Platina Sword
「ヤナさんの、仇……」
弓月が呟いても、ニケは応えない。彼女の目はレイナを見据えたままだ。
「お前らなんかに弓月は渡さない。」
そう言い放って、彼女は弓月とレイナの間に立ち塞がった。
「どうして?」
「…何?」
「どうして、邪魔ばっかりするの?」
次第にレイナの目が赤くなっていった。その目は、怒っているのか、怯えているのか。力を行使するのを、怖れているようにも見える。
「仲間にならないと、千晴も狙われるんだよ?」
「それがどうした。」
「ねえ…千晴! 姉さんと、一緒に来ない?」
呼び掛けられて弓月ははっと我に返った。レイナと、ニケが、二人ともこちらを見ている。
最初に口を開いたのはニケだった。
「…弓月。」
「……。」
「確認だ。お前はこいつらについて行きたいか?」
前に視線を移した。レイナは、まるで哀願するかのような目をしている。
一時は、もっと話していたいと思っていた。一緒に暮らしてレイナのことを知りたいとも思っていた。
自分と同じように、いや、自分なんかよりもっと苦しい時間を過ごしてきた姉と慰め合いたかったのかもしれない。自分の代わりにヴィーナスの餌食になってくれた人に、報いてあげたかったのかもしれない。
でも、今は……
「…レイナ。」
「千晴…。」
「答えて。ヤナさんを、どうしたの?」
「……。」
でも今は、彼女は敵だ。雨宮の命を狙う、ヴィーナスの一人だ。本当に、姉なのかもしれない。それでも、敵対していることには、変わりない。
レイナは目を逸らした。瞳から発せられる茜色も萎縮し、弱まっている。目を逸らしてから、彼女は言った。
「私は悪くない。」
「え?」
「全部、千晴のため……悪いのは私じゃない。」
「ねえ…ちょっと待ってよ!」
「あいつが悪いんだ……」
「答えて! ヤナさんは、どうなってるの!」
「あいつが邪魔なんかするから! 早くしないと千晴が危ないのに、あいつが…!」
「…っ! レイナ!!」
「決まりだな、弓月。」
話を遮り、ニケは銃身に弾を装填した。
「…まずはこいつを倒す。それから安城たちの所に行って、フレアとかいう奴を始末するぞ。」
「待って…千晴!!」
レイナの悲痛な訴えは、ニケの銃声によって掻き消された。
ニケの右手から放たれた弾丸は、しかし、レイナに着弾することなくその手前で粉々に打ち砕かれた。
「ちっ…」
「千晴! 助けて!」
「どこ見てる。こっちだ!」
二度、銃声が轟いた。
ドン、ドンッ!! と銃弾を二連発し、その二発の弾が打ち砕かれる前に滑らかな動作でニケはアタッチメントを刀身へと変型させる。
そして、弾丸の破片が地に落ちるより速く、稲妻の如き動きでレイナとの間合いを詰めた。
「助けて、だと? どの口が言う。」
相手の胸ぐらを左手で縛り上げ、切っ先を喉に向けてニケは唸った。
「弓月の友達を殺しておいて、よくもそんなことが言えたな。」
「う……」
「ヤナはC∞……お前相手に、為す術もなかったはずだ。」
「放して……」
「無抵抗の相手を、殺したのか?」
「ち、ちがう…!」
「いいや、違わない。お前はヤナを殺した。大方、弓月を引き込むのだって雨宮殺しを円滑に進めるためなんだろ?」
「やめて…そんなんじゃない……」
「お前らはそういうのが得意だからな。」
胸ぐらを捕らえていた手で今度はレイナの髪を鷲掴みにし、首を上に向けて相手の喉を露わにした。そのままニケは刀身に力を込めた。
「死ねっ!!」
何でこうなるの……
私のせい?
私が悪いの?
違う。
自分は、間違ってない。
違う。ヤナは、無抵抗なんかじゃない。
違う。千晴の友達を殺したい訳なんかじゃない。
違う!
ただ妹といたいだけなの!
違う!
違う!
「───違う!!」
アダマンタイトで造られた刀身が、簡単に、氷でも砕くようにして、割れた。
高密度の磁力線はニケの直刀を切っ先から粉々に砕き、腕に装着されたアタッチメントまでもが吹き飛んだ。
「ツッ!!」
手を離し、ニケは大きく後ろに飛び退いた。弓月の目には見えないが、ニケが右に、左に跳ぶたび、彼女がいた場所にはコンマ一秒と間を置かず無数の磁力の凶弾が放たれていた。
「ニケさん!」
ニケほどの感知能力、反応速度がなければ、彼女は既に蜂の巣だっただろう。だがそれでも、今も相手の攻撃を避けるのに精一杯で、ニケにはレイナに反撃を喰らわせる隙などなかった。
「くっ!!」
弓月は走り出した。レイナがニケを攻撃している間に、自分が──幸いレイナはこちらを見ていない。歯を食いしばって、ニケに集中している。今なら──
弓月が近づいた途端、ニケが反応した。彼女は慌てて叫んだ。
「来るな!!」
一瞬の、その隙が。それが、命取りだった。
───ドンッ!!
「か、はっ…!」
「ニケさん!!」
敵の磁力が、腹部に直撃した。その反動でニケは後ろに弾き飛ばされ、砂利を辺りに撒き散らしながら地面を滑った。
「ぐ、うっ……」
思わず立ち止まった弓月は、ニケが腹を押さえて呻いているのを見た。あのニケが、負け知らずのニケが、倒された。自分のせいで──?
「千晴……」
そうかも知れない。自分がもっとよく状況を見極めて、出るべきタイミングを誤らなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。
でも、この人は、レイナは、ヤナさんを殺した。たった今、私の前で、躊躇なくニケさんを撃ったのはこの人だ。
そして、これから雨宮君も──
「許さない……」
絶対に、許さない。
怒りを、その激しい憤りを刃に乗せて、腕を振るった。
そのとき、腕から突き出る鉤爪が大きく伸びた。腕を振った勢いに従って、細く、長く形が変わり、それは見事な諸刃の剣の姿をとると、腕と繋がっていた部分から静かに離れた。
弓月は、それが地に落ちる前に素早く柄を握った。手には、白金の、鋭い刀が現れていた。刃の腹は赤い光を反射している。弓月の怒りが込められた、瞳の緋色だ。
「レイナ!!」
自分がどうやってこんな物を呼び出したのか。そんなことはどうでもよかった。
何をすべきか、この刀をどう扱うべきかは解っている──目の前で立ち竦んでいるレイナを、仲間を手に掛けたこの人を───
「───アナタを、倒す!!」




