PGオフィス
──これで全員か?
──はい! ヤナさんは喉と胸を、ニケさんは下腹部と右腕を撃たれています!
──重傷ですね……
──上に運べ! ぐずぐずするな!
──木倉さん! ファインテクニクの安藤、東工学研究所の小野田が到着しました!
──他の奴らは! あとどれくらいだ!?
──順調に進めば五分で着きます。しかし……
──ああ、分かってる。敵に見つからないよう気を付けろと伝えといてくれ…………
目を覚ましたニケが最初に見たものは、明かりのない部屋の白い天井だった。
「…………」
顔を横に向ける。
自分の首にバンドが巻かれているのが分かった。視界の下方から線が延び、コンピューターへと繋がっている。
青白い画面のグラフは安定していた。
「…………」
ここはどこだ。
出来る限り見回しても、見覚えのある物は何もない。
細長い蛍光灯。二つだけのベッド。立ち並ぶ大小様々な機材は、眠ったように沈黙している。
離れた窓からは学校の校舎が見える。月明かりのみに照らされるその建物を見たとき、ニケは思い出した。
「……そうか……」
東が言っていた“PGオフィス”だ。彼の父親が急遽用意した、アンドロイドを治療するための指定施設。
自分には必要ないと高を括っていたが、この様だ。ほんの一瞬の油断が明暗を決した。
「……ヤナ?」
隣のベッドにはヤナが寝かされていた。
レイナによって致命傷を負わされたヤナ。奴にどこをどんな風に撃ち抜かれたのか分からないが、ヤナの周りにはニケ以上の治療機材が置かれていた。
生きているのだろうか。
確かめようと身を起こしかけたとき、部屋の扉が開いた。
「あっ。目、さめた?」
「…………」
「こーら、起きちゃダメ。いい子だからちゃんと寝てるの」
白衣を着た、背中まで届く長髪の女性は指を立ててたしなめる。
まるで子供のような扱いだ。ニケは怒りはしないが、大人しく横になるのは癪だった。
「あんたは?」
「日暮よ。日暮花菜。ここの技官で、あなたの右腕を治したのはこのワタシ」
「ヤナは無事なのか?」
「う……うん。一命は取り留めたってトコ。ちなみにあなたの右腕は私のおかげでつながってるの」
「そうか……感謝する」
礼を述べたのは催促されたからでなく、本心だ。だが日暮は不満なようで「かわいくなーい」と頬を膨らませていた。
起き上がりかけた中途半端な姿勢でいるとつらいので、ニケはとうとう横になった。
「弓月はどうした。私をここにつれてきたはずだ」
「金髪の子? あの子なら出てったよ」
「出てった……? 外にか!?」
今回の事件の原因の半分は弓月だ。彼女はなるべく敵と接触してはならない。
それなのに外に出ていった、と。信じられずニケは日暮に迫るが、「安静に」と肩を押さえつけられた。
「あの子と秀介くん、それと安城さんだったかな? あの三人は目立たないように車で送ったよ。心配しないの。ついさっき向こうに着いたって連絡があったから」
「向こう?」
「安全な場所」
それ以上のことは日暮にも分からないという。
「……回復するまでどれくらいかかる」
ニケが問うと、日暮は呆れ顔で首を振った。
「まーだ。あなたが今出ていっても、戦いに耐えられるような体じゃない」
「…………」
「でも、ニケちゃん」パソコンの前に移動し、マウスを動かす。「あなた……相当回復が早いのね? ヤナちゃんに比べて三・四倍は治癒力が高いし、意識だって、もう取り戻してる」
「……生まれつきだ」
「ふーん……」
いかにも腑に落ちないと言った様子だ。「あなたの能力、確か“感知”だったよね。それもシャットダウンしてても反応しちゃうくらい強力な」
「弓月から聞いたのか」
「それだけでも十分すごいのに、まだ高い回復力も備えてる……。一人のアンドロイドに二つの力って、なかなか珍しいことだよね」
「そうなのか?」
言われてみればそうかもしれない。ヤナ、タクト、クラメル、フレア──かつて戦った俊足のシュンや“三つの心臓を持つ男”アルラも、それぞれ単一の能力しか有していなかった。
「……いや……弓月と、雨宮は」
方やLEVEL 9の怪力プラス白金剛の練成、方や鋼の体表プラス十分間のブースト。二人はそれぞれの体に別種の能力を備えていると言える。
しかし二人はアンドロイド“ではない”。
「まさか私もサイボーグだなんてことはないだろうな」
「ん? 調べた限りそんなことはないけど……どうしたの」
何でもない、と首を振り、ヤナを見やる。
ヤナは目を閉じ、仰向けに眠っていた。こうして同じ部屋に並んで寝ていると今にも飛びかかってきそうで恐ろしいが、さきほど日暮が言ったとおりヤナの回復はニケに比べれば遅い。彼女が人を襲えるほど持ち直した頃には、ニケの体は本調子を取り戻していることだろう。
「今、外はどうなってる」
この状態では知ったところで加勢など出来ないが、それだけは知っておきたかった。
「……秀介くんの情報だと、雨宮くんが体力消耗、大川寺くんが頭を打って意識混濁してるほかは、一応みんな無事だって」
「……無事、か……」
クラス・ノートに対峙すべく動いた八人のうち、四人が戦闘不能。
死者が出なかったのは幸いかも知れない。それでも、絶望的であることには変わりなかった。
これからどうなる?
