コレクション
かの五稜郭を模して造られたアテナの盾本部。その南東に位置する櫓棟の一室に、武良野京は到着した。
「ハァ、ハァ……」
走ってきたわけでもないのに、彼の息は荒い。
「もう届いたの……ウフッ」
扉を開けて、中に入る。
目は血走り、頬は興奮で赤く上気していた。
「ああ、皆。おはよう」
恍惚した表情で、武良野は部屋の中を見回す。
その部屋のありとあらゆる場所には、大小様々の人形が置かれていた。可愛らしくデフォルメされた小さな人形もあれば、見る人をドキリとさせるほどリアルな物まである。
壁に背を凭れて座り込む男、立ったまま微笑を湛えてこちらを見つめる美少女、腕をだらりと下げて机の上に寝そべっている人形…………その一つ一つの名前を、武良野は粘っこい声色で呼んだ。
「────パンシル、モリア、アマテル、ヘイビッド、ヨロヅカ……みんなももう気付いてるとは思うけど、また、お友達が増えるんだよ」
人を相手にするときとは打って変わって、武良野はどもることなく嬉しそうに言ってみせた。
人形達が無反応でも、彼は一向に構わない。人形はご主人様の指示無しに動いてはならないのだ。
「どんな子たちかなぁ……ウフッ、ウフフッ」
意図せず笑みがこぼれ出す。ついつい涎までこぼれそうになって、彼は慌てて唇を引き締めた。
その部屋の中央には、いくつかの箱が置いてあった。鉄製の、表面を銀色に加工された長方形だ。
散らばっている人形達を踏みつけないよう慎重に移動して、武良野は箱の元にたどり着いた。
「ナブラ、ちょっとごめんよ」
そう言って、箱の側で膝を抱えていた男型の人形を脇に退かす。
そうして出来たスペースで武良野は跪き、箱の蓋に手をかけた。
その蓋は丈夫だが、武良野の腕力でも持ち上げられるよう軽い炭素繊維で作られている。彼が力を込めると、その大きな蓋はガコンと音を立てて箱から外れた。
「オホッ。こいつはイイ……」
中身を除いて、武良野は目を丸くした。
予想を上回るプレゼントを貰って興奮する子供のようだ。中に入っていた“プレゼント”を両手で持ち上げながら物色し、武良野は満足げに鼻を鳴らした。
「フフ……大岩のハゲ、結構いい仕事するね。さて、次は……」
第一の箱の中身に気を良くして、武良野はその隣の鉄箱に取り掛かった。
「……フン」
中を見て、興が醒めたかのように息を吐く。どうやら最初の箱に比べて見劣りする物だったらしく、彼は割合あっさりと蓋を閉じてしまった。
「まあ、いいや。さっきのが特別すごかっただけ……いつもはこんな感じだよ」
暴発しそうになる癇癪を目を閉じて堪え、武良野は自らに言い聞かせるように呟いた。
そうかと思うと突然、パッと顔を上げて近くの人形を見回し始める。
「そうだよねぇ。ナブラも、レミィも、みーんな最初はこんなんだったんだから。この子を悪く言うのはみんなに失礼だよねぇ」
うん、そうだよねそうだよね。と、応える者もいないのに一人で頷く。
それでようやく気分が落ち着いたか、彼は最後の箱に手をかけた。
「ごめんよぉ。もうどんなに酷い格好でも悪口は言わないからね……」
まだ見ぬ“中身”を慈しむかのように箱の蓋を撫で回す。
人形達の視線が自分に、自分とこの箱に降り注がれているのを武良野は感じていた。
無論、人形達は武良野が部屋に入ってきたときから少しも動いていないのであるから、実際にはそんなことはあり得ない。しかし瞳がこちらに向いていなくとも、人形達の“意識”が自分に集中しているのを彼は確信していたのだ。
愛おしくて堪らない人形達に見つめられるのは彼にとってこの上ない快感だった。この子達は自分のことを見てくれている。自分のやることなすこと一つ一つを気にかけてくれている────そう思っただけで全身がカッと熱くなり、嬉しさと恥ずかしさと気持ちよさが入り交じった感覚が彼の体内を駆け巡るのだった。
僕が箱を開けるのをみんな待ってる。早く開けなくちゃ───大急ぎで蓋を外した。
「な……」
