これは三日目
「『おめでとうテスト』……?」
神通高校に所属して三日目、教壇から発せられた一言に教室中が騒然とした。
「おい…おまえ、知ってたか?」
「初耳だよ。やべえ、なんも勉強してねえ……」
「これが噂の……」
「ねえ……これって、成績にはいるのかな……?」
「ザワザワ………」
「……ザワザワザワ……」
「はーい、みんな。ザワザワしてるとこ悪いけど」
と、新規候補生達を混乱に陥れた張本人、 九龍琴音が口を開いた。
「今言ったとおり、すぐに始めるからね? だいじょうぶ。みんながどれくらいのレベルにあるのか知りたいだけだから。成績には入んないよ」
本日最初の講義“歴史学新説”を担当する女性教師は、候補生達を安心させるように言った。
年は若く、神通高校の四年生とそう大差ない年齢に感じられるが、その実教師としての経験はそれなりにあるらしい。親しみやすい性格からか神通高校の候補生からの人気は高いようで、今朝雨宮が教室に入るときも「リュウちゃん、今日のお昼一緒に食べよう?」と、数人の男女に取り囲まれていた。
「ほらほら、机の上は片づける。いっとくけど、カンニングだけは厳しく取り締まるから。そこんとこ、よろしくね」
指示に従い、全員が一斉に不要な物を長机の下にしまう。
九龍が試験要項を読み上げるところによると、机の上に置いてもよい物は「HBの筆記具、消しゴム、アラーム機能の無い腕時計」のみ。
最前列の窓際でモバイルな機能をもつシャープペンシルを指で弄んでいる者がいたので、眼鏡をかけた女性教師はそいつの真正面まで歩いていき、「通信機器を所持する者は例外なく処罰する」と、ニッコリ一文読み上げた。
その男は慌てて筆箱の中にそれをしまう。女性教師にお仕置きされて快楽を覚える性癖を持たないことが、そいつにとって有利に働いたようだ。
全員の準備が完了したのを見届け、九龍はA4用紙を一人二枚分、最前列に手渡した。それらが後列へ、人の手を介して配られてゆく。
「では、始め!」の合図で、教室中がペン先を滑らす音で満たされた。
制限時間は三十分。座学の講義には七十分の時間が与えられているので、この「新規候補生おめでとうテスト(歴史学)」は実に全体の半分近い時間を占めることとなる。
普通に講義を受けていたのでは、つまらないし、眠たくなる。それを考えると、こう言ったテストも悪くはない。成績には反映されないというのだから、雨宮は幾分気楽な様子で第一問に取りかかったのだった。
「はい、お終い! 後ろから回してきて」
パンパンと手を叩き、椅子に座ったまま九龍は教室を見回した。
「ねえねえ、どうだった?」
「あー。七、八割ってとこかな」
「なあ、なあ。〈生身の刃〉と〈白刃の弓矢〉が技術開示同盟結んだのって、いつだっけ? 2046年?」
「それ、世界治安環境規約のな。2068年だよ。『EU諸国がハロー、ニッポン』」
「お前ら、何? 分かんなかったわけ?」
「……そういうお前はどうなんだよ」
「ヨユーに決まってんだろが! あーやっべーわー。これわ満点ですわー」
「マジで!? 裏の三問目も解けたの!?」
「……裏?」
そんな中、雨宮は一人机の上で頭を抱えていた。
(四、五割ってとこかな。ハハッ)
虚ろな目をして、うなだれる。
(みんな、出来てんのかな……?)
お気楽に始めてみたは良いものの、てんで歯が立たなかった。
“中学校”時代はそれほど歴史が苦手だったわけではないはずなのだが、数ヶ月全く手をつけないでいるとこの様である。別に後悔はしていない。反省はしている。
ここまで出来が悪いと、さすがに周りの様子が気になってくる。つい、雨宮は右を向いてしまった。
隣に座る弓月の解答用紙が気になったわけだが……
(はあああああああぁっ!!)
か、解答欄が……
解答欄が、全て埋まってやがる……ッ!!