雨宮や弓月のいる所に敵が侵入したなら、最早それまでだ。相手がレイナならば、弓月の存在が多少の強みになるだろうが、それ以外なら残りの四人で勝つことは不可能だ。
もし。弓月達のいる場所が絶対不可侵の砦なら。
あちらの心配はいらない。だがその場合、奴らは確実に外にいるアンドロイド──自分とヤナを狙ってくる。
そして恐らく後者の可能性が高い、とニケは予想していた。
どちらにせよ、逸速く回復することがなによりの努めだ。日暮がコンピューターの数値を参照する傍ら、ニケは遠く離れた仲間を想い、目を閉じた。
アンドロイドたちの状態を確認し終えた日暮は、一階へ降り、技官が集まる第二集会室へと顔を出した。
「様子はどうだった?」
彼女の先輩で、PGオフィスに二十年勤める木倉はテレビの前に座っていた。
その画面の中では昼間起こった発砲事件の報道がされていた。町のコンビニで三十歳くらいの男が発砲したらしく、目撃者がまことしやかに当時の様子を語っている。
「ニケさんのほうはかなり回復してます。ヤナさんも、明日か明後日には喋れるようなってるとおもいます」
吉報だ。それぞれ急所に磁力線を刺されたにもかかわらず、後遺症無しで完治する見込みがあるのだから。
しかし木倉は顔を緩めなかった。
「車での移動には耐えられそうか」
「それは……なんとも」
ここPGオフィスは、クラス・ノートとの戦闘でアンドロイドが倒れたときの“受け入れ施設”の役目を果たすよう東高廣から通達されていた。
東工学研究所の他の提携社からの協力も得て、与えられた役割はしっかり果たしたと日暮たちは思う。
アンドロイドの治療は済んだ。それなら、ニケたち二人は直ちに東工学研究所に移さねばならない。それはなぜか。ここよりも東工学研究所のほうが警備が厳重だからだ。
「今さっき東所長から連絡があったんだけどな……少し急がなきゃならないかもしれん」
「と、いうと?」
移動は早ければ早いほどいい。それは確かだ。だが怪我人に無理をさせて症状が悪化してしまってはいけない。
急ぐとはどういうことか。まさかここの場所がばれたのか、と日暮は戦慄した。
「──生身の刃が繋がっている可能性がある」
しかし木倉が発したのは予想もしない一言だった。
「生身の刃……? どういうことですか?」
「今俺たちが……ニケさんたちが相手にしてるクラス・ノートと、生身の刃がつるんでるかもしれない」
東高廣は言った。その確率は11パーセントだと。
東工学研究所、常願寺工学センターと協力関係にある“ディファレンシス”の導き出した結果だから間違いはない、と。
1割強。決して低い数字ではない。0.00パーセントが当たり前なのに、そんなにも高い確率で人類最後の希望はアンチロイドと手を組んでいる。
「絶対とは言い切れない。それでも、一時間以内にはここを出た方がいいだろうな……」
事態は切迫しつつある。
日暮は無意識に震えていた。最終的には生身の刃の出動があることを当てにしていたのに。彼らは味方であるどころか、その手でニケたちを殺しに来るかもしれないなんて。
もしそれが本当なら子供たちは一体誰が守るのか。木倉の言うことは何かの間違いだ、と信じたかった。