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生身の刃  作者: δ
第二章前編:Class Nought
26/65

束の間の逃走

 Fマート神通支店。

 そこは交差点の角に設置された、広い駐車場を持つコンビニエンスストアである。

 今日は偶然良い天気で、偶然ながら客も普段より多く、そんな日が偶然にも午後放課と重なったために、雨宮は珍しく平日の昼間に混み始めたFマートに居合わせたのだった。

 そして偶然か必然か、そのコンビニには彼の抹殺を指示された男も、いた。


 彼はアンチロイドだった。雨宮が辛くも相手を押さえ込んだそのとき、男の念力に似た能力が彼の体重を無効化し、体が呆気なく宙に浮いた。

 暴れれば暴れるほど体は回り、大地が遠くなって行き、果てのない空へと落ちてゆく。

 大勢いた人々もすでに逃げ去り、地上の赤い目をしたアンチロイドを止める術は皆無。万事休すかのように見えた。


 そのときだった。異常な速さで走るリムジンが、閑散な駐車場に滑り込んできたのは。







 雨宮は猛スピードで介入してきたリムジンに気付き、首を回してその運転席を見透かした。


「…タクト!!」


 立派に磨かれた車体はその速度を保ったままアンチロイドめがけて猛進した。

 地上で雨宮を見上げていたその男はタクトの運転する黒い車を、軽く飛んでかわした。


 ──キ、キ、キキーッ!


 アスファルトから焦げた煙を上げ、横滑りしながら急停車した。タクトが後部座席に向かって何か叫ぶより早く、後ろ側のドアが開いた。


「これでも喰らっとけ!」


 上空に浮遊したままの男に何かを振りかぶる人物を、雨宮は信じられない思いで見た。

 そいつは、大川寺だったのだ。

 数十分前に別れたばかりの大川寺は、斜め上に向かって手に持っていた物を投げつけた。


 群青の球だった。その金属質な球体は放物線を描いて遠回りすることなく、男の方へと一直線に飛んでいく。


「……。」


 敵は、黙って片手を上げた。

 大川寺の投げた球が本当に金属ならば、雨宮を拘束しているのと同じ力で難なくそれを受け止めるだろう。指一本触れることなく。


 だが、次の瞬間


「…!!」


 男の手前で停止した球体が、一際青く輝いた。

 男が目を見開き、下ろしていた方の腕を慌てて上げたのはそれと同時だった。


「?」


 「何か」を始めようとする青い球と、その「何か」を全力で止めにかかる能力者。雨宮には今、目の前で一体何が起こっているのか全く把握できなかった。


 体に重さが甦ったこと以外は。


「うおおおおっ!!?」


 高さ5メートルから、突然落ちた。

 上昇の恐怖に比べれば自由落下は一瞬のこと。断末魔の途中だというのに彼の体は地面に叩きつけられ、機械化されていない体中の器官という器官が彼の代わりに悲鳴を上げた。


「う、えっ…」

「雨宮、乗れ!」


 上空3メートルではまだ見えない抗争が続いている。その隙に駆けつけた大川寺が雨宮の肩を担いだ。


「重っ……」

「うるせえ離…う、ゴホッ」


 反射的に腹に力を込めたために咳込みながらも、大川寺が投げた物体が敵を食い止めている間に彼らは車に逃げ込んだ。


「乗ったな? 逃げるよ。」


 大川寺の後に続いて雨宮が崩れるように乗り込んだのを確認して、運転席のタクトはアクセルを踏み込んだ。その踏み方があまりにも急であったので、リムジンはリムジンらしからぬ唸りを上げて急発進した。


「うおっと!!」

「シートベルト締めてろ。」


 乗り込んで息つく暇なくシートに押し付けられた雨宮は、喋ると舌を噛んで痛い思いをしそうなので、ここは文句を言わず黙ってシートベルトを締めることにした。


 車が再び走り出してから数秒と経っていないはずだが、Fマートの駐車場は既に遠く離れていた。後ろを振り返ると、今にも爆発しそうな明青を相手に男はまだ奮戦している。

 もう遠すぎて細かいところは見えないが、前に出した両手で光を包み込もうとしているのは判る。青い光の中では男の目の赤色が対照的だ。

 雨宮を持ち上げていられなくなるほど、その球の威力は凄まじいものなのだろう。今も彼は、球の爆発を抑えるのに精一杯で、逃げゆくこちらに注意を払っている暇はない様子だった。


