勝利の女神
誤字・脱字があったらゴメンネ。
一時間半ほど前、弓月は顔のないアンドロイドと対峙していた。
「ずいぶんと自信家ね」
彼らアンドロイドも人間と同じように、その個体ごとに行動パターンは変わってくる。
このような状況では、まず逃走を図るか、好戦的ですぐさま応戦するか2つのタイプに大きく分けられる。
(何かあるのかしら……)
弓月は一歩踏み出し、右手に装着された短刀を突き出した。
と同時に、相手が動き始めた。
「!?」
敵が、なにがしかの伝承者のような構えをとり、両手を前に突き出したのだ。
まるで闘気を発するかのように組まれた両の掌から、文字通り「気」が発せられた。
風の塊だ。
「あぶなっ……!」
とっさに構えた手甲で空気塊をいなしていなければ、それは体を直撃し、弓月は後方へ吹き飛ばされていただろう。彼女は戦慄した。
「こいつ、まさか……C0クラス!?」
ー「なっ、C0……“特異点”だと!?」
掌から空気塊を放つ──こんな人間離れした芸当はアンドロイドの中でもC0クラスにしかできないだろう。
アンドロイドはそれぞれの個体ごとに人間を上回るさまざまな能力を有しているが、その能力によって彼らは次のタイプに分類される。
人の持つ能力を強化したもの。
そして、
人にはない能力を付与したもの。
前者はC1クラス、後者はC0クラスと呼ばれる。C0クラスはそのトリッキーな能力から“特異点”とも呼ばれ、掌から風を発生させるといった超能力者のような業もやってのける。
ー「くっ……C0だろうがC1だろうがLEVEL 2には変わりないはずだ! 雨宮! ケルベロスどもは俺と安城にまかせておまえは弓月の……」
援護に、の言葉は無線によって掻き消された。
ー「戦闘中すみません。こちら舞浜班。司さん、応答願います!」
ー「!? みどり? 一体どうした!」
ー「こっちの討伐対象がそっちへ向かったわ。敵はC1級のLEVEL 3!」
ー「なっ、どうして!? 各班の対象はそれぞれのブロックから出ないように命令されているはずだ!」
ー「わからない! 奴は遭遇と同時に逃走して……」
弓月は敵の攻撃を紙一重で防ぎながらも、相手に決定打を与えられないでいた。
(これ以上増えるのはキツいかも……)
C0クラスとはいえLEVEL 2でこれほど苦戦しているところに、さらに強いLEVEL 3が乱入してくるとあっては形勢不利は明らかだった。
そのとき、隣の建物の陰から何かが飛び出してくるのがわかった。
「!?」
驚いて、一瞬だけ目を向ける。
10メートルを脚力だけで跳び越えてきたそれは、弓月の前に着地し、眼を赤く光らせた。
「早い……」
顔を上げたアンドロイドはすぐさま弓月を捕捉し、その強靱な足で飛びかかってきた。
弓月は次々と繰り出される空気塊に翻弄され、なす術をなくしていた。
このままだと──
「──ソォラッ!!」
弓月が大ダメージを覚悟したとき、間一髪で飛び込んできた雨宮が渾身のタックルをかましたのだ。敵はその格好のまま無様に1メートルほど吹き飛んだ。
「これで貸し借り無しな! 弓月さん、いったん後退だ!」
空気塊をかわしつつ弓月は大きく後ろに飛び退く。
体勢を立て直したとき、彼女はこちらに向かってくる四つの人影に気づいた。
「舞浜班、到着! 大丈夫ですか! 戦況は?」
「今ちょうど報告にあったLEVEL 3が介入してきたところです。……あっ!」
再び立ち上がったアンドロイドは到着した新たな敵を確認すると、分が悪いと判断したのか、背中を向けて逃げ出そうとしていた。
「マズい……。追うよ!」
舞浜みどりは急いで後を追う。
だがそのとき、彼女たちの目の前に飯島班の討伐対象が立ちはだかった。
「くっ、コイツ、なんなの!」
「こちらの討伐対象です! 好戦的で、掌から強力な空気塊を放出してきます!」
「特異点……!?」
「あいつは私が追います。こっちの討伐をお願いしてもいいですか!」
「なっ……」
「いいよ。行って」
「ニ、ニケ!? あなた……」
それまで逃げてゆく討伐対象を面白くもなさそうに眺めていた一人の女が、急に口を開いたのだ。
腕に取り付けられた遠近切り替え可能なアタッチメントを見る限り、彼女は舞浜班の遊撃手なのだろう。肩にかかる長さの紅い髪を片手で払いながら、弓月に言った。
「足、速いんだよね」
「え、ええ……」
「こいつは相手するから。……舞浜さん。指示を」
「……わかったわ。舞浜班! こっちはニケにまかせて、私たちは彼女のサポートに回るわよ!」
舞浜は少しの間逡巡する様子を見せたが、やはりその時間も惜しいのだろう。すぐに頷き、他の班員に指示を出した。