太腿が痙攣するほど昂揚して蓋を開けた武良野は、中を見て絶句した。
「なに、これ……」
中にはどんな子がいるんだろう。可愛い子かな。強そうな子かな。
そんな期待に胸を躍らせて箱を開けたというのに。
入っていたのはただのガラクタだった。
「…………大岩ァ!!」
楽しみに待っていたプレゼントがこんなゴミだったと知ったとき、人はどんな行動に出るだろうか。
誰しも先ずは「馬鹿にされた」と思うかも知れない。
しかし考えてもみてほしい。武良野は直前にまともなプレゼントを二つも受け取っていたのだ。かつ、一つはこれまでになく良質な贈り物である。その上でガラクタを掴まされたとすれば、分別のある大人なら「何か理由があるのでは」と思い当たるに違いない。
事実、その無数の金屑は「どうぞこちらはご自由にお使いください」という、言わば資材として送りつけられた物なのだが、完全に狂ってしまった武良野にはそれが分からなかった。
「オラァァ! ハゲブタァ! どういうつもりだァ!!」
その場にいない憲兵中佐の名を喚き、武良野は怒り猛って立ち上がる。
「どこだァ! ぶっ殺してやるッ!!」
唾を吐き散らして彼は出口へと向かう。
床に転がる有象無象の小さなフィギュアは足で蹴散らし、等身大のリアルな人形達は腕で乱暴に押し退けた武良野は、力任せに扉を引いて廊下に飛び出していった。
右腕をギプスで固めた大川寺は、目の前で停止した自動車に中々乗り込めないでいた。
「? いかがした大川寺和麻」
逸速く乗り込んだ東秀介は不思議そうに大川寺を見やる。
「どこか具合でも悪いのか? ならば早急に」
「いや、そうじゃない。そうじゃないけどよ……」
言いつつ彼はちらちらと隣を見ている。
「……なあ、東」
「何だ」
「お前さ、遠くまで一瞬で移動したいと思ったことって、ないか?」
「は? どういう意味だ」
「学校に遅れそうなときとか、マラソンで、やけにゴールが遠くに感じられるときとか……そういう“需要”を抜きにしたって、瞬間移動ってのは人間誰しも夢見るもんなんだよ」
「ほう」
「人間が嘗て“空を飛びたい”って願ったのと同じでさ、やっぱり人類の夢ってヤツは、訳もなく叶えたくなるんだよなぁ」
青い空を見上げ、遠い目をする大川寺。
字余り。
「なるほど。大川寺殿の言うことは分からんでもない。科学というのはそのような、非現実的な夢を叶えたいという願望を糧にして発展してきたのだからな」
「だろ? そこで、だ東。もしも今、俺達が瞬間移動できるとしたら、どうだ? こんな車で何十分も揺られずに、パッと、一瞬で家に帰れるとしたら?」
「むう……それは、とても興味をそそられるな」
「だろ? だろ?」
「しかし、本当にそんなことが?」
「……東ァ……!」
要領を得ない東の反応に、大川寺は左拳を握り締めた。
その手をバッと開き、隣の女性を指し示す。
「お前の目は節穴か!? ついさっき! この人は! 俺たちの目の前で瞬間移動して見せただろうが!」
大川寺の左側には、杏色のニットチュニックを纏った女性が佇んでいた。大川寺より十くらい年上のその女性はずっと、彼らの会話を微笑みながら見守っていたのだ。
「分かるか? ディファレンシスはもう“瞬間移動”の技術を開発しちまってんだよ! テレポーテーションは最早夢物語じゃないんだよ!」
「確かに……そちらのガイア殿が先ほど瞬時にして出現したのは疑いようもないが……」
やや興奮気味の大川寺に比して、東は懐疑的だ。
「しかしそれは、ガイア殿がアンドロイドだからではないか? 我々生身の人間にもその技術が通用するとは限らんだろう」
「バカ言うな! 物を転送するのは同じじゃねえか! そうでしょ!?」
ぐるり、と大川寺は首を回し、ガイアに話を振った。
奴が突然こっちを向いたものだから、ガイアはちょっと目を丸くした。
「できるんでしょ、ガイア様! さあ、僕達二人を家に送り飛ばしてください!」
「よ、よさんか大川寺和麻! どんなリスクがあるのか……」