しっかり者の弓月のことだ。「あっちゃー、裏あったんだ。てへぺろ」なんて事はないだろう。
「みんな」の出来具合が知りたかったわけだが、みんなの代表として弓月を選んだことがそもそもの失敗だったのだ。
これが他の、それなりの候補生だったなら、今頃「え? 出来が悪かったって? いやいやご冗談を」などとくだらない冗談を交わしつつ親睦を深めることができただろうに。
(これはへこむ……)
成績には反映されない。とは言っても入学して最初のテストで、しかも中学校までの復習みたいな問題でこれほど苦しめられていては、この先ちゃんと講義に追いついていけるのかどうか不安でしかたなかった。
「はぁ……」
と、隣の席から溜め息が漏れた。
「?」
つい雨宮は左を向く。
すると隣では、腕を組んだ男が背もたれに大儀そうに寄りかかっていた。
中学校までと違い、第二研修機関での講義において、座席は自由だ。前世代で言う「大学」と同じだ。
故に今、雨宮の左隣には昨日と異なる人物が座っている。彼は眼鏡をかけていて、その細い体躯や顔立ちから容易に優等生であることが予想できた。
この優等生の様子を見る限り、というかその優等生っぽい顔立ちを見る限り、彼もテストの出来具合が良かったのは明らかだ。
右に女優等生、左に男優等生。ここで左の解答用紙までをも見てしまったなら、雨宮は卑屈になって泣き出すかも知れない。
絶対に見てはいけない。
(…………)
ご理解いただけると思うが、
人はみなしも、「見てはいけない」とされる物ほどついつい見たくなるものである。
雨宮だって人間だ。心の中で「絶対に……」と戒めた段階で、既に視線は左の男の机上に移っていた。
その瞬間、ノータイムで優等生の完全解答が目に飛び込む──かと思われたが、
その解答用紙は、やけに空欄が目立った。
「………ごめん」
「?」
「あ、いや、なんでもないです」
思わず詫びの言葉がこぼれてしまった。
仕方あるまい。ここまでの流れを整理すると「お、頭良さそう」「どれ、出来映え見てやれ」「…………(見かけ倒し)」である。勝手に優等生認定して、勝手に失望してしまったのだから、ここは謝るのが筋というものでしょう?
後ろの席から解答が送られてきた。手渡された紙の束の下に自分の分を重ね、前に渡す。
雨宮がその動作を終えたとき、隣の解答用紙も同様に前に送られた後で、無くなっていた。
「人は見かけには依らない」──そう言えば、そんな名言を小学校の時に習ったような気がする。今の今まで雨宮はそのことを失念していたようだ。
見かけ──外見のみで語るなら弓月だって、背中まで伸びるその髪は日本人離れした金色なのだ。染めているのか地毛なのかは分からないが、その印象だけで判断するなら、残念ながら、まことに申し上げにくいことに、あれだ。
だがしかし誤解はしないこと。髪の毛こそこれだが、その端正な顔立ちからは歴とした聡明さが窺える。
それに比べて左の男は凄まじい。こんな「テストで満点を取るために産まれてきました」と言われても納得の見た目なのに、今の結果を見る限り下手をすると雨宮よりも悪いのではないだろうか。いやはや世の中色んな人がいるもんだ。
「うん。みんなマチマチだけど、こんなもんでしょ」
全ての解答用紙を集め終わり、九龍はそれをぱらぱらと眺めていた。
「返却と答え合わせは次回の講義でまとめてするから。良かった人は油断しない。悪かった人はこれから頑張る。分かったね?」
教室内の候補生達は皆まさかの抜き打ちテストに疲れ切っており、誰もその呼びかけには答えなかった。
しかし九龍が全体を一瞥してもう一度「ね?」と念を押したので、渋々といった様子であちこちから「うーい」とだらしない応答の声が上がった。
昼休み、雨宮は「孤独」だった。
……だがしかし誤解はしないこと。一緒に学食を食べる仲がいないわけではない。
