その限りではありません
フィリップへ
お元気ですか。と言っても、あなたが屋敷を出発した直後にこれを書いているのだけども。あなたを見送ってから真っ先に「手紙を書くわ!」と言ったら、フィオナに変な顔をされてしまいました。
聞くところによると、試験は明日から、今日は宿に入って荷ほどきと会場の確認、なんて緩い予定らしいじゃないの。羨ましいわ。
いい、たとえ試験に合格してもしなくてもやらなくちゃいけないこと……お菓子屋さんのチェックよ。何も目についたもの全てを送れと言っているのではないわ。乾きものとか、日持ちのするものとか、送ってくれるのはそれだけで結構ですからね。でも、美味しそうなお菓子があったら、生菓子でもクッキーでもどんなものでも報告すること。いつか私がそちらに出向くときのために、あなたが食べて味を確認しておくことも大切よ。とりあえず、伝えておきたいのはこのくらいです。この手紙、今から速達で出すのだけれど、あなたとどっちが早いかしらね。
キャリーヌより
追伸 試験頑張ってね。健闘を祈ります。
キャリーヌへ
お元気ですか。宿に着いた翌朝に手紙が届いてると言われたので驚きました。僕がいなくなって、少しは感傷に浸るかと思っていたのに、キャリーヌは元気そうだね。あの手紙の本意は追伸に込められてると思うことにします。さて、この手紙は試験を一通り終えてから書いています。結果発表は今から九日後。手応えは充分だったので、多分大丈夫……だと思います。結果発表から二日後には学園の寮に入れるみたいです。発表がきたら、また追って連絡します。キャリーヌの近況も聞きたいな。あの爆弾発言のこと、僕はまだ許していません。エルシック防具店でのこと、詳しくおしえてください。それでは。
フィリップより
我が愛しの弟ぎみ、フィリップへ
おめでとう! 入学試験合格との知らせ受け取りました。フィオナと抱き合って喜んじゃった。とても誇らしいです。マクロル先生も一緒に結果を見たのだけど、涙ぐんでいらっしゃったわよ。本当は結果の知らせが来る前に手紙を書きたかったのだけど、遅くなってごめんなさい。お察しかもしれないけど、防具店での仕事が大変で手紙を書く暇がありませんでした。仕事がある日は疲れてすぐ眠っちゃうし、仕事がない日は覚えたことの復習でいっぱいいっぱいになってたの。情けないことだけど、掃除の仕方一つ知らなかったので今のところは役立たずです。でもすぐに色々と覚えて、戦力になってみせるわ。フィリップもそのうち、遊びに来てね。ところでこの手紙は宿宛てに出しているのだけど、次からは宛先を学園の寮にした方がいいのよね? 学園の住所と、フィリップの名前だけでいいのかな? その辺り教えてください。ああ、本当に合格おめでとう!
たくさんの愛を込めて、キャリーヌより
フィリップへ
取り急ぎこれだけ! お菓子届きました。とっても美味しかった! フィオナと一緒にいただきました。もし可能なら、これからも折を見て送って欲しいです。書き添えてあった店主さんも素敵な方ね! 次にお店に行くことがあったら、よくよくお礼を伝えてください。
キャリーヌより
キャリーヌへ
こんにちは。お菓子美味しかったようで、良かったです。ただ、あれだけの手紙を速達で送るのはどうかと思います。前の手紙と一緒に届いたよ。僕は昨日から寮に入っていますが、宿の人が寮まで手紙を届けに来てくれました。王都は今のところ、親切な人ばかりです。次から手紙の宛先は、学園寮事務部に僕の名前を書き添えてください。そうすれば郵便物は振り分けて預かっていてくれるそうです。
送ったお菓子のお店だけど、僕も気に入ったからまた買いに行く予定です。寮の同室の子(四人部屋だけどまだ僕ともう一人しかいないんだ)と一緒に食べて、美味しいって盛り上がったよ。もっと余裕が出来たら、小間物屋とかを覗いて何か送りたいです。もちろん無駄遣いはしないけど、マクロル先生やフィオナさんにもお世話になったから、ちょっとしたお礼にね。だけど、マクロル先生に贈るものはいくつか思い付くんだけど、フィオナさんに何を贈れば喜ばれるか、全く思い付きません。どんなものが良いかな。キャリーヌは何か案がありますか? ぜひ教えてください。
フィリップより
フィリップへ
こんにちは。こちらは最近雨続きだったのが、今日やっと晴れてきました。雨の日ってどうしても靴や足元が汚れるから苦手です。ところであなた、さらっと書いているけどもう友人ができたの? 同室の子がどんな子か、もっと詳しく知りたいわ。しかも一緒にお菓子を食べたなんて、大きな一歩じゃない。どんどん友達を作ってね。要報告!
