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生身の刃  作者: δ
第二章前編:Class Nought
33/65

毒蜘蛛

 雨宮透の姿が、消えた。

 そう思う間もなくツバサの腹に信じられないほどの激痛が走り、殴られた衝撃で彼は後方へと吹き飛んだ。


「グ、ゴホッ…!!」


 痛みに呻いている暇はない。先ほどまでツバサがいた位置で雨宮は拳を振り切っている。そして鳩尾を押さえて悶絶する相手を睨みつけると、再び駆けだした。


「!!」


 二度目はマズい──考えるより早く彼は磁界を張った。全身が金属で出来た人獸はそれを避けることもせずひたすらにツバサ目掛けて突進する。


 磁力の壁は突破された。


 ───バンッ!!


 痛々しい炸裂音を上げ、またしてもツバサは殴り飛ばされた。磁界が妨害して威力が減じられてはいたものの、やはりその一撃は重く、甚大なダメージとしてツバサに襲いかかった。


「ウオォオオオォッ!!」


 これまでとは威力の桁が違う。そのサイボーグの進撃は、最早ツバサの磁力如きで止められるものではない。彼には相手の攻撃を逸らして急所を突かれるのを防ぐことで精一杯だった。


「調子乗ンじゃネエぞ、ガキ!」


 一瞬で一つの戦力を倒されたキャップの男は怒鳴りを上げ、雨宮に向かっていった。

 男はさしたる武器を持っている様子はない。丸腰でこのサイボーグに敵うことなど無いはずだが、


「!?」


 彼ら“特異点”は存在そのものが武器。

 迎撃態勢をとろうとした雨宮の体中至る所から、細い白緑の糸が延びていた。


「ジッとしてロ!!」


 蜘蛛の糸より強靱な繊維は敵の全身を地に縛り付け、動きを制している。

 だが、その程度の罠がこの化け物に通用する道理はない。


「フンッ!」


 ヒトのそれを遙かに上回る膂力を持つ今の雨宮相手にそんな糸では不十分。軽く力を込めただけでそれらを引き千切り、突き出されたマルクの腕を掌で受け止めた。

 形勢は逆転した。今の雨宮は戦えば戦うほどより速く、強くなっていく。堅い無機物で出来たマルクの右手も、雨宮が指を握るだけで簡単に砕かれる───



 はずだったが、


「……。」

「…苦しいカ? 流石に毒ニハ勝てネエダロ?」


 男がニタリと笑い、その周りのオーラは増々濃くなりつつあった。

 毒──雨宮の手指はそれに侵されたのか、痺れて言うことを聞かなくなっていた。

 このままでは死ぬ。そう直感した彼は肩と二の腕の力だけで残りの糸を振り払い、マルクを一撃で薙ぎ飛ばした。


「クッ……」


 やっとのことで覚醒し、流れを掴みかけたところで敵の毒が全身に巡っていては思うように戦えない。その目の闘志こそ失ってはいないものの、既に瞳の紫は元に戻っており、遂に彼は膝を屈してしまった。


「…どうやら白金剛だけが取り柄ではないようだな。」


 身内を立て続けに打倒されたクラメルは、しかし、全く敵を怖れる様子もなく冷静に分析していた。


「そうか……カルヌス機関……あれに不具合があるのだな。」

「……。」


 弱点を、見抜かれた。

 今の雨宮には先ほどまでの勢いもなく、戦闘に堪えられる状態ではない。

 その上相手はあのクラメルである。雨宮の身体が「剛」ならば奴は「柔」そのもの。

 誰が見ても、負けは確実だ。


「面白い。どうだ少年。体力勝負といこうではないか。」

「…野郎……。」

「長期戦にどこまで耐えられるのか、非常に興味がある。」


 地面にのびているマルクを足で退け、雨宮に一歩踏み出した。

 戦闘が長引けば明らかに不利。どんなに重厚な一撃を喰らわせようとも、このクラメル相手では全くの無意味。たとえ雨宮が覚醒したところでC0級LEVEL 9は流石に圧倒的だった。クラス・ノートの総括者は、最後の最後にその手で任務を完了する───


「クラメル!!」


 ツバサが叫んだ直後、

 戦場に、何かが飛び込んできた。


「…!」

「あ……」


 それを止められるのはツバサのみ。

 リムジンの空いた扉から投げられた青い球「発散弾」は、クラメルと雨宮の中間で停止し、輝き、そして半径10メートルの電界を瞬時に爆発させた。







 大川寺は無事だった。いや、眼鏡は割れ頭からは血を流していたものの、とにかく生きていた。そしてツバサが離れ、敵の目が完全に黒塗りのリムジンから逸れたその瞬間を見計らって彼は最終兵器を投げつけたのだ。

 青い球の発する特殊な波長の電波は、人工知能のみを一時停止させる。地に伏すマルクや、最凶のクラメルすらもその明青の爆風に打たれ機能を止めた。


(! 今なら……)


 敵が完全に無防備な今なら止めを刺せる。

 雨宮は震える両足に力を込めた。まずはマルクを潰す───しかしその時どういうつもりか大川寺がそれを制した。


「待てッ! 雨宮!」

「何で!」

「まだ終わってない…ツバサだ!!」


 はっと息を呑み、後ろを見た。

 幸いツバサは弱ってはいた。しかし発散弾が直撃したわけでもなく未だ意識を保っている。


「クソッ…ならあいつから…!!」

「ダメだ! すぐ逃げろ!」

「馬鹿ヤロウ、何言って……」


 言い終わらない内に、覚醒の反動が彼の体を苛んだ。

 敵に向かって踏み出した足がぐらりと揺れ、倒れる。体温が低下しているのか、酷く寒気がした。マルクの毒もとっくに体力を奪い尽くしており、再び立ち上がることもままならなかった。

 血を吐いて崩れ落ちた雨宮の前で、ツバサは何とか体勢を立て直した。雨宮の連撃のダメージと発散弾の威力のせいで巧く磁力を束ねられないようだったが、今の雨宮には気休めにもならない。

 たとえツバサが手を下さずとも、彼は先の覚醒の代償を払って死んでゆくのだから。


「…!」


 動けない雨宮とそれを仕留めにかかるツバサ。その二人の間にぼろぼろのリムジンが割り込んだ。車の後部座席から、焦れた様子で大川寺が手を伸ばした。


「さっさと乗れって!!」

「待て…!」


 ツバサは右腕を上げて車を拘束しようとしたが、発散弾の影響下ではリムジン一台を留めておくほどの磁界も発生できなかった。

 大川寺の助けを借りて雨宮は車に乗り込み、既に運転席に座っていたタクトが力の限りアクセルを踏んだ。車内に避難する直前に僅かに発散弾を喰らってしまったのか彼の意識は朦朧としていたが、それでも運転には支障はないようだ。

 数々の攻撃を耐え抜いたリムジンはタクトの意志に従って一目散に“ディファレンシス”を目指して走り抜けた。特異な能力を持つ三体のアンチロイドと、明滅を始めた青い光を後にして。


 ───雨宮達はまたしても、敵に背を向けて逃げたのだった。







 第二章─後編─へ続く。

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