「発散弾だよ。周囲の電界を爆発させて、人工知能を一時的に麻痺させる。」


 巧みなハンドル捌きで車体を操りながら、タクトは前を向いたまま言った。雨宮が敵からタクトに目を戻すと、今度は隣に座る大川寺が言葉を続けた。


「そ。車体が電磁シールドになってるから、外に投げれば周りの機械だけを止められるってわけ。この車ん中、あんなのがまだあるんだぜ。見ろよ。」


 彼は助手席のシートを叩いた。

 するとその中央が手前に倒れ、中から先ほどの青い球が現れて、タクトが嫌な顔をした。


「おい…」

「わりぃわりぃ。すぐしまうって。」

「すぐに。」

「その爆発を止めるために、あいつは俺を放棄した、ってことか?」

「そういうこと。……しっかし半端ねぇな、あいつ。掌で手榴弾を抑え込むみたいなもんだぜ?」

「予め言っておいたはずだよ。敵は強力な“特異点”だ、って。」

「いや、そうだけどさ。」

「で、」


 頃合いを見て、雨宮は口を開いた。タクトは進行方向を向いたまま、代わりに大川寺が反応した。


「まあ待て。」

「あいつは何なんだ?」

「色々聞きたいのは分かる。」

「俺たちはどこに向かってるんだ?」

「そこは俺も気になるな。」

「は?……タクト!」


 大川寺が何も知らされていないとなると、彼はもうタクトに頼るしかない。

 運転席に声をかけると、タクトの目は既に赤く染まっていた。


「しばらく静かにしてくれ。」

「何で」

「気が散るからだ。」


 文句を浴びせてやろうと体重を前に傾けたが、大川寺の「まあまあ」で抑えられた。


「“ディファレンシス”へ。」


 雨宮の聞いたことのない場所を車に指示して、タクトは目を閉じた。


「…? 何やってんだ?」

「“索敵”だよ。」


 答えたのは大川寺だった。


「俺を拾った直後もやってた。東んとこからこのリムジンを拝借してから、ちょくちょくやってるらしい」

「索敵?」

「ほら、こいつってアンドロイドの心を読むだろ? だからその力を広範囲に使ってやれば自分に敵対する奴の存在を察知できるってわけ。」

「なるほど…」


 敵の存在を察知して、その後どうするのか。戦うのか、避けるのか。戦うとしたら誰が──おそらく自分なのだろう、と彼は覚悟した──分からないことは多々あるものの、彼はとりあえず頷いておいた。


「…大川寺。」

「なによ。」

「知ってることだけでいい。今何が起こっているのか、俺に話してくれ。」


 ちょうど一週間前に危篤に陥ったばかりで、またしても不穏な気配が自分たちの周りを取り巻いている。あのときは安城が狙われていたが、あの男が言うには今危機にあるのは雨宮自身らしい。

 普通に考えれば先の出来事と一週間前の事件とは関係しているはずだが、するとあいつはヴィーナスの一人なのだろうか。ヴィーナスはあの日、再起不能なダメージを負ったのではなかったのか? とにかくどんなことでも良い。情報が欲しかった。


「フッフッフ。この大川寺さまに教えて欲しいのかい? 仕方ないやつだなあ。教えてほしくばそれ相応の…」

「なら降りろ。」

「…安城の監禁事件。お前の予想通り、あれが今回の原因と言ってもいい……」












 タクトが再び目を開けたとき、既に雨宮は大凡のことを大川寺から聞いていた。


「ヤロウ……」


 奴らの身勝手な思想を知らされれば、誰だって腸が煮えくり返る思いをするだろう。ことに雨宮のような当事者ならばなおさらで、やはり彼も膝の上に拳を握って怒りを堪えていた。


「……生身の刃に連絡しても、『クラス・ノートなる組織は確認されていない』の一点張りだったぜ」


 それ以上雨宮に対してかける言葉も見つからず、大川寺は何も言えない雨宮の代わりにタクトに質問した。


「…で、タクトさんよ。俺たちはこれからどこへ何しにいくんですかい?」

「……ディファレンシスへ、ガイアに会いに。」

「は? どこに、何だって?」


 聞き慣れない単語に、大川寺は質問を繰り返した。渋々タクトは、怠そうに応えた。


「少しは休ませてくれないのか。」

「休みながら話せよ。」

「……いいか、俺たちはこれから“ディファレンシス”という開発所へ、そこにいる“ガイア”という女性に会いに行く。彼女もアンドロイドだ。俺はガイアに会って、彼女の真意を確かめるつもりなんだ。」

「……ふぅむ。」

「ガイアは神出鬼没だけど、そこには必ずいるはずだ。」

「神出鬼没なのに必ずいる、ですか。」

「そう。いつでもどこにいても、彼女の意識は常にディファレンシスに存在している。」

「…つ、続けてください。」

「悪いね。…彼女は今回のことも、そしてこれから起こり得ることも予め予測していたはずだ。ガイアというのは、そういうことのできる存在なんだ。」

「えーと、つまり、お前はそのガイアに、何で前もって知らせてくれなかったのか、とか、何で雨宮を匿ったりしなかったのか、とかを聞きに行こう、ってわけ?」

「物分かりが良くて助かる。優秀なのは見た目だけじゃないみたいだね。」

「何それどういう意味? イケメンってこと?」

「ガイアは予め俺に協力を求めていた。だから前以てこのことを知らせてはいたんだ。だけど同時に、雨宮には事前に知らせることの無いように、とも言っていた。彼女のことだから何か意図があるのかもしれないけど、分からない。他に身を匿う場所も無いし、丁度良いから直接会って話を聞こうってことだよ。」