昨日の昼に安城が教室のあちらこちらを駆け回って「ねえねえお弁当? 違う? じゃあ学食食べにいこうよ!」と男女問わず誘ってくれたおかげで、入学二日目にして雨宮にも他の中学出身の話し相手ができていた。男女問わず、だ。
……はい? 例のあの人? ああ、昨日の昼に雨宮のことをサンドバッグにした人のこと? 彼女も一緒でしたよ。生憎席は離れていましたがね。あの人、始終怖い顔して飯を頬張ってましたから、周りの奴らにとてもビビられていましたよ。ぶっちゃけ、ざまあみろですよ。
とにかく、今日の昼もそいつらのうちの何人かとだべりながら食べる予定だったのだが、いざ食堂に来てみると予想以上に混んでいた。
したがって雨宮達は所々に点在する空席に身を詰め込むよりなく、結果として、ばらばらになることを余儀なくされたのだ。
「リュウちゃ~ん。オレ分かんないっすよ~」
先ほどから、雨宮の二つ隣の席に座る男が愚痴をこぼしている。
どうやら、生身の刃戦闘員を目指すべき候補生達が何故に歴史学なぞを学ばなければならないのか、納得がいかないらしい。
「そりゃあ、『一般常識は大事』っていうリュウちゃんの意見も分かりますよ。だけどさぁ……」
「あそこまでいくと、もう一般常識の範囲じゃない、って?」
その先を九龍が引き継いだ。
「まあね。常識常識って言っても、今の社会人のうちのいったい何割が、“京”がTOP500の頂点に輝いた年月日を覚えているのか、とか、疑問ではあるよね」
「それっすよ、それ」
我が意を得たり、と男が人差し指を突き出す。
「社会人が習ったことを忘れるのって、要は社会に出てその知識を使わないからじゃないですか。そんなものを学ぶために時間を割くくらいなら……」
「こらこら。いくら去年の成績が悪かったからって、逃げるのは良くないぞ?」
「そんなんじゃないっすよ!」と男が嘆く。
少し俯きがちに、九龍は続けた。
「なあ、如月。おまえ、何のために〈生身の刃〉になるんだ?」
「へい?」
「ちょっと重い話になるけどさ、……知っての通り、生身の刃は戦闘集団だよね。だから、入隊すれば無傷では済まされない。下手をすれば、……下手をすれば、死ぬ」
死ぬ。
食堂の喧騒の中、九龍の放ったその言葉は拡散することなく掻き消されたけれど、彼女の近くにいたごく一部の人の耳には、しっかりと、届いた。
少しの間、味噌汁を啜る雨宮の動きが止まった。周囲の人たちも何人かは同じような反応を見せている。雨宮と九龍の間に座る二人の女子候補生も、向かい合う互いの顔をちらりと見合わせた。
「如月ってさ、何のために『死ぬ』の?」
「そ、そりゃ、“人類のため”っすよ」
だが、さすがは上級生だ。候補生になりたての雨宮達とは違ってその辺りの覚悟はしっかりしている。彼は狼狽えることなく答えた。
「人類のため? じゃあさ、酷いこと言うようだけど、」
一呼吸おき、九龍は真っ直ぐ彼の目を見つめる。
「君が死んだら、人類は救われるのかな?」
「え」
「君一人が、いや、仮に生身の刃がアンチロイドに総攻撃を仕掛けて玉砕したとして、人類は未来永劫、安泰になるのかな」
「そ、それは……」
「如月、おまえ、知ってるよな? “アンドロイド”と“アンチロイド”の違い」
「知ってますって。それくらい」
「そ。なら、言ってみ?」
「……『アンドロイドとアンチロイドに違いはない。違うのは名称のみ』」
小学生でも知っている御題目だ。
「だろ? その言葉の意味することも、分かるよな?」
「えーと……」
「……一年の時、おまえ二組だったよな? だったらあたしの講義も受けてたはず。知らないとは言わせないよ」
「お、覚えてますって! アレっすよね、アレ!」
「そう。それな。朝には人類の味方の“アンドロイド”だったとしても、夕まで味方でいるとは限らない。アンドロイドを蔑ろにすれば、必ずまた新たなアンチロイドが生まれる」
「で、それが何か?」
「いいか如月。おまえ達が人類のために出来ることは、死ぬことなんかじゃない。どんなに英雄的な死であったとしても、“人類の安泰”を目的とする以上、それは犬死にでしかないんだ」
