、雨宮はニケと視線を交わした。
ニケはいまだ気を失っている岩波の腕の手当をしていた。この二人をこんな目に遭わせた奴は、一体何者なのだろう? なぜ、そいつはここまでして安城の居場所を知りたがるのか?
そのとき、ニケがピクンと反応し、窓の外にさっと顔を向けた。
「!? どうした?」
「いる……」
「! どれくらいだ?」
「五人……いや六人か」
そう言って、ニケは夕日に目を走らせた。
「……行って」
「夕日!?」
「雨宮君!」
夕日は手を伸ばして、雨宮の二の腕をつかんだ。
「あいつには、あいつにはぜんぜん攻撃が通用しないの! あんなのに捕まったら、由羽ちゃん、殺されちゃう!」
「!!」
「だから雨宮君! あいつより先に由羽ちゃんを見つけて。由羽ちゃんをあいつから守って……」
安城が、殺される。
その言葉は、雨宮の心臓を激しく揺さぶった。
「行こう。雨宮」
「ニケ……」
「六人くらい、私ならどうってこと無い。あんたは安城を助け出すんだ」
六人くらい、とニケは簡単に言う。
“勝利の女神”の名を持つ者に相応しい自信が、彼女の言動からは滲み出ていた。
雨宮は夕日の手を離して立ち上がり、その手を握りしめて固く誓った。
「夕日、約束する。安城は俺が連れて帰る。だからお前はここで救助が来るのを待っていてくれ!」
夕日は手のひらを握り返して、再び目を閉じた。それを見届けて、雨宮たち二人は静かにその喫茶店を後にした。
ニケが店の入口を開けるとすぐ、雨宮は体を屈めた。幸いその喫茶店の前にはちょっとしたバルコニーがあり、雨宮はその壁のおかげで容易に身を隠すことができた。
彼が家庭菜園用のプランターの脇を通って店の裏手にまわる傍ら、ニケは白く塗られた木製のレトロな扉を押して道に出た。
周囲に数人潜んでいるのが、彼女には分かった。うまく身を隠しているつもりなのかもしれないが、その存在が気配としてはっきりと伝わってきている。
ニケは少し声を張った。
「どうした? 隠れてないで出てこい」
反応はなかった。
「なんだ、私が怖いのか……?」
呆れた調子で挑発する。
ニケは左に身をずらした。
途端に彼女の耳を青い光線がかすめ、後ろの扉に赤黒い焦げ跡が残った。
「サイ先輩~。ニケの相手するのとか、オレ嫌っすよ~」
ニケの右、10メートル離れた電柱の陰からいかにも軽薄そうな男が現れた。
「弱音を吐くな、シュン。お前の最大の弱点はその覇気の無さだ」
次いで、先ほど光線が放たれた向かいの塀の陰から一人の女が歩み出る。
彼女の右手から立ちのぼる白んだ煙と、ニケの背後の焦げ跡、さらにはそのコンクリートの塀に空いた穴が、彼女の能力を物語っていた。
自販機の陰、曲がり角のむこう、はたまた虚空のなかから突然、次々と人の姿が現れた。
人家の屋根の上で起きあがった男は、今しがた姿を現した透明人間を見下ろした。
「ホロウよ、貴様のその能力……こやつが相手ではうまく戦わないと失敗に終わるだろうな」
「チィ……」
「フン。心配しなくてもみんな仲良くあの世に送ってやんよ」
その男は二階建ての屋根の上から飛び降り、音も立てずに着地した。
「言うな。貴様、一人か? もう片方の男はどうした?」
「……なんのことかな」
「ふっ、まあいい。こちらはLEVEL 6,7,8が併せて六体、対するはLEVEL 7が一体。いくら貴様でも無傷ではすまんと思うぞ、ニケ?」
「6,7,8が六体……」
怪訝に眉を顰めて、繰り返す。
ニケは目を閉じ、深く息を吸ってから溜息をついた。
「はあ……。ずいぶんとナメられたもんだな」
「何……?」
誰がどう聞いても明らかな、侮辱。
敵が色めき立ち、六人分の殺気が押し寄せてもニケは一向に関しなかった。
彼女が再び目を開ける。
その瞳には紅い炎が宿っていた。
「教えてやるよ。“勝利の女神”の名が伊達じゃないことをな!」
「東君! 弓月さん!」
名前を呼ばれた二人は、向こうから近づいてくる人影に気づいた。
「舞浜さん! 他の人たちは……?」
「分からないわ。無線が通じないの!」
「ムウ……。彼らは一体何をしているというのだ」
東と弓月の二人は討伐目標のアンドロイドを撃破した後、タクトの指示に従って舞浜のもとへと向かっていた。
そしてつい先ほどヤナから「岩波と夕日が重傷」との報告が入り、その場にいるという雨宮と連絡を取ったのだった。
「で、どうだったの?」
「はい。彼の話によると二人はまだ存命中。しかし二人とも大怪我を負っていて、岩波さんは右腕を切断されたようです……」
「腕を……!」
舞浜は絶句した。
「それに奴が言うにはかの支部長令嬢が狙われているようではないか!? 全く、我々の足を引っ張りおって。けしからん!」
「ど、どういうこと!?」
「はい……。実はその後雨宮君が『安城は狙われている』と言ったんです。そこで無線が途切れたのですが……」
「どうやら、何者かがジャミングを張っているようね」
「一体全体、何が起こったというのだ!? タクトは『もうすぐ任務が終わる』と言っていたではないか!」
「……とにかく、考えるのは後。安城さんのところへ行くわよ! 彼女はまだ6五にいるはず……」
二人の顔を交互に見て、班長らしく指示をとばす。だが言い終えぬうちに、舞浜の左の方から何かが近づいてくる気配がした。
「……?」
カツン、カツン、という金属音が徐々に距離を詰めてくる。
それから幾何も経たずして、彼女達の側の小道の闇からスーツ姿の男が現れた。
「あなたは……?」
当然こんな怪しげな男になど、その場の誰も面識はない。
問いには答えず、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべながら、その男は三人に近づいてきた。
最初に異変に気づいたのは、東だった。
「血の臭いだ……」
彼が街灯のそばに出たとき、他の二人もはっきりと見た。
黒いスーツの上は分かりづらいが、胸元からのぞくシャツやその男の頬には乾いた赤黒い血がべっとりと張り付いている。
「あなたがたも安城由羽をお探しで」
「なにを……」
「これはこれは、みなさま大変物騒なものをお持ちですな」
奴は三人の武具に目を向けた。
「私とあなたがたとの間にはもはや戦う理由がないのですよ。私は目的地を知っているのでね……。さっ、参りましょうか」
不敵な笑みを浮かべながら先を促すようにお辞儀をするその男を見て、舞浜は直感で確信した。この男こそが、岩波と夕日を拷問にかけた張本人であると。
彼女は素早く弾を装填し、奴の頭に銃口を向けた。