「へえ、そうですか…いや待て。」

「?」

「お前ってさ、アンドロイドなら考えてること分かるんだろ? だったら直接会わなくても…」

「ああ。やってみたよ。実際読むことは出来た。だけどその思考が複雑すぎて俺の手には負えなかった。」

「まじすか……」

「君にそんな目で見られると天才に頭の悪さをバカにされているような気分になるのは何故かな?」

「そんなつもりないよ。ていうか黙れよ。」

「……。」

「いや喋れよ。」

「もう全部話した。後はガイアに会うまでわからない。」

「まだあるだろ。」


 黙って二人のやりとりを聞いていた雨宮が目を上げた。


「大川寺の話だと、弓月の方にも敵が向かってんだろ?そっちは大丈夫なのかよ。」


 彼らの説明では、そのことについては触れられていなかった。弓月が今頃奴らに丸め込まれようとしているのなら、全力で阻止すべきではないのか?

 タクトは答えに詰まった様子だった。


「……。」

「おい…!」

「…大丈夫じゃ、ない。」

「はあ!? じゃああいつ今ほったらかしかよ!」

「…ヤナが、」

「?」

「そっちへはヤナが向かっている。」


 それを聞いて雨宮はひとまず安心した。ヤナのあの能力があれば、しばらくは弓月の安全を確保できるだろう。

 なんと言ったってあのニケが避けるほどだ。相手がどんなアンドロイドであっても、彼女ならば心強い。

 しかし。バックミラー越しのタクトの表情は険しかった。


「ヤナがいるんだったら…」

「だめだ。」

「…え」

「ヤナでは勝ち目がない。」

「ど、どうして。」


 狼狽える雨宮を肩越しに、タクトはようやく応えた。


「そういえば、言ってなかったか? 弓月の相手はアンドロイドじゃない。」

「は?」

「彼女と同じ……相手は弓月と同様の、サイボーグだ。」

「…!!」

「ヤナは、C∞クラスのアンドロイドは、その能力を人工知能相手にしか発揮することが出来ない。」

「……だったら…」


 相手の正体が“人間”ならば、最早彼女の特異能力は通用しない。だったらなぜ、相手が人工の知能を持たないと知りながらこの男はヤナを向かわせたのか。


「それを聞きに、今、ディファレンシスへ向かっているんだ。」


 先を読んで、タクトが答えた。


「ヤナをそこに走らせたのは、ガイアだ。なぜ彼女はみすみすヤナを破壊させるのか、全く解らない……」

「…なあ、」


 「破壊」という言葉に反応して、雨宮は運転席を睨みつけた。


「今から進路は変えられないか?」

「…やめておけ。」

「なんだよ…」

「ヤナの所に行こうと言い出すんだろ?…やめておけ。」

「何言ってんだよ!? ヤナが戦えないなら、俺たちが行くしかねえだろ!?」

「君が行って、どうなる。」

「どうもこうもあるかよ! 俺なら戦える。俺のこの体があれば、相手がどんな奴だろうと……」

「相手をナメるな。」


 突き放すようにして、言った。

 雨宮も、言った直後に思い出した。数分前の出来事を。


「そいつはツバサと同じ、磁力を操る能力を持つ。」

「ツバサ……」

「さっきの男。ツバサは比較的広範囲に長時間磁界を生み出すけど、弓月の姉、レイナは弾丸のように高威力な磁力を一点に集中して放出する。」

「…くっそ……」

「君が今から向かっても、弾き飛ばされるだけで何も出来ないだろうね。」


「……おい。」

「?」

「今、何て言った?」

「何が?」

「弓月の、姉?」


 タクトは視線を前に戻した。


「…姉だ。」

「どういうことだよ?……サイボーグって、もしかして……」

「そういうこと。君も、察しが良くて本当に助かる。」


 雨宮をたぶらかし、彼は腕を組んだ。雨宮の追及を制して、逆に後部座席の二人に向かってしばらく体を休めるように指図した。

 そんな態度をとられては雨宮もさらに食い付きたくなるが、珍しく大川寺がマジな顔をして「大人しくしとけって」と言ってきたので、その威圧というかギャップに気圧されてしまった。

 雨宮は渋々ながら、いつでも動けるようにしばらく体力と気力を温存しておくことにした。





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