一瞬だけ視線を雨宮と女子候補生達の三人の方に向け、九龍は続ける。
「だから、おまえ達が優先すべき事は“彼ら”をよく知ること。彼らはどこから来たのか、何のために生み出されたのか、彼らに対して人類は何をしてきたのか、それを償うために、今、出来ることは……? そういうことを、本来なら演習よりも重視するべきなんだよ」
「で、でもさぁ」
九龍の説教にも、男は引き下がらなかった。
「言いたいことは分かるけどさぁ、例えば日本の〈生身の刃〉とEUの〈白刃の弓矢〉の同盟とか、世界中の対アンチロイド部隊におけるアメリカの〈無刃の大陸〉の立ち位置とか、そんなのがリュウちゃんの言う『優先すべき事』の役に立つとは思えねぇんだよなぁ」
「あー、それ? やだなあそんなもの役に立たないに決まってるじゃない」
「……今、なんと言いましたか? もう一度仰ってください」
「そういうのは、あたしの言う優先事項を外側から飾り付ける、単なる枝葉末節でしかないんだよ」
「そーなの?」
「歴史学新説で大事なのは、歴史の根底に潜む『優先事項』を汲み取ること。でもさ、だからって、どっかの誰かが昔の文献を解析して取り出した優先事項だけをつらつらと述べられても、つまんないだろ? 『かの学者はこのように紐解いた』とか『何々という日本の哲学者は、このように考えている』とかさ、それじゃあただの倫理学じゃん。歴史じゃないじゃん。だからそういう枝葉の事柄で飾り付けて、歴史を一つのストーリーとして楽しむんだよ」
「楽しむ、ですか」
「ん? どした?」
「不肖如月、これまで一度も歴史学を楽しいと思何でもないです」
話の途中でニッコリ笑って青筋を浮かべるものだから、その男は最後まで言えずに屈服した。
なるほど、流石はプロの歴史学新説の教師だ。「俺たち候補生に歴史学なんかいらねえぜ!」と吼える者のあしらい方は、とっくの昔に心得ている、ということか。
正直な話雨宮もどちらかと言えばアンチ歴史派だったので、これからこの九龍琴音の前で古を省みる学問の文句を軽んじるのはよすとしよう。
ここにはほんとに色んな教師がいるな。候補生から好かれる人、嫌われる人、講義にガチで取り組む人、自身の研究第一で講義など二の次の人。
ちょっとばかし考えが独特すぎて他の教師に叱られている教師もいれば、ここまで「教師」という言葉が似合う教師も珍しいのではないかというほどの者もいる──などと定食の白身魚フライをつつきながら思い耽っていると、唐突に後ろの席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ! ここ、あいてるよ!」
それは雨宮の脳内ブラックリストにおいて危険人物第二位として認識される女、ヤナの声だった。
「ちょうど三人分。よかったね! ばらばらにならなくて!」
ちなみに第一位は昨日の昼間雨宮を蹴り飛ばした「名前を言ってはいけないあの人」だ(今後はニケと仮称しよう)。
「別に離れてくれても構わないが」
「ひっど~い。あずまくん、そんなことばっかいってるとヤナにきらわれちゃうよ?」
「だから構わんと」
「やめろ、東。ややこしくなる」
ヤナと、東と、雨宮の知らない男が後ろのテーブルに席を取る気配がした。
「あ~あ。ヤナみたいな女の子にはあんな演習、地獄でしかないとおもうよ? せんせい達もヤナ一人にくらい手加減してくれたっていいのに、ねえ?」
「あの演習が、地獄? フン、軟弱だな」
「でもでも、タクトくんは最後までよゆうしゃくしゃく?だったよね。すご~い。尊敬しちゃう」
「あの程度の演習で余力を残したくらいで傲るなど……これが我がチームメイトであるかと思うと、本当に」
「そーいえば、タクトくんも“C∞クラス”なんだよね?」
白身魚フライに醤油をかける傍ら、雨宮は心配になった。
このチーム、大丈夫か?
