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生身の刃  作者: δ
第一章:夜間演習
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放課後

 港町に広大な敷地を持つ人型兵器治安本部、通称“アテナの盾”。その一画にある会議堂には国家の重鎮たちが集まっていた。


 彼らは1メートルほどの高さの四角錐を取り囲むようにして座っていた。その様子はまるでピラミッドから何かを呼び覚ます儀式のようにも見えるが、ちょうどその儀式に応えるかのように、ピラミッドから声が発せられた。


「皆様、本日集まっていただいたのは他でもなく、」


 それは男の声だった。しかし年齢は一切感じさせず、明朗な老人のようにもあどけない少年のようにも思えた。


「私達の部下、タクトのことについてですわ。」


 次に聞こえてきたのは女の声だった。これも先ほどと同じく年のはっきりしない声だった。


「タクトは先日あなたの娘御さまに大変な失礼をはたらいたようで、安城さん。」

「彼に代わりまして、私達がお詫びを申し上げます。」


 その場にいた者のほとんどが安城泰明のほうをちらりと見た。

 彼らの中には安城泰明を変人扱いする輩も多く、ほんの一瞬だけ向けるその視線には「余計なことは言うな」という警告が込められていた。


「確かに、あなた方の手下であるタクトは私の娘を監禁しようとしましたな。」

「……。」


 部屋中に緊張が走った。

 ユピテルといえば我々人類が唯一友好的にかかわり合えるアンドロイド組織。もしこの狂人が彼らの王に無礼な口をきこうものなら、我々の8年間に及ぶ交流は全て無駄に終わってしまう。

 ピラミッドを象った高速立体交信機の向こうからも、相手の出方を待つかのような張りつめた沈黙が伝わってきた。


「しかし、あなた方にとっては幸いなことですが、あの場には同時にヴィーナスの存在も確認されていました。」

「ヴィーナスが……」

「まあ、恐ろしい。」

「タクト達率いる部隊の行動は、結果として娘の身を守ることとなった。そして、今や彼らの部隊はほぼ壊滅した……。もとより、彼らの目的は私であって私の娘に危害を加えることではない。これらを鑑みて、私どものほうでは彼を不問に付すつもりなのですが、よろしいですね?」

「おい、安城! 彼ら“王”に向かってなんだその口のきき方は!」


 椅子が倒れるガタンという音とともに、突然白い髭を生やした男が立ち上がった。

 安城泰明のあたかも彼らと対等であるかのような振る舞いを責めようとさらに口を開きかけたとき、王がそれをなだめた。


「いいえ、こちらは構いませんよ。むしろ、」

「タクトのことを考えれば、とても恩情に満ちたご意見と言わざるを得ませんわ。」

「ムウ……。」


 本人たちにそう言われれば、白髭の男も従うほかなかった。

 だが勢いよく立ち上がった手前、そのまま収まるのでは居心地が悪かったのだろう。起こした椅子に腰掛けるとすぐ言葉を放った。


「不問に付すと言うが、すると君はタクトを今まで通りあそこに通わせるつもりなのかね、安城?」


 その声こそ王の気に障らないよう穏やかに抑えられていたものの、その目はまるで、奇人の安城泰明を戒めるかのように鋭く光っていた。


「そのつもりだが。」

「しかしいくら何でもそれは……その、無防備すぎやしないかね?」

「…もし、よろしければ」


 唐突に男の王が声を発した。白髭の男は腕を組んで、渋々といった様子で黙りこみ、そのピラミッドの頂上をじっと見つめた。


「タクトを護衛につけさせましょうか。あなたの娘さんの護衛、という意味ですが?」

「幸い彼は“コンダクター”です。周囲に謀を秘めるものがいれば、すぐに感知することができますよ。」


 女の王が続けた。彼らの提案に一同は疑い深く顔を見合わせたが、その空気を察してか王が再び語りかけた。


「これは我々からの精一杯のお詫びです。今回の不祥事はやはり本人の身を持って償うのが一番かと。」

「どうか心配なさらないでください。彼には私達からよく言い聞かせておきます。」

「なるほど……。」


 日本におけるヴィーナスとユピテルの活動は一時休止したが、だからといって自分の娘の安全が約束されたわけではないのも確かだった。

 彼らユピテルを信頼したわけではないものの、安城泰明にとっては彼らの提案に従うのが今のところのベストな選択であるように思えた。










 もともと週に一度、候補生の各クラスには一日中座学しかないプログラムが割り振られていた。

 連日演習続きでは体が保たないだろうという配慮なのだが、座学にしたってつらいものがあるので、この日がとくにありがたいと感じることはなかった。


 さらに四日前の事件をうけて、夜間演習はしばらくの間中止。大勢の怪我人に加え死者も出たのだから当然の処置ではあったが、やはり演習のない日が週に二日もあると少し調子が狂うというのが正直なところだった。


