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キャリーヌ・エルシックは不細工か否か  作者: 雪村サヤ
キャリーヌ・エルシックは幸せですか?
14/25

はい(1)

 大通りから一本中に入った、比較的人通りの少ない場所に、その店はあった。扱うものも訪れる客も少しだけ特殊なので、人目に触れにくい場所であっても問題は無かった。用のある者だけがその店を知っていて、訪れれば良いのだ。

 昼下がりのその店に、有名な国立学園のローブを纏った人影が二つ、入り込んだところだった。


「はーいいらっしゃいませ! ご用があればお伺いします!」


 客の訪れを知らせるベルの音の後に、元気な声が店の奥から響いてきた。軽い足音と共に、シンプルな白いブラウスと青いスカートの上に、茶色のエプロンをかけた娘が出てくる。麦わら色の豊かな髪は、上半分だけをまとめて青いリボンで結んであった。肩を過ぎて胸上辺りでゆるやかに丸まった髪の毛は艶やかで、よく手入れされているのが見てとれる。


「……キャリーヌ。久しぶり、元気にしてるみたいで良かったよ」

「まさか……フィリップ? わあ、久しぶり! 会いたかった!」


 王立学園のローブのフードを取って現れた金髪の青年──フィリップに、キャリーヌは勢いよく抱きついた。


「僕も、会いたかったよ。屋敷の皆も元気?」


 フィリップも笑いながらキャリーヌを抱きしめ返し、優しく背中を叩く。キャリーヌはぱっと身を離し、にっこりと笑って口を開いた。


「元気よ。いつこっちに来たの? 知らせてくれれば迎えに行ったのに……ああ、本当に会いたかった! フィオナとマクロルがやっとくっつきそうなの。後で詳しく話すわ。……っとそちらの方は?」


 矢継ぎ早に飛び出す言葉にフィリップが苦笑いをする。フィリップの後ろには、ローブを纏った青年がもう一人いた。彼はキャリーヌと親しげに抱擁を交わしたフィリップを驚いたように見ていたが、自分が注目されたことに気づき、慌ててフードを下ろした。中からはやや乱れた茶髪の頭が出てくる。


「ええと……」

「ああごめん、こいつは学園での友人なんだ。僕の家が防具屋だって聞いたら、来てみたいって言うから。ジダンだよ」


 フィリップに紹介を受けたジダンは、急に注視されたからか少し落ちつきなさげに周りを見渡した。背はフィリップより頭半分ほど高いだろうか。茶色の髪に茶色の瞳のそれほど珍しくない容姿だが、都会の学徒らしく、キャリーヌにはどことなく垢抜けて見えた。


「どうも、初めまして。フィリップには仲良くしてもらってます。ジダンといいます。ええと……キャリーヌ、さん?」

「初めまして。フィリップの姉のキャリーヌです。手紙でよく存じ上げてるわ。うちは店舗出してるのここだけだからご存じないかもしれないけど、良いものが揃ってるから。ゆっくり見ていってくださいね」


 キャリーヌはにっこりと笑って答える。誇らしげに胸を張る彼女のエプロンには、「エルシック防具店」の文字が刺繍されていた。横からフィリップも口を挟む。


「下手に王都の店回るより、よっぽど良いものが揃うからな。よく見ていけよ」

「ああ、ありがとう」


 ジダンは照れたように笑うと、断りを入れてから早速店の中を見回りだした。そう広くはない店内は、天井に近い壁から足元まで、びっしりと品物が置いてある。キャリーヌは使う側の人間ではないので、同じ熱量を持って防具を見ることはできないが、ジダンがじっくりと品物を見ていることが嬉しかった。名前を覚えて、用途も多少なりとも理解して、毎日手入れをしている物だ。キャリーヌだってそれなりに愛着がわいている。


「何だ、お前さんの知り合いか?」


 話し声が聞こえたのか、休憩を取っていたはずのルーカスが店の奥から出てきた。相変わらずの強面で出てきたルーカスに、キャリーヌは少し浮かれた足取りで近づいた。ふわふわと青いスカートが揺れる。


「休憩中なのにごめんなさい。ルーカスさん、私の弟のフィリップよ。格好いいでしょう。フィリップ、こちらは店主兼職人のルーカスさん。すごく頼りになる人なの」

「はじめまして。姉がいつもお世話になっています。フィリップ・エルシックです」

「どうも。こいつの弟にしちゃ、えらくしっかりしてるな」

「ちょっと! どういう意味かしら」

「キャリーヌが手紙で、あなたのご飯がおいしくて困ると言っていました。食い意地を張って迷惑かけていないか不安です」

「フィリップ! 今そんなこと言わなくてもいいでしょ!」


 顔を赤くするキャリーヌに、フィリップとルーカスは声を揃えて笑い声をあげた。ついさっき会ったばかりとは思えない息の合い方だった。少し離れた所に立っているジダンまでもが少し笑いを漏らしているのを見たキャリーヌは、口を尖らせて形ばかり拗ねてみせる。すぐ機嫌が直るときの拗ね方だった。その表情が懐かしくて、フィリップは先ほどまでとは違った種類の笑みをこぼした。実に一年ぶりに顔を合わせたのだ。彼女の気さくさや、ぱっと広がる笑顔、丸い鼻やその他色々な愛すべき仕草に久しぶりに触れて、学園や寮の暮らしで少しずつ溜まっていた疲れが抜けていくようだった。