「てめえはすっこんでろへっぽこ御曹子!! さ、さあガイア様……」
ふらふらと歩み寄り、大川寺はガイアの腕に手を伸ばす。映画とかでよく、テレポーターの体に触れた一般人が一瞬で遠くに飛ばされるのを見ていたから、彼はそれに期待したのだ。
しかし。大川寺の指が御体に触れるや否や、髪を後ろに纏めたその女性の姿が消えてしまった。
「……!」
びっくりして、大川寺はキョロキョロと周囲を見回す。
ガイアは彼の後ろにいた。
「ほ、ほらガイア様! あなたはテレポートできるじゃないですか! だったらこの汚い野鼠にも瞬間移動は可能ですよね? ね?」
「……ええ、出来ないことはありません」
「やった……!」
「量子レベルまで分解すれば、の話ですが」
「…………それって、僕は元に戻るんですか?」
「無理です」
「んだとチクショー!!」
速攻で否定された大川寺はつい頭を抱えて悪態をつく。
しかし彼はすぐ「しまった!」と我に返り、失態を取り繕うためにガイアの足下に土下座した。
「す、すみませんガイア様……! しかしこの下衆めはどうしても瞬間移動がしたいのです。その方法さえ教えてくだされば、私ことゴミクズはあなた様が雨宮や弓月を見放したことや、未だにタクトを監禁したままなのについては全て忘れます。ですから、どうか……!」
大川寺は自らを称して“ゴミクズ”と言っているが、今の台詞を冗談抜きの本心で言っている辺り彼は相当に外捨で五味葛だと思う。
「あなた様はこうして無事に瞬間移動なさってます。あるんですよね? 体を分解しなくてもテレポートする方法が!」
「……あります」
「何!? 何ですか女神様!」
「それは、“ヒミツ”、です」
「か、可愛い! いえ美しい!」
「フフ。褒めても何も出ませんよ」
「……チッ」
人差し指を唇に当てる仕草を褒めそやした大川寺は、ガイアに本当にその気がないのを知ると一変して態度が悪くなった。
露骨に舌打ちし、膝の土埃を払って立ち上がる。
「……じゃあいいよ。そっちの方は教えてくれなくても。その代わり、」
先ほどの下等生物としての振る舞いはどこへやら、大川寺は威圧的な口調でガイアに指を突き立てた。
「これだけは教えろ。タクトはどうした」
奴の目はマジになっている。大川寺に何度もこんな目をさせたこの二日間はやはり苛烈だったのだ。
大川寺がそう問うと、ガイアはすっと目を細めた。
タクトの身柄について聞かれるのは分かっていた。これに関しては、ガイアほどの予知能力が無くとも予想は難くない。
分かっていても、こうして実際に聞かれるとやはり嬉しかった。
ああ、タクトはちゃんと人間達と仲良くしている。
あの子はやっぱり“失敗作”などではないんだ。
「……ありがとう」
「はあ?」
「……いえ、何でもありません」
怪訝な顔の大川寺に微笑みかけ、左手を軽く“ディファレンシス”の方に向ける。
「タクトは今、あそこにいます。ご心配なさらず。あの子は勿論無事ですよ」
「無事なら何でここにいない?」
「……本来ならば、クラス・ノートが壊滅した時点でタクトを解放するつもりでした。しかし直前になってニーニョとニーニャ……ユピテルの“王”からの連絡が入ったのです」
「王からのって……ディファレンシスに?」
「念のため申しておきますが、ユピテルの王たる二人も私の子供ですよ。それも、あの子達は私の最初の息子と娘。他の子達に比べても頻繁に言葉を交わし合っています」
「ふうん……そうかよ。んで、その王が、なんて?」
「……“今そこにタクトがいるなら、そのまま匿っておいてほしい”と」
「ウソ付け。何か隠してんだろ」
ガイアが答えた途端、大川寺の目がギラリと光った。全ての人工知能の頂点に位置する存在を、一介の候補生が真正面から睨みつける。
車の後部座席に座っている東は、一体大川寺は何を言い出すのかと眉を顰めた。今のガイアの発言に怪しいところはなかった。なのに何故、彼はガイアを疑る?