フィオナに贈り物ね。初めに言っておくと、彼女はどんなものでも、フィリップが考えて選んで贈ったものなら喜ぶとは思う。具体的な案だと、無難にハンカチとか、手肌用のクリームとかでも良いと思います。
それかリボンはどうかしら? 確か彼女、古い帽子しか持っていないのを気にしていたと思う。帽子自体を買うのは私たちじゃない方がいいから、リボンだけでも素敵なのをあげたらどう? 帽子に合わなくても彼女なら色々と使い道を見つけてくれそうだし。もしお金が足りないようなら、私に言ってね。これでも少しだけど、お給金をもらっているの。今のところは手をつけていないのだけど、贈り物に使うならぜひ、という感じだから、気にせず言ってね。それでは、授業が始まっても体調を崩さないように気をつけてください。
愛を込めて キャリーヌより
◇ ◇ ◇
「そっかあ。リボンかあ」
「何がだ?」
キャリーヌからの手紙が届いたのは、学園の授業が始まって二日目のことだった。ベッドに寝転がっていたジダン──フィリップが寮に入った日に、初めて会った同室者である──が、首を伸ばして聞いてきた。学期の初日である昨日は、ひたすらこれから学園で学ぶにあたっての心構えや、授業の仕組み、時間割りの作り方についての説明を聞き、今日から始まった授業も、ほとんどが教授の紹介や内容の説明など、話を聞くだけのもので、フィリップもジダンも疲れてしまっていた。
「いや、この間使用人の女性に贈るとしたら何がいいか、って聞いただろ」
「ああ、俺が分かるかそんなもんって答えたやつか」
「そう。それで、やっぱり同じ女性に聞いた方がいいかと思って、手紙で聞いておいたんだ」
そこで、脱力しきってベッドにだらしなく転がっていたジダンが、勢いよく体を起こした。
「えっ! 聞いたって女に? なんだお前、故郷に恋人とかいるの?」
フィリップは深くため息をついてみせる。
「妙なところに食いつくなよ。違う。姉だよ、姉」
「なーんだ」
「なんだとはなんだよ」
「おおごめんごめん」
おどけてから再びベッドに寝転がるジダンを見ながら、フィリップは入寮初日のことを遠い昔のことのように思い出した。二人はすぐに意気投合して、同じ二段ベッドの上下を使うようになった。
フィリップの影響でジダンはきちんと淹れたお茶を飲むようになったし、ジダンの影響でフィリップは雑誌を読むようになったのだった。
「でもあれだな」
「何?」
「お前の姉さんなら、相当な美人なんだろうな」
「……うーん」
寝転んだままこちらを向き、やっぱり金髪なのか? とにこにこしながら聞いてくるジダンに言葉を濁しながら、美人ではないかもしれない……と思うフィリップだった。
◇ ◇ ◇
午後、柔らかく射している木漏れ日をざっと吹いた風が乱した。その音でキャリーヌは目を覚ます。庭に机と椅子を出してお茶しているうちに、うたた寝をしてしまったらしい。お客様がいたのにと慌ててそちら側を見ると、彼女は目を覚ました自分に気がついて、読んでいた本から顔をあげていたずらっぽく微笑んだところだった。
「おはようキャリーヌ、いい眠りだった?」
「やだ……ごめんなさいリラ、私どのくらい寝てた?」
「二十分くらいですわ」
冷静なフィオナの声が割って入り、キャリーヌは恥ずかしさからため息をついた。昨日の夜遅くまで、店に並んでいる防具の種類を確認していたのがいけなかったのかもしれない。
キャリーヌ御用達のお菓子屋さんで出会った彼女は、二人の妹と、病弱な義母と暮らす自立した女性だ。キャリーヌの大好きな缶入りクッキーが売り切れてしまっていた時に、直前に買ったものをリラが譲ってくれたのが二人の始まりだった。
どうやら家庭に複雑な事情があるらしく、妹の一人とは完全に血がつながっていないらしい。けれど妹の話をする彼女の表情を見れば、妹が大好きで、それはもう可愛がっているのがよく分かるのだ。同じく愛しい兄弟を持つ身として、キャリーヌはすぐにリラを好きになった。
「ごめんなさい。せっかくこんな街外れの家まで来てもらったのに、居眠りなんかしちゃって」
「全然、いいの。やっぱり今はお仕事がきついの?」
「うん……恥ずかしいけど、まだ覚えきれていないことが多くて……」
「仕事熱心なのはいいけど、身体を壊すまで無茶したらだめよ。あなたの家に行く用事がお見舞いだけになったりしたら嫌だからね、私」
「そんなに無茶はしてないし、ちゃんとご飯食べてるから大丈夫だよ」
「ふうん……ならいいけど。食いしん坊さんね」
リラが、灰と青の中間のような、不思議な色の目を細めて笑った。同時に手を伸ばして自分の頬をつついた彼女にどきどきしながら、キャリーヌも照れ笑いをした。
フィオナは談笑する二人を見ながら、静かにお茶のカップを置いた。おやつ時を過ぎてまだ明るいこの時間帯は、確かにお昼寝には最適だ。キャリーヌがいつの間にか寝息をたて始めたときには、リラと目を見合わせて笑ってしまった。使用人としてあるまじきことだが、リラは使用人などを置かない家庭環境なのか、全く気にしていないようだった。
キャリーヌは店で働くようになってから、街に出ることが増えた。フィリップは学園の寮に入って、早速友達ができたようだと聞いている。二人の世界は広がりだしたのだ、とフィオナは思った。お互いと、ごく小さい範囲の周りの人間だけしかいない世界だったのに。
自分もこのままでは、いけないのかもしれない。フィオナはもう一度二人の少女を見て、おもむろにため息をつくのだった。
 