「それで、フィリップ。今回はどのくらいこっちにいられるの?」

「ああ、今回は十日間くらい居られると思う。で、これは相談なんだけど、ジダンの部屋って屋敷で用意できるかな? あいつは休みの間宿を取るって言ってるんだけど、お金もかかるし、できれば家に泊まっていって欲しいんだ」


 せっかくの休暇を僕の故郷で過ごす予定だし、どうせなら僕の家でゆっくりくつろいで欲しいんだ、と微笑みながら話すフィリップに、キャリーヌは胸がじんわりするような嬉しさを感じていた。彼に親しい友人ができたことが、素直に嬉しかった。


「もちろんよ。屋敷の皆も歓迎すると思うわ。私も嬉しい」

「そうか、良かった。ありがとうキャリーヌ」

「そういうことならお前、今日は早く上がっていいぞ」


 横で話を聞いていたルーカスが口を挟む。


「えっ! いいの、ルーカスさん!」


 キャリーヌは嬉しさ半分、申し訳なさ半分の表情で聞いた。ルーカスの申し出は素直にありがたいが、店を放って早く帰ることには少なからず抵抗がある。


「構わねえよ。どうせお前、この後ずっと浮かれっぱなしになんだろ。そんなのと一緒に店番する方が疲れるわ。今日は予約もねぇし、早く帰っちまいな」


 ルーカスは追い払うように手を振りながらそう言った。言っていることは中々にひどいが、それが彼の気の使い方だと二年の付き合いで理解してきたキャリーヌは顔をほころばせる。


「ありがとう! 私本当に、ルーカスさんがこの店の店主で嬉しいわ!」


 勢い良く頬にキスするキャリーヌに、ルーカスは嫌そうに「おいっ!」と声をあげた。ふふふと笑うキャリーヌにあきれ顔のルーカスを見れば、これが二人のお決まりのやり取りであることはたやすく想像できる。フィリップは二人を見ながら静かに微笑んだ。

彼は彼で、キャリーヌに親しい人間が増えていることが、嬉しいのだった。




 ◇ ◇ ◇




「だからねぇ、私言っちゃったの。お互いの過去を気にしてたら一歩も進めないし、相手が踏ん切りを付かないようだったら、こっちから先に行っちゃえばいいのよ、って。まあかなりありきたりな提案だったとは思うんだけど、要は後押しが足りなかっただけみたいでね。そもそもあの二人が上手くいかない訳がないし、一週間後くらいに庭で楽しそうに話しているのを見かけて、本当に安心したの」


 街を抜け、人通りの少ない石畳の道を歩いている間、キャリーヌはひたすらおしゃべりし続けていた。話題はもっぱら、フィオナとマクロルに関することだ。親代わりのような存在である二人の恋模様に、キャリーヌはもちろん興味津々で、フィリップは少し気が引けながらも話を聞かずにはいられない程度には気になっていた。それなりに重そうな荷物を持っている学園生二人は息ひとつ切らしていないが、キャリーヌはしゃべりすぎて少し息が上がってきていた。二人はそれに気づき、少し歩く速度を落とす。


「へええ、その、マクロルさんって人がフィリップの先生っていう?」

「そうなの。とても良い人よ。優しいし、すごく頭がいいのに、自分の知識をひけらかしたりしないし」

「だって学園を出て付属の研究所に行った人なんだろ? そりゃあ優秀だよなぁ」


 そんな話をしながら、キャリーヌとジダンはすでに打ち解けつつあった。フィリップ以外の同年代の異性とほとんど接したことのないキャリーヌは、初めは少し戸惑っていたし、緊張もしていた。どういった距離感で接すればいいのかが分からなかったのだ。けれど、ジダンの気さくな話しっぷりにその緊張も緩んできている。


「フィリップ、こっちにいる間は何をするつもりなの? 決めていたりする?」

「いつも通りそんなに外には出かけないつもりだよ。でもジダン次第かな。お前、どこか行きたいところとかある? て言ってもジダンが好きそうなところ遺跡くらいしかないんだけど」

「ふーん、遺跡があるなら一回くらい入ってみたいな」

「ほら、ジダンは探検探索科の生徒だから。中級探検家の資格も持ってるし、王都でもよく遺跡に行ってるんだよ」


 不思議そうな顔をしていたキャリーヌに、フィリップが説明をする。それでキャリーヌは合点が行った。


「ああ、なるほどそうなのね。だから、うちの防具店までわざわざ来てくれたの?」

「それもあるし、フィリップの故郷を見てみたかった、っていうのもあるんだ。俺の家には、何回か来てもらってるから」

「まあ、本当に仲が良いのね。来てくれて嬉しい。さあ、着いたわ」


 キャリーヌはにっこり笑った。彼女の後ろには、ジダンの身長の優に二倍はありそうな大きな門と、その奥に広がる屋敷があったのだった。









12/17 訂正

読者の方からご指摘を頂き気づいたのですが、作中でキャリーヌとフィリップのことを「義理の姉弟」と描写していました。

大変お恥ずかしい話ですが、完全に意味を混同して使用していた表現です。正しくは、二人は異母姉弟です。誤解を招く表現で混乱された方は本当に申し訳ありませんでした。作中の表現は順次見返して訂正いたします。メッセージをくださった方、本当にありがとうございました。

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