まるで大川寺に濡れ衣を着せられたようなガイアだが、それで憤ることは決してなかった。
それどころか、彼女は手を口元に引き寄せてクスクスと声を漏らしたではないか。
「フフッ……鋭いお方ですね。タクトですら、私の嘘は見抜けないというのに」
「あいつは能力に頼りすぎてんだよ」
「そうですね。ようく、言い聞かせておきます。やはりあなたは見た目通り、賢い方のようですね」
「怒るよ?」
「ごめんなさい……さて、質問の答えですが、」
そこでガイアは言葉を区切り、申し訳なさそうに目を伏せた。
「……それにつきましては、他言無用の約束ですので」
「……キナくせえな」
「あのような言い方をすれば、あなたなら察してくれると思っていました。……もう、これ以上私に言えることはありません」
「チッ……気に入らねえ……」
心底不愉快そうに大川寺が唸る。
彼は車のドアを開け、東の隣に腰掛けた。
「で?」
「……はい」
「そこまで思わせぶりなこと言っといて、俺にどうしてほしいんだ? あんたは今、何を考えてる?」
ドアノブに手をかけて、いつでも閉じられる状態で大川寺は問うた。
昨日の昼から今日の深夜に掛けて、ガイアは傍観を決め込んでいた。負傷した大川寺や雨宮達を保護してはくれたものの、積極的に敵を排除しようとはしなかった。
ガイアが傍観者となっているだけで、この被害である。もしも大川寺達が彼女の提示する危ない仕事を直々に請け負ったら、さらに大きな被害が出てしまうだろう。
それだけは絶対に願い下げだった。今の問いにどんな答えが来ようとも、大川寺は「断る」で切り捨てるつもりだった。
だが、
「そんなこと……聞かないでもらえますか」
意に反してガイアの返答は弱々しかった。
誑かしているわけでもない。ガイアが何を意図しているのかは今を以て不明だが、どこか自虐的な笑みを浮かべる彼女の表情には裏があるとは思えなかった。
「……?」
「……いずれ、来るべき時は来ます。その時になれば必ず分かる……」
「おい、そんなの……」
大川寺を誑かしてはいないと言えども、質問に答えられていないのは確かだ。はっきりしないガイアに大川寺が眉を吊り上げると、彼女は顔を上げて息を吸い込んだ。
「あなたは私のことを“女神”と呼びましたが……私は神である前に“母”なのです」
そう言い切って、ガイアは踵を返した。
大川寺に小さな背中を向けて、城造りのディファレンシスへと歩んで行く。最後に意味深長な台詞を残された大川寺はしばし困惑し、首を傾げて呟いた。
「結局、どうすりゃいいんだよ……?」
「こうしろ」と言われれば断る気満々だった大川寺だが、何も言われなかったら言われなかったで悶々とした感情を抱いてしまう。
何より彼は“神”とまで称されるガイアの弱気な一面を見た気がして、ちょっと気まずい気分になっていた。
ふっ、とガイアの姿が消えた。
その時ばかりは彼も「あ、いいな」と心底羨ましそうに声を漏らしたが、後は車のドアを閉めて、ガイアの思惑に思考を巡らし続けるのであった。