 その日最後の“物理化学工学”の講義を終えて、雨宮たちのクラス内では帰り支度をはじめる者が人数の大半を占めていた。


「……帰ろ。」


 雨宮だって、この後用事があるわけでもない。すぐに鞄を持って出口へと急いだ。

 ガラガラっと扉を開けると、彼は無口そうな男と鉢合わせになってしまった。


「……。」

「……。」

「…何?」


 数秒間の気まずい沈黙ののち、耐えきれなくなった雨宮の方から切り出した。


「飯島班長が呼んでる。医務室へ来い、と。」


 雨宮の目の前に立つタクトは親指で背後を指して、彼を医務室へと促す。


「おう……了解。」


 とりあえずといった様子で雨宮は応えた。

 心の底ではなぜ未だにタクトがここにいるのか釈然としないのだが、支部長がここに留めておくと言った以上、彼に反発する余地はなかった。

 自分の娘をさらった男を娘のすぐそばに置いておくなど、一体何を考えているのだろう?


 とりあえず、彼はタクトの脇を通って廊下に出た。

 後ろ側の出入り口から出てきた安城が複雑な表情をこちらに見せてきたのはそれとほぼ同時だった。


「タ、タクトくん……。」

「いやまあそうなるよな、フツー。」


 ついこの間自分の身柄を拘束して父親を服従させようとした男が、何事もなかったかのように日常生活にとけ込んでいるのだ。

 彼女は父親から何らかの理由を聞いているのだろうが、それでも奇妙な違和感はそう簡単に拭い去れないだろう。


「えーと、透くんはすぐ帰るの?」

「いや。飯島班長に呼ばれてる。」

「そうなんだ……。」

「?」

「安城は今から帰宅か?」


 タクトが事務的な様子で安城に話しかけた。彼女はどう答えればよいか迷っているようだったが、しばらくして明後日のほうを見ながら返事をした。


「こ、これから射撃部に練習しに……」

「なら」

「けけけ結構です! 護衛に来なくても結構です!」


 タクトが何か言う前に、彼女は首をブンブン振ってそれを制した。


「護衛?」


 護衛というのは、雨宮にとって初耳だ。前回みたいなことがないように、安城泰明は自分の敵を娘の護衛につけたのだろうか?


「…王の指令だよ。」

「それでもですっ! 部活の最中まで見に来なくてもいいです! 終わったら誰かと一緒に帰りますから!」

「誰と?」

「あの…と、透くん!」


 急に呼ばれて彼は少なからず驚いた。


「ひゃ、ひゃい!!」

「どれくらい時間かかる!?」

「わ、分かりません!」

「終わったら待ってて! 一緒に帰ろう!」

「ちょ…」


 講義は四時に終わって、それから部活はだいたい二時間ほど続くこととなる。帰宅部である雨宮は、そんな長時間校内で待っているなどまっぴらごめんだった。


「誰か他の奴はいないのか!? 弓月とか、ニケとか!」

「弓月さんは家遠いから途中で別れるし、ニケちゃんはとっくの昔に風の如く去っていっちゃったの。ヤナちゃんはその後を追っていったよ。」

「使えねえ…いや待て!? そういや俺もお前とは途中で別れることになるぞ!?」


 そうなのだ。弓月の場合は安城とは違う道を進むこととなるのだが、彼の家は安城の帰宅路の途中にあるので、彼がついて行くとなると完全な二度手間だった。


「大して遠くないでしょ。つ・い・て・き・て!」


 一応雨宮は病み上がりと言っていいのだが、彼女に対してそれは言いづらいし、言ったところでこの勢いでは聞き入れてくれそうもなかった。

 よくよく考えてみると、これは夜道を女の子と二人っきりで歩くことに相当するのだ。いくら相手が小うるさい幼なじみでも、ありがたいことではないか!? そう自分を奮い立たせて、彼は渋々同意した。


「じゃ、俺もう行くから……」

「雨宮。今日は君が安城の護衛ということで、いいんだね?」


 まじめくさった顔をして、タクトが確認してきた。もう雨宮は護衛だろうが身代わりだろうがどうでもよくなっていた。


「そそ、そういうことそういうこと! だからタクトくんは帰っていいよ。」


 とにかく護衛はもうこりごりといった様子で安城がタクトの背中を押していった。彼は押されるがままに階段の降り口へと向かっていった。


「じゃあね、透くん。またあとで!」

「へーい。」


 まあいいだろう。実際彼には用事はなかったのだから。

 この相手が単なるクラスメイトならば彼は喜んで二時間待たせていただいただろう。しかし相手は何の新鮮味もない幼なじみ。しかも雨宮とはいろいろ気まずいものもある。

 彼は部活が終わる頃には安城はへとへとで、帰り道に騒ぐほどの元気もなくなっていることを祈りながら、医務室への道のりを急いだ。




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