こうして耳で会話を聞く限り、とても意志の疎通を図れているとは思えない。
もしもこれが雨宮が知らないだけで、後ろのテーブルでは今もアイコンタクトなどによる高度な意志のやり取りが行われているのだとしたら脱帽ものだが、ヤナと東の台詞の齟齬を鑑みるにその可能性は低い。単純に彼らのチームワークの低さだろう。
第一、会話の中心であろう「タクト」はずっと沈黙を保ち続けている。ヤナが面倒くさいのは分かるが、同じチームなのだからもう少しくらい歩み寄ってあげても良いのではないか。
と心配する傍ら、雨宮は首を捻る。
C∞クラス? 初耳だ。何だそれは?
すると、東の文句を制して以来無言だった男がようやく声を発した。
「どうしてそれを?」
「せんせいが噂してるの、きいたの。『今年はC∞の、ヤバいのが来るって』みたいなことみんなしていってたから、最初はてっきりヤナのことかとおもったんだけど。でもでも、『如月班の狙撃手で、優秀な司令塔』っていったら、タクトくんしかいないじゃない?」
「…………」
「ねえねえ、タクトくんって、どれくらい?」
「……LEVEL 6」
「へえ~、すごーい」
「どこやらの紅毛の女より一つ下か。まあ、構わんがな」
「でねでね、じつはヤナもC∞なの。一つの学年に、しかも一つの班にC∞が集まるなんて、珍しいことじゃない? これってもしかして、う・ん・め・い!?」
「………」
「………」
「…………」
「……東、塩取って」
「良かろう。受け取れ」
「それは胡椒だよ。そこの手前……そう、それ。ありがとう」
「ねえねえきいてよ! きのうのお昼にね、すごいの見ちゃったんだ!」
さっきから、雨宮の隣の女子二人組がクスクスと笑いを堪えている。確かに、これではまるで出来の悪いコメディーだ。
「すごいの? それは何だ、ヤナ。言ってみろ」
「そう? やっぱりあずまくんも気になる? じゃあ耳かして……」
うん?
妙だな。背後から嫌な予感がする。
「コソコソコソ……」
「……なぁにいぃぃ!!?」
突然東が叫びを上げた。一同の視線が奴に集まる。
「ちょっと! しずかにして!」
「し、失礼……! だがしかし、そのようなことが許されていいのか……!?」
何の話かと、気にはなる。後ろの二人とは既に昨日会っているのですぐさま会話に加わるという選択肢も無いではないが、何だかまずい気がする。彼女らには関わってはいけないような……
と、多少落ち着きを取り戻した東が、今度は普段の音量で慄きはじめた。
「教室で女子候補生の胸元に飛び込んだだと……ッ!!」
「ちょっと、待」
危ない危ない危ない危ない!!!
あまりの事に思わず後ろを向きそうになったが、それをやったら雨宮透は終了する。
何だ!? 嘘だろ? あの女、何から何まで自分が原因のあの忌まわしい出来事を、単なる日常会話のオモシロイ話題として気軽に吹聴したのか!?
なんてヤツだ! 今すぐ文句を言ってやりたいが、今の東の台詞、雨宮に聞こえていたということはその周辺にもばっちり届いていたということだ。隣の女子候補生は「やだぁ」とか「誰? 誰?」とか言ってるし、九龍は九龍で苦笑いを浮かべている。
「何と破廉恥な……権威ある神通高校も、ついに地に堕ちたか……」
「ねー? 信じられないでしょー?」
ああ、暴れてやりたい。今すぐ東を殴って黙らせ、ヤナを泣くまで問い詰めたい。しかし出来ない。立ち上がって後ろを向いた途端にヤナが「あっ!」と雨宮を指さし、「この人!この人だよ!」と喚き出すのは明白だ。
本当なら向こう側のテーブルで爆笑寸前のクラスメート共もぶちのめしてやりたいところだが、だめだ。ここは空気と同化し、背後の嵐が教室へ帰るのを待つしかない
のだが、
「雨宮透め……」
と東がその名を呟きやがった。こちらは必死に存在を消しているというのに。
近くの女子二人組は雨宮の事など知らないので「うぇ~」とか何とか呻いているだけだが、九龍の方はその瞬間ちらりと雨宮に目を向け、「き、聞かなかったことにするわ」みたいな顔していそいそと食事に戻った。ああ、僕の名前まで覚えててくれたんですね。なんて良い教師だろう。
……お母さん。
ぼく、明日から学校行きたくないな。