彼女たちが向こうを追う間、気砲使いのアンドロイドは先ほどと同様に両腕を構えていた。
戦う相手を見極めたのだろう。じりじりとニケのほうに近づいている。
「あんたは……?」
「君、雨宮くん、だっけ」
「ど、どうして……」
「露払い、まかせたよ」
「? ……っと!」
二度も背後を許すわけには行かない。雨宮は身をかがめつつ腕を振り、飛びかかってきたケルベロスを短刀で切り裂いた。
ー「飯島さん! ここからだと十分な狙撃支援ができません。場所を変更します!」
ー「ああ! 気ィつけろよ!」
飯島班長と安城の手を逃れたケルベロスが雨宮たちの周りに集まりはじめていた。そのうち何頭かは表面に張られた人工の毛皮がところどころはがれている。
雨宮が次々と襲い来る獣を破壊していくなか、ニケは敵前まで進んでいた。
「空気塊、ね……」
相手を吟味する素振りを見せながら、じっくりと間合いを詰めていった。
一切の構えを取らずに。
「どうした。好きなだけ撃ってきなよ」
軽く両手を広げ、挑発する。
言われるまでもなく、相手が間合いにはいった瞬間、敵は気砲を放った。
その気塊はニケの左肩に命中した。
そして肩を覆うように広がる。
かと思うと、襟をなびかせて背後に消えていった。
「へたくそ。ちゃんと当てろよ」
ニケは今の攻撃に堪えた様子はない。何事もなかったかのようにせせら笑った。
敵は再び構えを取る。
さらに強力な空気塊を生成し、今度は相手の腹部に向かって発射した。
ニケは体を少し斜めに引いたものの、そんな小さな動きでよけきれるはずもない。これも命中した。
が。これもすぐさま受け流された。
「効かないな……」
気砲を放った姿勢のまま、敵の動きが止まった。
確かに今、空気の塊は放たれた。そしてそれは、相手の体に当たったはずだ。当たったなら、奴は後方に吹っ飛ぶはず──
──だが、紅い髪の女は無傷。
何でもない表情で、一歩近づいた。
自らの武器を立て続けにかわされたアンドロイドは、いまや暴発し、ところかまわず攻撃した。
おかしい。そんなはずはない。流体理論上、これが命中すれば奴はかなりのダメージを負うはずなのだ。
ニケの足に、腕に、顔に気塊がふれるたび、服が踊り、髪がはためきはする。
だが、その全てがニケの体の線にそって後ろへながれ、風となって消えていった。
「フッ」
余裕の表情とともに、さらに一歩踏み出した。
「いくらエネルギーが高くても、しょせん空気は空気。急所にさえ当たらなければ、こっちは痛くも痒くもないんだよ……」
すでにニケは、完全に敵との間合いを詰めていた。
「いいか。よく聞け」
右手に装着された短刀を銃身に組み換えて、その銃口を恐怖に震える相手の眉間に向けながら、言った。
「圧倒的に強い相手に出会ったときはな、逃げるんだ。あいつみたいに」
そして、引き金を引いた。
毎年適性試験は行われるのだが、ここまで不測の事態が連発するのはこれが初めてではないだろうか。まして、あれほど力のある者がここに配属されるなど……。
昼も暮れかかったころ、飯島司は考えを巡らせていた。
「飯島班長」
急に呼ばれて、彼は我に返った。
「お、おう……どうした?」
「今日のミッションのあのニケとか言う奴……あいつは一体……?」
「ニケ、か。俺も詳しくは知らないんだけど、噂ならいくつかきいてる。ます確実なことといえば、C1クラスのLEVEL 7で、感知能力に秀でている、といったところかな」
雨宮は耳を疑った。
「C1……! ということは……」
「そう。アンドロイドだ」
「そうか、それで……」
「ああ。俺たちがあのとき戦闘中で、4三地点にいることがわかったのも、彼女の能力だろうね……。それにこれも噂なんだけど、彼女はLEVEL 7でありながら、他のLEVEL 9のアンドロイドとも互角以上に戦えるほど戦闘スキルが高いらしい。まぁ、雨宮は間近で見ていたからわかると思うけど。要は実戦慣れしているということだね」
「…………」
「……ふつうあれほど有力なアンドロイドは研修機関へ入らずに直接〈生身の刃〉に配属されるんだけど……まあ、いいや。そこんとこ、君たちあとで訊いといて」
「「「……えっ?」」」
言われた意味が分からず、三人同時に目を丸くする。
「? ブロックが隣の班だったから、同じクラスになる可能性高いんじゃない?」
「「「はっっ……!」」」
ここにきて、この三人はやっとこの事実に気づいた。
そうなのだ。この神通高校に合格した以上、来週から彼らは最強のLEVEL 9をも凌ぐ化け物とともに高校生活を過ごさねばならないのだった……。